4.小惑星のアンドロメダ姫
亜里砂はさらに加速した。
星が流れる。翼がビリビリと震える。
『ちょ、ちょっと! 亜里砂ママ! 速い! 速すぎるってば! 機体がもたないってば、ママ!』
「我慢!」
Gのかさかさ音が高くなる。
理屈は亜里砂にはわからないが、Gと距離を詰めているのが感じられる。
今のままなら、亜里砂とGが小惑星に到着するのは、ほぼ同時。
それでは、少女を救えない。
少女を救うには、時間がいる。
もっと速く飛べるか? それは無理だと頭の中に答えが出る。すでに亜里砂は限界まで速度を出している。
ならば、手はひとつ。
相手の速度を落とす。
「近づく!」
『え? あ? うわっ?!』
左のブーツの翼がくるりと反転し、光の粒子を逆方向に出した。
亜里砂は、何もない真空の宇宙を、左足で蹴飛ばした。
ターン。向きを変え、二匹のGの正面に出る軌道に乗る。
『亜里砂ママ、今何やったの? 慣性の法則を無視して、機体のベクトルが急に変わったんだけど?』
「わかんない! でもできた!」
『ママって、時々、本能で生きてるよね……』
「犬に言われたくないなー。いいから、さっきのボール、準備して!」
『あ、はい』
亜里砂とセラフ。
今のふたりは一心同体だ。ここまでくれば亜里砂がやろうとしていることは、セラフにもわかる。
『拡散モードにしたよ。一発で二匹を同時に包み込めると思う』
「上等!」
Gの前に出る。
後ろからかさかさ音がする。
背中がぞわぞわする。
我慢。もうちょっと我慢。あと少し我慢。
「今よ!」
くるり。
ブーツの翼を前に大きく広げて減速。
籠手のブースターから噴射して上に。
亜里砂の真下を、巨大なGがかさかさと通り過ぎる。
「くらえっ!」
パチパチ光るボールを投げる。
ボールはGとGの中間に飛び、そこで光が大きく広がって、二匹のGを包み込んだ。
ビリビリと痺れたGがジタバタと暴れ始める。
ジタバタしながら二匹の軌道がそれ、小惑星から遠ざかる動きになった。
「よしっ!」
『でも、さすがに一発では死なないみたい』
「かまわないわ。あいつらが痺れてる間に、女の子を救うわよ!」
亜里砂は再び加速し、小惑星へ向かう。
小惑星とランデブー。
肉眼で見ると、けっこう大きい。さしわたり数キロメートルはあるだろうか。
表面はごつごつした岩で覆われていて、そのひとつに、鎖で少女が縛られていた。
亜里砂が近づくと、それまでうつむいていた少女が、のろのろと顔をあげた。
――コスプレした不審者だと思われそう……いや、でもこの世界ではこれ、普通のファッションなのかな? だといいな。けっこう恥ずかしいんだけど。うわ、この子、めっちゃ美人。えーと、アラブ系? 目鼻立ちがくっきりしてて、眉毛も太くてしゅっ、としてる。肌の色はけっこう濃いよね。ちょっと年下? 中学生くらい? でもおっぱい大きい。
亜里砂を見た少女の瞳が、信じられないものを見た、という風にまん丸になる。
「今、助けてあげるからね……ああでも、日本語通じないかー。えーと、私、あなた、助けるで、あい・へるぷ・ゆー、おーけー?」
少女の瞳が、うるっと潤む。
ぽろぽろと、大きな涙がこぼれ落ちる。
「わっ、わっ、泣かないで! 泣かないでってば! 助けるから!」
半ばパニックになって、亜里砂は少女を縛る鎖を掴み、素手で引きちぎる。
引きちぎった後で、鎖がすごく太くて丈夫そうなことに気付く。
「うわ。何このパワー……ああ、そうか。宇宙船のパワーがそのまんま使えるのか。気をつけないと――うわっ?!」
自由になった少女が、亜里砂に抱きついてきた。
小柄な体。ほっそりとした腕。でもおっぱい大きい。
「うわー、うわー、うわーー」
『何やってるのよ、亜里砂ママ』
「ど、どうしよう、セラフ。動けないよ」
『いや、動けるわよ。パワー全然違うんだから』
「でも、ヘンに触ったら、さっきの鎖みたいに千切れちゃうかも」
『大丈夫だって。艤装モードだと、機体は着ている亜里砂ママのやりたいコトに反応して動いてるんだから、やりたいコトと違うことにはならないよ』
「わかった。えーと、大丈夫?」
亜里砂が少女の頭を撫でてやると、少女はこくん、とうなずいた。
少女は涙の流れる顔を亜里砂に向け、亜里砂に近づけ、あれ、近づきすぎない、と亜里砂が思った時には、少女の唇が亜里砂の唇と重なっていた。
――え? え? え? え~~~~っ?!
少女の唇は、甘く、柔らかで。少女の唇が、亜里砂の唇をはむはむすると、くすぐったくて。亜里砂に巻き付いた少女の腕が、うねうねと背中をまさぐってきて。
頭の中にセラフの声が聞こえてきた。
『艤装モードのパイロットの理性レベル低下。船体モードに切り替わります』
ガキョガキョガキョン。
亜里砂の体を包んでいた宇宙船のパーツが広がっていく。
一瞬で、亜里砂の体は、宇宙船の中にいた。丸い部屋で、床がドーナッツのように中央が一段くぼんでいる。
亜里砂はくぼみに座り、背中を盛り上がった部分に預ける格好になっていた。
くぼみの中央には、少女が、ちょこんと正座して亜里砂を見ていた。目はまだ潤んでいる。
「……中は意外と広いんだ」
亜里砂が物珍しげに周囲を見ていると、少女が両手を床につけ、深々とお辞儀した。
「助けてくださって、ありがとうございます。勇者さま」
「おー、日本語……じゃないのか。耳に聞こえる発音とか全然違うし。でも意味は通じるんだ」
「碑文字の導きです、勇者さま」
「その勇者さまってやめてもらえるかな?」
「では、亜里砂さま」
「さま付けかー……ん? 私、名前言ったっけ?」
「いえ。ですが、亜里砂さまのことは碑文字を通して昔から存じております。でも、伝説の星、地球から私を救いに現れてくださるとは。アンドロメダはうれしゅうございます」
「アンドロメダって、あなたの名前?」
「はい」
――アンドロメダって、どっかで聞き覚えが……星座の名前だっけ? なんかすごいお姫様っぽい名前だよね。でも、地球のことも知ってるみたいだし、これならなんとか地球に帰ることができるかも。試験はイヤだけど、さすがに欠席して補習とかはないし。
地球という言葉が出てきたので、亜里砂は少しほっとする。
これならば、アンドロメダに助けてもらって、地球に帰ることができるかもしれない。
そんな風に亜里砂が考えていると。
アンドロメダが膝で、すすっ、とにじり寄り、しぱっ、と亜里砂の手を握った。
「亜里砂さま。我が母星は、今、クリーチャー化した宇宙怪獣の襲来によって、滅亡の危機にあります。どうか、資格者たる亜里砂さまのお力で、私たちをお救いください」
「ふぇっ?」
ヘンな声が出た。
宇宙怪獣?
お救いください?
高一の女の子に、いったい、何ができるというのか。