6.銀河の秘宝を求めて
戦闘機になった海堂に、亜里砂は事情を説明した。
もっとも、あまり説明する必要はなかった。
前にセラフが、今は海堂が動かしている戦闘機――シルフィード型機動宇宙艇には、亜里砂がここに来てからの記録がすべて残っていたからだ。
『わかった。こりゃSFではよくあるパターンだ。従兄が持ってるのを読んだことがある』
姿が見えないと話をしていても不安だ、というので半球型のドローンが亜里砂のそばに浮いている。これが海堂の臨時のボディだ。本体は機動宇宙艇である。
ついでにマジックで眉毛も描いた。
「本当に?」
『本当だ。ようするに、夜空が最初に触れた鏡ってのが、ゲートって呼ばれる装置だ。こいつは、この機体のデータによると、鏡から鏡へ、星から星へ転移する装置なんだが、そいつがどういうわけか、過去の地球とつながった』
「ちょっとだけ元に戻ったのはなんで?」
『考えてみるに、俺らはまだ、あの川岸にいるんだよ。で、川岸にいる俺らの時間は止まったまんまだ。ゲートで時間跳躍したからな。こっちにいる俺と夜空は、鏡に映ったコピーみたいなものだ』
「じゃあ、晩ご飯前に家に戻れる?」
『たぶんな。俺らが戻るのは鏡があったあの場所、あの時だ。こっちで時間が経っても、どこに行っても、俺らがつながってる先は、あの夕暮れの川岸だ』
海堂がいてくれてよかった、と亜里砂は思った。
セラフは勇気があるから、戦う時には頼りになる。
それでも犬は、やっぱり犬だ。
脳みそを使うとなると、オス犬よりもオス人間の方が頼りになる。
「で、どうやったら戻れるの?」
『わからん』
「そこが大事なんじゃない! 帰れなくなったらどうするのよ! 私たち、消えちゃうわけ?」
『どうかな。俺は、俺らの本体は消えずにあっちに残ったままだと思う』
「わかんないじゃない! 私たちが消えてたりしたらどうするのよ!」
『そら……警察が動くわな』
「こんな状況で、警察に何ができるってわけ?」
『俺らの足取りが追える。俺とお前が、ふたりとも、犬の散歩で出かけたこととか』
「で?」
『そして、消えたことがわかる。ふたり一緒に』
「……ねえ、それって、ヤバいんじゃない?」
『ふたりそろって家出ってことになるな』
「ダメじゃーん!」
オス人間も頼りにならない、と亜里砂は思った。
「亜里砂さま! ご飯できましたよ!」
厨房に入っていたアンドロメダが戻ってきた。
手にはお盆。お盆の上には香ばしい匂いのする、丸っこい――何か。
「イモ?」
『……まあ、そんなもんだな』
「どうぞ、亜里砂さま! 焼きたてをお食べください!」
アンドロメダが亜里砂の前に置いたのは、焼いて、塩をまぶしただけのシンプルな料理だった。
亜里砂は、アンドロメダに聞こえないよう、ひそひそ声で海堂に話しかけた。
「未来で宇宙っていうから、なんかスゴイものが食べられるかもって思ったんだけど、焼いたイモが出るのは想定外だったわ」
『この機動宇宙艇に置いてあった食材が、アレだけだったみたいだな。あの子らにとって、非常食みたいなものらしい』
「ふーん……海堂くん、食べないの?」
『いやだよ、イモむ……イモなんか。それに今の俺は体がないからなー』
「ふーん、どんな気分なの? お腹すかない?」
『食い物に相当するのは、推進剤と燃料かな』
「燃料って何なの? ガソリン? 原子力?」
『原子力が近いかな。反物質なんだけど』
「はんぶっ……? ま、どっかで見つけたら拾っとくね」
『いや、見つけても触わるな。絶対に触わるなよ』
「なによー。人が親切に言ってるのに」
はむっ。
亜里砂は焼いた[不確定名:イモ]を指でつまんで持ち上げ、かじった。
ほくほくとした食感。甘味もある。
「うん、おいしいよ。ありがとうアンドロメダ」
「お口にあってうれしいです。亜里砂さま」
あっという間に食べ終わる。体育会系の強みだ。
味は単調だったが、お腹がふくれたことで亜里砂はずいぶんと心強くなった。
「よし。じゃあ、アンドロメダの話を聞かせて。宇宙怪獣とか、そういうの」
「いいんですか?」
「いいよ。私じゃ無理だろうけど、考えることくらいできるから――海堂くんが」
『考えるの俺かよ!』
「え……オス人間がですか」
『せめて名前で呼んでくれよ!』
