12.小惑星鉱夫の避難小屋
秘宝を手にしてブラックホールから脱出した亜里砂たちは、アンドロメダの待つ小惑星へと向かった。
小惑星まで後少し、というところで海堂は宇宙艇の赤外線センサーの反応に気付く。
「おい、夜空。起きろ」
「もふー?」
ブラックホールの周囲を駆け回ったり、縮退物質の星から秘宝のカプセルをかっさらったりと、八面六臂の大活躍をした亜里砂は、秘宝を手にしたとたん、力尽きて艇内で眠りこけていた。
床のクッションにもたれて大股を広げ、よだれをたらして寝ていた亜里砂が、目をしばたたかせて起きる。
「なにー? ついたー?」
「もうすぐだ。避難小屋に、なんか妙なもんが見えたんで起こした」
「みょーなもんー? にゃにー?」
まだ寝ぼけているのか、舌が回ってない。
小惑星鉱夫(ベルタ-)の避難小屋は、岩というよりは、汚れた雪玉で、元は彗星のかけらである。資源的な価値はないが、雪玉なので水が取れる。水を電気分解すれば酸素も手に入る。電力は、鏡で太陽熱を集めて湯を沸かし、それでタービンを回して発電する。太陽光発電ではなく、太陽熱発電だ。
ここにあるのは、何万年も前の、それこそ亜里砂の時代から変わらぬ原始的な手法だが、それだけに手入れもほとんど必要とせず、故障してもすぐに直せる。事故などで緊急避難する小惑星鉱夫が使うには、このくらいが丁度良い。
「避難小屋に、強い熱源がある。宇宙船がドッキングしている」
「むに?」
まだ寝ぼけている亜里砂の前に、海堂が赤外線センサーを通して見ているものがホログラフで投影された。
宇宙船が一隻、避難小屋の小惑星に横付けされている。大きさは五十メートルほど。
亜里砂が乗り、海堂が動かしているシルフィード型宇宙艇より一回り大きい。
「この船、誰?」
「わからん。識別信号は出していない。レーダー波もごく普通の周辺警戒用だけだな」
宇宙艇と一体化しているとはいえ、海堂はこの世界については詳しくない。
宇宙船が飛ぶにあたって届け出が必要なのか、税金はかかるのか、そのあたりはさっぱりだ。
「そのへん、元の日本だとどうなんだっけ?」
「すまん。そっちもわからん」
「そりゃそうだよねー。私ら高校生だもん」
亜里砂がいた元の時代の地球は七十億人が暮らしていた。社会は分業、分業、また分業で、ひとりの人間が一生かけて知ることのできる範囲は限られている。父親の仕事すら、サラリーマンで何かしてるらしい、くらいの認識だ。母親がやってるクリーニングのパートの方が、まだ具体的な仕事の内容が想像できる。
「暢気なこと言ってる場合じゃないぞ。お前、アンドロメダが小惑星に鎖で縛られてた、って言ってたろ」
「あ」
亜里砂が出会った時のアンドロメダは、どう見ても生贄か何か、そんな感じだった。
「アンドロメダの敵ってこと? 宇宙怪獣?」
「宇宙怪獣が、わざわざアンドロメダを鎖で縛るか?」
「えー、じゃあ、宇宙怪獣の味方?」
「いるのか、そんなの」
「知らないわよ」
海堂と亜里砂のふたりでは、この世界についての基礎的な知識すらない。
「避難小屋に入る時には、擬装モードで俺も一緒に行くぞ」
「いいのかな?」
「夜空ひとりで行かせられるかよ」
「……へぇ」
亜里砂が、にまっ、という顔になる。
海堂は憮然とした声をだした。
「ヘンな意味で言ったんじゃないぞ。もしお前に何かあったら、この船はたちまち動けなくなるんだからな」
「そうなんだ?」
「俺はこの宇宙艇のコンピューター、人格素子ってところに意識が宿ってるだけだ。宇宙艇の持ち主っていうか、責任者は夜空、お前なんだ」
「それ、誰がやったの?」
「誰?」
「私が持ち主だって決めたの。そもそも、この宇宙艇って、私が来る前は誰のものだったの?」
「そういや、そうだな。スマホのゲームなんかだと、こういう初期アイテムって、プレイヤーが参加した時に自動的に無から生じる感じだけど、この世界だとそんなはずないよな。最初に夜空が来た時にはどうだったんだ?」
