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No.90 散歩

「私はまだ事務作業が残っておりますので、これで──」


 ヘンダーソン指揮官は、馬に乗る二人に向かって敬礼し、戻っていった。

 残ったのはアルバートとイレーナ、そしてフーブラとレイトンの四人だ。


 彼らは、西側──つまり国外に出る準備をする。

 正門の隣には小門が設けられていて、馬一頭ずつならギリギリ通ることが出来る。そこから砦を出た。


「……では、まず森に行きましょうか」


 フーブラが二人を先導する。レイトンは最後尾で黙っていた。

 先程から彼が協力的ではないので、フーブラはかなりの気まずさを感じていた。だから、なんとか場を取り持とうと喋る。


「お二人は近衛騎士、なんですよね。やっぱり出身は王都ですか?」


 王族近衛騎士、といえばエリート。その考えからフーブラは己の偏見で予測を立てた。


「いや、二人ともモアルドですよ」


 しかしアルバートの答えは彼にとって意外なものだった。思わず驚嘆する。


「本当ですか!? おれもモアルド出身ですよ!」

「とはいえ十二歳になる頃から王都の学園に通っていたので、あそこは第二の故郷みたいなものですよ」

「へぇ、すげぇや!」


 レイトンは相変わらず後ろで黙っていたが、逆にフーブラは思わぬ繋がりを知って興奮していた。

 


「──ところで、お二人はお幾つなんですか?」


 またフーブラが質問する。

 これにはイレーナが答えた。


「まだ十六ですよ」

「十六!?」


 さっきから驚き続きの彼だったが、今度は特段に驚いた。

 アルバートはその様が面白くて、思わず笑った。


「ええ。だから、坊主(ボウズ)って呼んでもいいんですよ?」


 フーブラは口が空いたまま塞がらなかった。しばらくして、やっと言った。


「いや、俺はてっきり──長耳族(エルフ)は不老長寿って言うから、百を越えてるもんかと……」


 アルバートが年齢のことでこのように驚かれるのは、今回が初めてではなかった。実際、ほとんどの同族(エルフ)は人間族の寿命を越えた者が多い。


 裏を返せば、それだけ子供が少ない種族ということだ。尖った耳を見て勘違いが起きるのも仕方ない。



 フーブラとは親睦が深まったと言えるが、レイトンの方は更に機嫌を悪くしていた。

 なぜなら、アルバートとイレーナの(見かけの)年齢が十六であると知ったからだ。


 彼はもう二十五になる。

 ひとまわりも年が離れた者が突然やってきて、あまつさえ指揮官よりも上になるとあっては堪らないと思っていた。


「──もうすぐ森を抜けます」


 フーブラが言った。

 アルバートは、地図と実際目にしたものとを照らし合わせながら、時により情報を書き加えたりもした。

 木々の隙間から、だんだんと日光が溢れ出してきて、視界が開けた。


「ここがシュナル平原です」

「思ったより広いな……」


 そこは、一面に草地が広がっていた。

 アルバートはそれを見渡してから、小声でイレーナに訊ねた。


「どう思う?」

「もし砦を攻めるなら、野営地はここ一択でしょう」

「だな」


 シュネーリア帝国軍。もしも彼らがやって来るとしたならば、必ずここを通るだろう。


 元シュネーリア領──現ギルスク小王国。もし、ピトムニクの手紙にあった「帝国派」の反乱が本当に起きるとしたのなら。帝国がそれに介入したのなら。砦に立つ我々としても面倒なことになるかもしれない。

 それを回避するためにも、予測と予防は必要だ。


 アルバートはまた地図に情報を書き加えた。



「すこし、この辺りを歩きたいので、二人はここで待っていてください。」


 馬を降りながら、アルバートはフーブラとレイトンに言った。イレーナも馬を降りる。


「はっ!」フーブラが敬礼した。


 二人はそのまま、森と平原の境界に沿って歩いていった。


 しばらくして、レイトンはある悪だくみを思いついた。

 気に入らない新入りの上官に対する嫌がらせだ。


 上官といっても所詮は年端もいかない「ガキ」なのだ。すこし虐めてやれば任務に嫌気がさして帰ってくれるかもしれない。

 そういった考えがレイトンの脳裏に浮かんだ。



 アルバートとイレーナの二人は「良い立地」を探していた。

 偵察のための、良い立地だ。

 平原一帯を見渡せて、なおかつ見つかりにくい場所。それが条件になる。


「ここはどうだ?」

「ええ、悪くありませんね。それに砦からもさほど遠く無いですし」


 二人で打ち合わせると、また地図に情報を書き込んでいく。

 そして出来上がったのは、斥候(せっこう)部隊の巡回ルートだ。

 砦の兵士が定期的に見回りを実施し、安全を保つためのものである。


 備えあれば憂いなし。


 何事にも備えておくのが最前線を担う者の役目だ。

 二人は意気込んで作業に没頭した。


「よし、次は別のルートも考えよう──」

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