No.79 騎士団長
王城には騎士が居住するためにいくつか詰め所が設けられている。そのうちの一つが、近衛騎士団を統括する面々の勤務場所となっており、事務や資料管理等を行っている。無論、騎士団長であるピトムニクが所在するのもそこだった。アルバートはそこに入り、さらにその中にある団長室のドアをノックした。
「アルバート・シュティーア三上士、並びにイレーナ・シュティーア三上士。お呼びに応じ参上致しました」
『入ってくれたまえ』
中に入れば、目前の執務机でピトムニクが業務を行っていた。彼と二人は騎士団入団以前からの面識で親しい間柄であったが、今は職務中であるから規則の通り挨拶をする。彼の方も団長として威厳ある態度で迎えた。
「二人とも、昨日の件は休日であるにも関わらずよく機敏に働き活躍してくれた。そして事態の素早い収束に多大な貢献をしたとして国王陛下より名誉勲章を賜る事となった。これに際し、今日午後三時より授与式を開く故、騎士正装を着用の上、ここへ午後二時半までに再度参上すること。宜しいか」
「「はっ!」」
ピトムニクは席に着いたまま詳細を記入した巻き手紙を差し出してくる。手紙には王家の紋章を押した封蝋が輝いていて、勅書であることを示している。アルバートは一歩進み出てそれを受け取り、またイレーナの隣に並ぶ。その所作は元自衛隊員、そして現役近衛騎士の名に恥じない機敏で洗練されたものであり、ピトムニクは密かに感心した。
「さて、二人とも。もう楽にしてくれていい。そこのソファにでも座ってくれ」
彼は、今度は伍長を柔らかくして言った。以前食事を共にした時などに聞いた声音と同じものだ。彼は机から席を外して、対面しているソファに座ったので二人もソファに腰かける。
「紅茶を入れたんだ。二人も飲んでくれ」
「いただきます」
ピトムニクは自身が入れた紅茶を一口啜った。
「さて、もう一つ話がある。これは私個人からの質問だ」
ピトムニクは容器を置き、立ち上がって執務机から何枚かの紙を持ってくる。それを渡されたアルバートが読んでみると、昨日の事件について書かれたものだった。早朝掲示板で見た記事よりも、より詳細で踏み込んだ内容だ。
事件の発生時刻や犯行の手口、盗賊団「北の狼」に関する情報、捕縛された残党が提供した(吐いた)情報、そして事件収束直後の現場の状況、死体となった賊の状態、そしてアルバートとイレーナが隣の家の二階から侵入した事まで書かれいる。
二人は「ここまで詳細に調べるものか」と、「中世騎士団」らしからぬ警察じみた徹底加減に驚いた。
「私はこの報告書を読んで驚いたよ。喋らなくなった賊どものありさまを知ってね」
アルバートは、そうか、と合点がいった。短刀で排除した者はともかく、銃で撃たれた死体は見るも無惨な状態となっている。
「二階にあった死体は短刀で腹を抉られ、そして心臓を一突きされて死んでいる。他には、ほつれ糸ひとつすら無い綺麗な状態だから背後からの奇襲だったのだろう。それにしても鮮やかだ」
ピトムニクは、これまで生きてきた長い経験から、死体の状態だけでもその場で何が起きたかおおよそ推察できる。それは、過去に見てきた死体の中でも格別に「鮮やか」に死んでいた。
「……私の騎士団でこんな剣を教えている者は居ないはずだがね…」
「実家で習ったものです。お褒めいただき感謝します」
頭をかくピトムニクに対し、イレーナはいつも通りの様子で何事もないかのような反応だった。
「……それにだ。金庫室にあった死体や、入口で人質をとっていた男の死体は謎が多すぎる」
彼は、それらの「変死体」について記載された欄を指でとんとんと叩きながらため息をついた。
「彼らは槍よりも鋭く、矢よりも早い『何か』に貫かれて死んでいる。この男なんて酷いものだ。胸に二つ、頭に一つ穴が空いている──。あんな狭い室内で、複数人を相手に、同時にその『何か』で刺したか?」
この世界には銃は存在しない。爆薬は、存在するにはするが使用している材料は火薬ではなく火属性の魔石だ。到底、現代文明が産み落とした悪魔の兵器には及ばない。
「私が今まで見てきた、どんな魔法や、武器や、賦力とも一致しない」
最後にそう言って、ピトムニクは報告書を置いた。それ以上の追求も無かった。アルバートは、彼が自身らの守秘権を考え、自主性を重んじているのだと思った。しかし正直に「実は前世は別の世界にいて、その世界の武器である銃を使いました」などと言えるはずもない。相手がいかに信頼のおける騎士団長であるにせよ、元異世界人である事の説明と言うのは難しく、そして説明するにしても長くなる。はっきり言えば面倒だ。
実際、二人は「転生者」についての資料なども探してみたが、ついぞ自分たち以外にそういう存在を認めることは出来なかった。
そこで、イレーナはある策を思いついた。
「私の能力を使いました」
「イレーナ君の?確か、過去に使った事のある武器を魔力でもって顕現させる『武器庫』だったかな?」
「正確には違います。私の能力は『現実に再現可能な武器』を顕現させるものです」
二人は近衛騎士団への入団に際して、自身の賦力を団長であるピトムニクにのみ申告した。彼はその記憶からイレーナの能力を思い出して言ったが、この申告は詳細ではないアバウトなものだ。イレーナはそれを訂正する。この訂正こそが彼女の作戦だ。
「ええ、私には一瞬で一億もの人間を灰に変える超兵器など顕現出来ませんが、私に理解できるものであればこの武器庫で顕現できます。これが分かったのは最近の事ですが、昨日はそのおかげで多少は楽に行動出来ました」
「つまり、その武器が、これほどの脅威となったと?」
「ええ」
「その秘密兵器を今ここで顕現できるかな?」
「私の能力は燃費がすこぶる悪いのです。その中でも、あの武器は特段に。ですからなるべく顕現させたくありませんし、何しろあれはまだ効率が悪いのです。そうですね、新兵器の設計図と理論を書いてまた今度提出致します。これでも私は魔法科学校を卒業した研究者の端くれですから」
イレーナは実に流暢にピトムニクを騙した。彼は納得して「あれほどの力を持つ武器ならば革命とも言える。ぜひお願いしよう」と話をまとめた。
だが銃の設計は現代技術の粋を結集した兵器の頂点に位置する。この世界の技術では、百年あっても実現は出来ないだろう。彼女の提案は実に巧妙な偽装だった。
「では、二人とも訓練に戻ってくれて構わん。昼食の後は授与式まで自由にしていいぞ」
そうして二人は団長室を出た。残ったピトムニクはソファに背を預け、天井を見つめながら髭をいじる。
(それだけ彼らが特別な存在ということか)
「あの夫婦」の規格外さに半ば呆れながら。
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