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転生したらエルフだったので無双する  作者: 随喜夕日
第04章 王族近衛騎士
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No.86 憩い

 馬車はアルバートとイレーナ以外には御者しか乗っていなかった。荷台の(ほろ)には騎士団の紋章が施されており、専用車である事が分かる。


 御者の男は寡黙で真面目だった。

 男は必要以上には関わって来ず、しかし必要なことは必ず確認してくれた。

 彼曰く、アラモまではモアルドから更に二、三日かかるようで何かアクシデントがあれば一か月以上はかかる長旅だった。


 幸い、雨季はまだ先だ。おおむね予定通りに着くだろうと彼は言った。

 馬車はゆっくりと進んでゆく。西へ。

 はじめはしばらく平坦な道が続いた。そこは王都付近の大規模な畑や平原地帯で、春光に照らされて育った草や花々は風になびいて波を作っている。


 まだ涼しいそよ風に髪を流されて、アルバートは深く息を吸った──微かに花の香りが混じっている──そしてゆっくりと息を吐く。そうしているだけで心が安らいだ。


「こういう穏やかな旅も悪くないな」

「ええ」


 イレーナはアルバートの隣に座って、彼の肩に頭を預けた。


「眠くなったか?」

「いえ──。ただ、こうしていたいんです」

「そうか」


 アルバートは彼女を拒むことはせず、そのまま肩を貸して反対の手で彼女の頭を撫でる。

 白く透き通った、クリスタルのような髪は、反して柔らかで繊細だ。アルバートは髪の感触が楽しくなって、しばらくそうしていた。

 そしてイレーナは、彼の指のくすぐったさに身を預けていた。


 馬車は揺れるが、ひどいものではない。

 クッションのある椅子のおかげか、むしろその振動はゆりかごのような安心感をもたらしてくれた。


「……こうしていると、昔を思い出します」


 イレーナは、頭はアルバートに寄せたまま、視線を外の景色に向けて言った。


「昔って、どの昔だ?」


 まだ十六とすこしの二人だが、こと彼らに限って言えば「昔」は二種類ある。幼い頃の事か、あるいは生まれ変わる前の事だ。そのどちらかによって話題は大きく違ってくるだろう。


「『零』に居た時のことです。──ほら、ウクライナでの任務で」

「ウクライナ──。ああ、もしかしてあのヒマワリ畑か」

「そうです。あれも、とても綺麗でした」


 彼女の言うヒマワリ畑は、思い返すだけで情緒を感じさせるほどのものだった。地平線まで続く一面の黄色と青い空のコントラストは言葉を失うほど幻想的だった。その時は任務の帰りにイレーナがどうしてもと言うので部隊の軽装甲機動車(LAV)を走らせ見に行った。最初は面倒くさがった他の隊員も、最終的には全員が見惚れたものだ。


「けど、あのヒマワリ畑のほうが何倍も美しかった」

「ええ。──でも、なんだか同じ匂いがします」


 イレーナはそのまま目を閉じた。そしてもう少し強くアルバートに身体を預ける。彼の腕をとって抱き寄せた。


「アル」

「なんだ?」

「やっぱり、少し眠くなってきました」


 彼女の言葉に、アルバートは微笑んで優しく返事した。


「そうか。僕はいつまでも肩を貸すよ」

「ありがとうございます。アル……」


 兵士としてのカチューシャ。騎士としてのイレーナ。普段は冷静で、淡然として、屈強でも、縛るものがなければ一人の少女に過ぎない。いや、前世からの感覚や今の見た目の年齢から少女のように思ってしまう事もあるが、彼女は立派に女性だ。一人の女としてただ愛する人に抱きしめられているだけの時間は、他にない至福の時だった。


「甘えるのも上手くなったもんだ──」


 前世では堅苦しい弟子だった。

 本当に、最期の最後まで思いをひた隠していたほど強情な少女──言い変えれば、自分を出すことが下手な人だった。

 それが今は、自分にすべてをさらけ出してくれる。


 アルバートはそれがたまらなく嬉しかった。相変わらず敬語は直らないが、その堅苦しい言葉にも十分優しさを感じ取れるようになった。


「おやすみ」



     ◇◆◇◆◇



 平原を抜けると今度は川沿いに進むことになる。それほど大きくはない川で、流れも穏やかなため底を泳ぐ魚までよく見えた。


「お二人とも。一旦休憩しましょう」


 御者の男は陽が天高く上っているのを確認してそう言った。

 彼は車をけん引する二頭の馬を巧みに操って道路わきの広いスペースに停める。


 交通量は少ないとはいえ一日に三度は他の馬車とすれ違う場所だ。道路の真ん中にそのまま停めてしまえば万一にでも前方から馬車が来た時に大変な迷惑になる。


 そのため、こういうような「馬車だまり」が各所に設けられていた。


「そうですね。ならちょっと魚でも獲ってきます」


 アルバートは停まった馬車から降りて、河原に歩いた。


 王都を発って既に十日ほど経っている。まだ道のりの三分の一ほどだ。

 何度か村や町を経由して、馬を変えたり食料を補充したり、宿をとって風呂に入ったりした。

 その度に人々は、馬車の(ほろ)に描かれた近衛騎士団の紋章を指さして歓迎してくれた。

 どこに行っても二人を邪険に扱う者は居なかった。その度にアルバートは近衛騎士団に所属していることを誇りに思った。


 前世では秘匿された部隊で、秘匿された作戦・任務を遂行してきた。

 諸手を挙げて歓迎されるような事はなかった。

 だからこそ、公に働いて公に感謝される今の職は十二分にやりがいがあると感じた。


  対して、今は誰もいない川で魔法を使った漁をしていた。悠々と泳ぐ魚の一匹に狙いを定めて土の矢を飛ばす。それだけであっさりと仕留めることが出来た。浅瀬で合ったことも幸いしたのだろう、数分と経たずに三匹手に入れた。


「──これだけあれば十分か」


 誰もいないひっそりとした場所で、川のせせらぎや森の音を聞いて余生を過ごすような生活にも憧れがあった。たまには孤独も悪くない。だがやはり、そんなスローライフを送るなら隣にイレーナの存在は不可欠だった。彼は密かに騎士団での仕事を終えた後の人生の事も夢想した。


 その日獲った魚は市場でも比較的高値で取引されるようなもので、淡白ながらも程よい脂身に舌鼓をうった。


アラモ砦に到着するまで、予定ではあと十八日あった。

本日もエルフ転生をお読みいただきありがとうございます。




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