「うーん……」
「思い出せないなら、宇宙艇の過去の記録公開してくれてもいいんだぞ?」
「それはダメ」
「ちっ」
そういう会話をしていると、しだいに避難小屋が近づいてきた。
亜里砂は、宇宙艇を擬装モードにしてまとった。海堂は丸いドローンを端末として外に出し、亜里砂の肩にのる。
避難小屋の外側についた扉には、回転する丸いハンドルがついている。
ハンドルをぐるぐる回しながら亜里砂が不思議そうに言う。
「この奥、ちっちゃい小部屋なんだよね。ヘンな作り」
「エアロックだ」
「エアロック? 空気石?」
「そっちのロックじゃない」
エアロック(air-lock)は、直訳するなら空気止め。中の空気を逃がさない仕組みだ。
重く頑丈な外側の扉を開けると、小部屋がある。この時に空気は入ってない。
「よっこいしょ」
亜里砂は中に入り、外側の扉を閉める。
中にある空気をポンプで出す青いボタンを押す。反応はない。
「あれ?」
「外の扉が気密されてない。ハンドル回してちゃんと閉めろ」
「うん」
ハンドルをぐるぐる回す。ガチン、とロックがはまった音がする。
「あれ?」
「今度は何だ?」
「いや、今さらだけど、音がした気がして」
「それがどうした」
「ここって、今は真空だよね? 真空って音しないんじゃないの? それとも、海堂くんが何かして音が聞こえるようにしてるの?」
「何もしてないぞ。空気がなくても、音が伝わることはある。小学校の時に、ヘレン・ケラーか、ベートーベンの伝記、読んだことないか?」
「あー、スプーンくわえて音を聞くヤツがあった気がする」
「人間の体を通しても、音は伝わるんだ。ほれ、気密ができたからボタンを押せ」
青いボタンを押すと、ゴンゴンゴン、と振動が伝わり、小部屋に空気が満ちる。
空気が満ちると、内側の扉のロックがはずれる。
内側の扉も、外側の扉と同じくハンドルを回して開ける。
最初の部屋は倉庫になっていて、エアロックから運び込んだ物資は、ここに貯められる。
人が寝泊まりする場所はさらに奥だ。
『……。……』
『……。……?』
『……』
『……!』
『……。……』
『……』
『……?』
『……』
『……!……!……!』
奥の部屋から話し声が聞こえた。亜里砂の耳には、内容までは聞き取れない。
「ふむ。そういうことか」
「え、聞こえたの?」
「センサー持ってるからな。聞くか?」
「ううん、いい。聞きたいことは直接聞くよ」
亜里砂はそう言ってから、コホン、と咳払いして声をかけた。
「アンドロメダ! 今帰ったよ!」
そして、バタバタとせわしない音を立てる奥の部屋に入っていく。
「やれやれ」
海堂は亜里砂の後を追って奥の部屋に入る。
ちなみに、海堂が聞いたアンドロメダたちの会話は、次のような内容だった。
『アンドロメダさま。連合会議が、〈アルニスCG8〉の放棄を決定しました』
『そうですか。残った七千人の受け入れは?』
『それが……〈オームFZ5〉に強制移住させると』
『〈オームFZ5〉は、休眠中のコロニーではないですか!』
『休眠から二百年。少々短いですが、生態系は八割型回復しているそうです』
『それでも不足する空気、水、食料については各コロニーの備蓄を回し、三年分を保証すると』
『通貨は?』
『各コロニーがそれぞれの国力に応じて分担し、支給するそうです』
『話になりません! そのような口約束、後から理由をつけて支払わないコロニーが続出するに決まっています! 強制移住なら、せめて自分たちの発電所を持たなくては!』
「なんだかナマナマしい話になってきたなぁ……宇宙怪獣倒せばそれで解決ってわけにはいかなさそうだが、どうすんだこれ。おれは、勇者が魔王を倒したが、世の中は変わりませんでした系のお話は、あまり好きじゃないんだけどな」
「おーい、何してんの。早く、早く」
「おう、今行く」
亜里砂に呼ばれ、海堂は奥の部屋へ入った。