「話しかけないでください。オス人間と話すと妊娠します」
『この肉体で、それは絶対にない!』
なかなか話がすすまない。
亜里砂は笑って指についた塩をなめた。
唇の端に、何かついていたのでつまむ。
[不確定名:イモ]の皮のようだった。硬い。
皮の素材はキチン質であるが、亜里砂はそこまでは気付かない。
「アンドロメダの故郷って、どこの星なの? ここから見える?」
「あ、はい。見えます」
アンドロメダが空中で指を動かすと、部屋の壁や床がすっと透明になっていく。
真空の宇宙に浮かんでいる気分だ。
「おお、すごい」
『おお、すごい』
「なんで海堂くんまで感心してんのよ。今は、海堂くんの体でしょ」
『俺が感心してたのは、アンドロメダの方だ。体内にナノマシンを飼ってて、俺の機体を制御してるんだ』
「なの……なの何?」
『ナノマシン。目に見えないほど、ちっちゃい機械。アンドロメダが考えたことを、そいつが代わりにやってくれるんだ』
「はー。守護霊のようなもの?」
『機械だっつってんだろうが』
「目に見えないんなら、精霊と一緒じゃん。どうせだから、ナノ精霊にしちゃおうよ。そっちの方が可愛いって」
『そういう問題じゃねえ』
満天の星空の中、アンドロメダが指さした場所に、矢印が浮かぶ。
「あの星が、私の故郷です」
「どの……うわ、ちっちゃ。あ、でも遠いだけかな?」
『いや、本当に小さいぞ。船のセンサーだと、直径三十キロメートルしかない』
「え、三十キロメートルって、けっこうな大きさじゃん」
『地球は直径で一万キロメートルを超える。三十キロってのは、月よりもずっと小さい、小惑星サイズだ』
「はい。そこのオスが言うように、私の故郷〈アルニスCG8〉は資源採掘用の小惑星です」
「どのくらいの人が住んでるの?」
「今は、七千人です」
きゅっ、とアンドロメダが唇を引き結んだ。
「宇宙怪獣が来る前は、二万人いました」
「……」
『……』
その言葉の意味に、亜里砂は息をのんでアンドロメダを見る。
アンドロメダは、あわてて手を振った。
「あ、いえ! 殺されたわけじゃないんです! その……宇宙怪獣が狙ってるのが、私の故郷だとわかったので、他の星に疎開してるんです」
「あー、びっくりした」
『……』
亜里砂が平らな胸をなで下ろすと、アンドロメダは少し悲しそうに微笑んだ。
「でも、このままだと〈アルニスCG8〉は宇宙怪獣に食べられて、故郷の星はなくなってしまいます。宇宙怪獣を倒すことができれば、みんな助かるんです」
「宇宙怪獣って、強いの?」
「普通の宇宙怪獣なら、知性がないので罠などを使って追い払うことができます。ですが、今回は碑文字によってクリーチャー化していて、知恵を持ってるんです」
アンドロメダが、宇宙船のデータベースから映像を引き出して室内に投影した。
「怪獣っていうから、恐竜みたいなのかと思ったけど、イカだね」
『でかいイカというか、でかいクラゲというか……全長百キロメートルはあるぞ。確かにこれなら、小惑星くらい食っちまうだろうな』
「遠藤くん、こいつ倒せる?」
『無理。この船に搭載してあるのは、小型プラズマボムって爆弾なんだが、搭載数は八発で、さっき二発投げたから残り六発。とてもじゃないが、倒せないな』
「五十メートルのGも、一発じゃ死ななかったものね」
亜里砂の言葉に、アンドロメダがうなずいた。
「はい。このシルフィード型だけでは、宇宙怪獣に勝てません。ですが、このシルフィードがあれば、宇宙怪獣を倒すための先祖の秘宝を見つけることができるのです」
「秘宝? お宝?」
「はい。悪用されないよう、先祖の手で封印してあります」
「面白そう! なんか冒険って感じ!」
『待て待て、夜空。簡単に手に入るようなら、とっくに使ってるぞ。こりゃきっと、簡単でないパターンだ』
「あ」
「その男の言う通りです。秘宝が封印してあるのは、ここなんです」
ぴっ、ぴっ。
アンドロメダは自分の腕輪を前に出した。
空中に映像が投影される。
無数の岩が、ぐるぐると回転して土星の輪のようなリングを構築していた。
リングの中心には、何も見えない。
「〈ヘスペリデスの園〉。超重力で作られた因果地平の果てにある牢獄です。秘宝は、この中にあります」