No.94 故郷のモアルド
結論から言えば──。
アルバートとイレーナは砦を指揮する者として認められた。
いや、認め「させた」と表現した方がいい。
アルバートの宣戦布告に対し、血気盛んに──悪く言えば挑発に乗せられて──名乗りを上げたのは全体の半分ほどだった。
彼らは二人の事を威勢のいいオモチャ程度に考え、下卑た笑みを携えて躍り出た。
それを二人は、その全てを打ち倒して最後まで立っていたのだ。
特筆すべきなのは、二人が最後まで賦力どころか魔法すら使わず「剣のみによって」勝利したことだろう。
これには模擬戦闘に対し若干の不安を持っていたヘンダーソンも唖然とした。
だが、実際には。二人は魔法を使わなかった訳では無い。
戦闘中は身体強化魔法を発動していたのである。
この魔法は自身の体内で完結するため、エルフの魔眼でもないと発動を感知するのは無理だ。
だから周囲からは魔法を使っていないように見えたわけだ。
なおかつ二人は試合後、怪我をした兵士などに回復魔法を施していた。
そのため、兵士たちは二人の事を「魔法も使える剣騎士」という非常に稀有な存在だと考えた。
そして実感した。
この二人は只者ではない、と。
これは信頼がどうこうと言う以前に、受け入れなければならない事実だ。
だからひとまず、アルバートとイレーナを指揮官とすることを認めた。
「すみません、着任早々にこんな……」
執務室でヘンダーソンが謝罪する。
模擬戦の事だ。
「いえ、兵士たちの実力を測るのに丁度よかったですよ」
「は、はは……まあ、あれ程の実力があるならばその余裕にも納得ですな……」
執務室は砦の中でも一番階級の高い者しか入ることのない場所だ。
アルバートとイレーナ、ヘンダーソンに、あとは昨日挨拶をした補佐官の二人が今この部屋にいる。
「さて、昨日のうちにお二人の机を用意しておきましたので、ここは自由にお使いください。頼まれていた資料も置いておきました」
そういってヘンダーソンは自身の仕事に戻った。
彼が言う資料とは、主に砦の防衛に関するものだ。
「助かります」
二人は机に座ると、まず人員名簿を開いた。
これには、砦に駐屯する兵士や職員たちがそれぞれどの部隊に所属していて、どんな役職を持っているかなどが記されている。
戦闘要員は今日訓練場に集まっていた一九五名。
非戦闘員は厨房係の八名。
そして指揮官のヘンダーソンと補佐のライアンとペンドルトでこの砦は構成されている。
砦の兵士たちは、効率的な管理のために約五十人ずつの合計四部隊に分かれていた。
目的の一つである技術伝達や兵士らの訓練はこの部隊ごとに行うことになるだろう。
「お二人だけでは何かと不便があるでしょうし、信頼できる者を補佐につかせましょうか。我々も常にご一緒していられるわけではありませんから」
「それは助かりますね」
「モアルド出身の者には心当たりがあります。彼ならお二人に偏見もないでしょう」
二人と兵士達の仲を取り持つ存在は、今後砦で任務を遂行するにあたって絶対必要だ。
そんな人材が居るなら願ってもない事だった。
「ではその者を呼んで参ります」
そう言って、ライアン補佐官が執務室を出ていく。
今朝の模擬戦の時もそうだったが、階級の高い者ほど二人に対しての態度は丁寧だ。
更に言えば、二人の事を「まだ幼い子供」などと考えている者もごく僅かである。
これは単純に、階級に見合うだけの学があるからというだけでは無かった。
「お初お目にかかります。私はジョン・ミラー一下士であります」
「ええ、よろしくお願いします」
「なにぶん私たちはあまり良く思われてないようですから、色々と頼りにさせて頂きますね」
ライアン補佐官が連れてきたこのミラーという男は、無精髭の似合う三十路の下士官だった。
姓があるという事は、爵位持ちかその親族という事だ。
「ミラー一下士はモアルド出身だそうで?」
「ええ、モアルド騎士団の副長を務めている男爵の次男ですよ。アルバート殿の父君──領主様とも多少面識があります」
「モアルド騎士団といえば、ハンクさんが団長をしているところか」
「ええ、父の騎士団ですね」
アルバートが、イレーナの父であるハンク・ルセイドの名をあげると、彼は心底驚いた様子だった。
「ルセイド団長がイレーナ殿の父君なのでありますか──!?」
「ええ。今はシュティーアですが、私の旧姓はルセイドです」
「そうだったのですね……では団長が度々話題になさっていた娘君がイレーナ殿でありましたか。どうりで二人ともお強いわけだ」
同郷の士であり、少なからず縁のある三人。
そんな彼らが偶然にもこの砦で巡り合った事はなんだか運命的に感じられた。
彼らは故郷の話に華を咲かせる。
当然、打ち解けるのに時間はかからなかった。




