11.秘宝を守る門番
門番の外見は、のっぺりとした灰色の球体だ。
大きさは五〇〇メートルほどだが、質量は地球の二倍。
これでは押そうが引こうが、びくともしない。破壊などとても無理だ。
かといって、無視して秘宝に近づくこともできない。
秘宝は、門番のすぐ近くにある。正しくは、門番の周囲を亜光速で回転している。
ブラックホールほどではないが、縮退物質も強力な重力を持つ。近くに寄ったものを潮汐力で引き裂いて食らってしまう。
『よし、ここだ。投げてくれ』
「ほい」
ぽーい。
亜里砂は、小型プラズマボムを手で投擲した。
実際には、宇宙艇の磁力ランチャーで打ち出しているのだが、艤装状態では女子高生が宇宙空間にボールを投げているように見える。
ボールはしばらくランチャーで与えられた初速のままに等速運動でまっすぐ進んでいたが、じわじわとブラックホールの重力を受けて"下"向きになっていく。
やがて、完全にブラックホールの重力に捕まり、すっ、とブラックホールへ向かって落ちていく。
『急げよ。アレが所定の場所まで落ちる前に、残りを投げないと』
「わかってるって」
『ここだ。二個投げろ』
「ほい」
『右と左に一個ずつ』
「ほいほい」
合計五個の小型プラズマボムを、矢継ぎ早に亜里砂は打ち出す。
『残りは一個。これでもう、失敗してもやり直しはきかないぞ』
「気にしない、気にしない。できることをやってけばいいよ」
『夜空って、心臓に毛がはえてるんじゃないか』
「失礼だなぁ」
『おっと、時間だ。爆発するぞ』
ちかっ。
ブラックホールのある"下方"で、小さな光があった。
ブラックホールの重力による赤方偏移で、普通よりオレンジがかってみえる。
続いて、ちかちかっ。ちかっ。ちかっ。
小型プラズマボムの爆発は、ブラックホールのプラズマの嵐吹き荒れる降着円盤内では、ひどく頼り無く見えた。
「……」
『……』
亜里砂と海堂は、息をのんで、待った。
はるか未来にきて、ナノマシンや宇宙艇の力を手に入れてはいるが、ふたりは高校生だ。
宇宙スケールの出来事に、頭がついていかない。
何かとんでもない間違いをしているような気もしてくる。
『おい』
「ねえ」
ふたりが同時に、何かを口にしようとした、その時。
プラズマの流れが、変わった。
「来た!」
『こっちも観測した。うお、すげえ! 本当に来やがった!』
五発のプラズマボムは、ブラックホールの降着円盤内を巡る巨大なプラズマの流れの、いわば堰となっている部分で破裂している。堰が揺らいだことで、プラズマの噴流は、流れを変え、それが新たな流れを生み、巨大な塊となって、亜里砂たちのいる軌道にまで上がってきた。
「行っけぇええ!」
亜里砂が拳を突き出し、叫ぶ。
プラズマ噴流が、門番を包み込む。
しかし、当然というべきか。
地球の二倍の質量を持つ門番は、これに耐えた。
プラズマ噴流が、後から後から押し寄せるも、縮退物質はこれを貪欲に飲み込んでいく。
元々、門番はそうやってブラックホール周辺を回る小惑星を食らって大きくなったのだ。
プラズマ噴流も、同じことである。最終的には、門番をさらに太らせる結果にしかならない。
最終的には。
しかし、今は。
『よし! 門番がプラズマを一度に飲み込みきれずに、周囲に降着円盤ができたぞ!』
門番の重力に捕らえられたプラズマの奔流が、縮退物質の周辺にリングを作る。
そして、そこから、白い尾が伸び始める。
宇宙ジェット。プラズマガスがブラックホールや中性子星から吹き出る現象だ。
そして、その宇宙ジェットに乗って、秘宝を納めたカプセルが。
門番の周囲を巡る軌道から外れ、飛び出してくる。
「ゴーッ!」
セラフ二号と名付けた小惑星の影から、亜里砂が飛び出した。
全速で駆ける。チャンスは一瞬。好機は一度。
失敗すれば、門番の重力に捕まるか、宇宙ジェットで弾かれるか。
そうした不安を胸の奥にしまったまま、亜里砂は駆ける。
亜里砂の背後で、セラフ二号が門番の潮汐力で引き裂かれ、バラバラになっていく。
亜里砂自身も、門番に近い側と遠い側とで体がねじられるような、不気味な感触に顔をしかめる。
「うわぁ、船酔いしそう」
『がんばれ! ちょっとの辛抱だ。距離を置けば、潮汐力は小さくなる』
「がんばる!」
秘宝のカプセルが見えた。大きさは五メートルほど。銀色に輝いている。
亜里砂が重力アンカーを取り出す。振り回す。投げる。
秘宝のカプセルに、重力アンカーがからみつく。
「トライッ! ……うわわっ、跳ねる跳ねる!」
『くそっ、宇宙ジェットの勢いが計算より強かったか』
「えーい、暴れるな! おとなしくしろーっ」
両手で亜里砂は重力アンカーにつながるワイヤーを握る。
亜里砂と秘宝のカプセルのいる場所に、宇宙ジェットが近づく。
『夜空! 宇宙ジェットがきている! 巻き込まれるとヤバいぞ!』
「わかってる。プラズマボム、出して!」
『おう……って、両手ふさがってるだろ! 大丈夫か?』
艤装モードでの亜里砂は、身体感覚で宇宙艇を操っている。
重力アンカーを両手で握ってるのは、それだけ秘宝のカプセルを確保するのが難しいからだ。人間の脳でも領域の大きい、手の運動野を使う必要があるほどに。
「やれるよ!」
『――よし! 任せた、亜里砂!』
最後の小型プラズマボムを、海堂がランチャーにセットする。
亜里砂は、これを。
「トライの後は――キックだぁー!」
足で蹴飛ばしてランチャー射出。
クルクルと回転した小型プラズマボムが、宇宙ジェットの至近で爆発し、プラズマを拡散させる。
プラズマの大波が、亜里砂に押し寄せてきた。
「海堂くん!」
『わかった! 艤装モード、解除!』
プラズマの大波が到達する寸前に、亜空間フィールドで亜空間に畳み込まれた船体を海堂が引き出し、復元する。
船体の腹に秘宝のカプセルを抱えさせ、シルフィード型宇宙艇はすべてのノズルをプラズマの大波に向け、噴射。
プラズマの大波の後押しを受けて一気に加速し、ブラックホールの重力圏を脱出する。
「やったーっ!」
『やったぞ!』
小型艇の中で、亜里砂が万歳する。
海堂もドローンの体で亜里砂とハイタッチ。
「はー。なんとかなったねー」
『いやー、スペクタルだった。現代に戻って、この話をしても誰も信用しねぇぞ』
「ブラックホールの周りを走って飛んで駆け抜けたものねー」
『夜空もよくやったぞ』
「ん」
亜里砂は、あれ? という顔をして海堂のドローンを探るような目で見るが、海堂は気付かない。
海堂の注意は、秘宝のカプセルに向けられていたからだ。
『表面に、シグナルが刻まれてるな……えーと……』
海堂はシグナルを解読する。
『元素変換システム〈ゴルゴーン〉って書いてあるな』
元素変換システム。
それが宇宙怪獣に対抗する、秘宝の正体だった。