No.92 信頼(1)
上官として──つまりは上に立つ者としての条件。
それは地位、権力、人格、実力、評判、人脈、信頼、etc…、etc…。
どれ一つとっても重要な要素である。
だが、どれもその一つだけでは優秀な指揮官たり得ない。
三つあってようやく、辛うじて指揮官として成り立つ。
今のアルバートにはどれだけ指揮官としての条件が揃っているだろうか?
「まずはそうだな。信頼を得ない事には、この場所に僕たちの居場所は無い」
「力の誇示も必要です。誰も『自分より格下だ』と思っている人間には従いません」
アルバートとイレーナは、今日来た時に通された客室で紅茶を啜りながら話し合っていた。
間に挟まれた机にはティーセットと大量の情報が書き足された数枚の地図が置かれている。
議題はもちろん「今後の砦での行動予定」だ。
「そうだな……じゃあどうする? 砦を歩き回って僕たちを宣伝してみるか?」
アルバートが冗談半分に提案してみる。だが、彼女は真剣に検討していた。四秒ばかり沈黙する。
そして妙案を思いついた。
「……歩き回るまでもありません。集めればよいのです」
「集める? それでどうするんだ?」
「学園でも騎士団でも、よくやったじゃないですか、アル」
彼女はふっと笑って、砦の見取り図の一点を指さす。そこには、「訓練場」の文字が書かれていた。
それでアルバートも理解した。
「模擬戦闘か」
アルバートもイレーナも、国一番を争うことのできる実力者だ。
だが二人には名声がない──いや勿論、いつかの土竜討伐やこの間の強盗事件解決は立派な名声だが、それを知る者はこの辺境の地には少ない。片や随分前にあった事、片や随分最近にあった事だからだ。
ならどうするか。
答えは簡単、砦の兵士たちと直接拳を交えればよいのだ。
直接、その身に刻み込んでやればいい。自身の実力を。
「──なるほど、僕達らしいじゃないか」
アルバートもまた、彼女と同じように笑った。
「──はぁ。稽古、ですか……?」
執務室で作業をしていたヘンダーソン指揮官がなんとも言えない声を上げた。
「ええ。明日の朝にでも、砦の兵士を集めて頂きたく」
「構いませんが、砦の連中は気が荒いですよ? 最悪流血沙汰に……」
ヘンダーソンは頭を抱えた。部下たちの事を思い返して、その制御の難しさを再認識したからだ。
だがイレーナは気丈に言った。
「私達は魔術士です。自分の傷を治せない程度では、それこそ近衛騎士の名折れですよ」
「……なら、私から言える事はありませんね……」
「ではそのように」
ヘンダーソンは渋々了承した。
いくら彼が砦の最高責任者であるといっても、アルバートとイレーナの事を詳しく知っているわけではない。
事前に送られた資料によって二人に実力がある事は理解しているが、それでも彼の認識としては「まだ若い少年と少女」といった印象がぬぐえない。
だから、砦の荒くれ達と手合わせするというのもあまり気が乗っていなかった。
だが、その考えは、翌日改められることとなる。




