5.夢オチ……じゃない?
「お願いです。私たちの星を、お救いください!」
アンドロメダのお願いに対し、亜里砂は即答する。
「うん。無理」
「そんな!」
アンドロメダはショックを受けた様子で顔を近づける。亜里砂の手は握ったままだ。細い指なのに意外と握力が強い。艤装モードでないと振り払えない。
「お願いします! 私が頼れるのは、亜里砂さまだけなのです!」
「無理なものは無理。だいたい私、早く家に帰って、試験勉強しないと。赤点取ったら、補習授業で部活出られないし」
一年レギュラーが、レギュラーになった直後に補習で練習を休めば、どんな目で周囲に見られるか。
考えただけで恐ろしい。
「家に……帰る?」
「そうよ」
「あの……どこに?」
「地球よ。日本」
「ニッポン……それは地球にあるのですか?」
「うん。あれ、あなた地球のこと知らないの?」
さっき、アンドロメダは地球と言った。
伝説の星、地球と。
伝説の星。
「昔話でなら。私たちも、遠い遠い先祖は、地球で暮らしておりました。ですが、永劫戦争と恐るべき大歪曲により、地球は消滅したと聞きます」
「ええっ? いつ?」
「もう、何万年も前の話です。これを――」
アンドロメダが亜里砂の手を放し、両手をお椀のようにして精神を集中させた。
アンドロメダの掌に、小さな玉が浮かぶ。
玉には梵字のような、見たこともない文字が刻まれていた。
見たこともない文字なのに、何と書かれてあるか亜里砂にはわかった。
夜空亜里砂、と書いてあったのだ。
「これは私が子供の時に手にした碑文字です。亜里砂さま。あなたの碑文字です。何万年も昔、地球で生きていた亜里砂さまの人生が、碑文字になっているのです」
「……」
「亜里砂さま?」
「わかった」
「わかってくれましたか、亜里砂さま!」
「これは夢ね」
「え?」
「鏡の国のアリスもそういえば、夢オチだったもの。私の夢でなければ、セラフの夢ね、きっと」
「ちょっと、ちょっとお待ちください亜里砂さま。落ち着いて!」
「これが落ち着けるかーっ! 私は! 平凡な! 女子高生なの! 宇宙とか! 未来とか! 関係ないのっ!」
「亜里砂さま!」
『おい、夜空』
アンドロメダの声に重なって、遠く低い声が聞こえてきた。
「うるさい! 私は目を覚ますの!」
「落ち着いて、亜里砂さま!」
『落ち着け、夜空』
「だー!」
亜里砂はアンドロメダに背を向けて耳をふさぎ、目を閉じた。
亜里砂の頬を、長い舌がべろり、と舐めた。
はっはっはっ、生暖かい息が頬にかかる。
なめる癖はやめろと、何度もしつけたのに、セラフは一向に覚えない。
「あれ?」
目を開けると、そこはさっきいた川岸。
べろべろと、しゃがみこんだ亜里砂の顔を、セラフがなめる。
もちろん、セラフは犬だ。
戦闘機になってなんかいない。
「……本当に夢、だったの?」
「え、何。お前、こんなとこで寝てたの?」
「そうだったらいいな、とは思ってたけど……」
「いや、よくないだろ。もう夜になるぞ」
「うっさいわね――お?」
振り返ると、あきれ顔の男子が立っていた。
アンドロメダほどではないが、陽に焼けた顔立ち。手にはリード。足下には犬。
顔に覚えがある。同じクラスの男子だ。
「おい、夜空。まだ寝ぼけてんのか?」
「別に――えーと……」
名前が出てこない。
男子が唇の端をへっ、と歪めた。
「海堂」
「おー、そう。海堂くん」
「同じ中学出身だろうが。忘れんなよ」
「忘れてないわよ。覚えてなかっただけ」
「ひでえ!」
海堂が大げさなリアクションをする。
亜里砂はくすっと笑った。
「いやー、それにしてもヘンな夢だった」
「夢見るほどぐっすり寝てたのか。大物だな、お前」
「寝てる気はなかったの」
『目を覚ましてください!』
「だから、今は起きてるし……あれ?」
遠くから、アンドロメダの声が聞こえた。
驚いた亜里砂の体から、力が抜ける。
倒れる亜里砂の体を、海堂が慌てて掴む。
そして。
「お?」
「大丈夫ですか、亜里砂さま?」
目の前に、アンドロメダの顔があった。
後頭部に、柔らかい感触。
亜里砂は、アンドロメダに膝枕されていた。
「……これ、どっちが夢?」
『こっちが夢だろ、どう考えても』
海堂の声が聞こえてきた。
「お?」
『なんで俺が、シルフィード型機動宇宙艇なんてものになってんだよ!』
「おお?」
状況はどんどん、ややこしいことになっているようだった。