No.78 後日祭(2)
皆が「乾杯!」と一言。そしてオレンジの酸味が鼻孔を激しく刺激する。
「くぅ~っ!こいつは目が覚める一杯だね」
女騎士の一人が言った。彼女はコップをそのまま机に置いて、今度はテーブルに広がるサンドウィッチや、朝にしては豪勢な牛肉の蒸し焼き(ローストビーフ)を頬張る。
「アルバート、それとイレーナちゃん。今日は俺らの奢りだぜ。たらふく食えよ」
ビグは隣に座るアルバートの肩をドンドンと叩き言った。騎士に入隊してから一年間、定期的な宴はあれど個人的に呼ばれて奢られる事などは無かった。どうして急にこのような待遇を受けるか、思い当たる節などひとつしか無かった。
「それは、昨日の事件が──」
「その通り!」
アルバートが最後まで言うより前に、前の席に座る女騎士達が言う。
「昨日のうちから騎士団では既に噂は立ってたが、今朝そこの張り紙を読んでみんなが驚いたさ!あの昨日
の騒ぎ、銀行立てこもり事件解決の立役者が新人の夫婦だったとは!」
「しかも何よ、読めば読むほど鮮やかな手際!十二人もいて、更に人質まで取ってた強盗がたった一時間であの世か牢獄に詰め込まれてる──。どうやって貴方達二人だけでそれをやったかまでは書かれてないわ。知ってるのは現場に急行した部隊くらいよ」
「ねぇ、聞かせて頂戴よ。貴方達の英雄譚をさ」
「それに、近くで見ると本当に良い男ね。愛人には興味無い?」
彼女らは荒波のように言葉の嵐をふりかけた。アルバートはその勢いに圧倒され、たじたじになったがイレーナの方は最後の一言を聞き過ごさなかった。
「アルの愛情は全て私のものです、エリザベスさん。それは譲れませんよ」
「あはは、冗談だってば、イレーナちゃんったら………ホント彼に関しては怖くなるのね…」
当然のように食事をするイレーナを横目に見ながら、アルバートはむず痒い感覚を背中に感じながら目玉焼きと肉を載せたパンを頬張る。それは自分の行いを絶賛された事やイレーナが自分への好意を人前でも隠さずに宣言しているせいであった。
「ま、兎に角。奢ってやるから話のネタにくらいはなってくれよってこった」
また、彼の言葉を聞いてアルバートは心の片隅に懐かしさを覚えた。そういえば前世でも部隊内で食事などをした時に、作戦で自分がどれだけ勇敢に戦ったかを参加できなかった連中に自慢して聞かせる者がいたものだ、と。
アルバートはその懐かしさに身を任せて昨日の出来事を語ることにした。当然、イレーナの賦力である武器庫で顕現した銃などについては言及しなかったが、それ以外については特に隠さず話した。
アルバートが少し意外だと感じたのは、二人が密かに侵入して内部から制圧した事を語った時に驚かれたことだった。「そうか、その手があったか。エルフらしい機転の利いたやり方だ」とビグは言った。
女騎士のエリザベスには「まるで物語に出てくる暗殺者のようね」とまで揶揄された。だが、話の内容には大変満足だったようで、最後には「値段の割に楽しい朝食だったよ」といって解散した。
イレーナ曰く、朝から何人かに昨日の事を聞かれ、いつの間にか食事をする流れになっていたらしい。
そして、朝一番のこの出来事は今日の始まりを告げる鐘に過ぎなかった。
今日は午前七時から鍛錬のメニューが入っていたが、鍛錬場に入ればまたもや先輩や同期の騎士から質問攻めに遭い、入口で足止めされていた。学園に居た頃も何度か取り囲まれた事があったが、やはり慣れない。それはイレーナも同様で少々困っていた。この状況をどうしようかと悩んでいたところに救世主が現れた。
「皆さん、少しよろしくて?二人をお借りいたしますわ」
快活で、透き通るような美しい声音は二人には聞き親しんだものだった。彼女は屈強な騎士らに割って入り、さっと二人を連れ去る。その動きは俊敏だったが、どこか優雅さを持っていた。周囲は彼女に軽い文句は言えども反抗はせず、どうやら二人を諦めてくれたようだ。
「アンリ、助かりました」
イレーナが礼を言うと、彼女は振り返ってにこりと微笑んだ。
「困っている友人を助けるのもまた、友人の務めです事よ」
アンリは既に鍛錬用の戦闘服を着ていて、膝や肘などの関節部は土で少し汚れていた。そのような汚れ方をする訓練は想像がつく。おそらく、いつものメンバー(リーフェやガルム)と組手でもしていたのだろう。その最中に、入口の騒ぎに気が付いて来てくれたらしい。
「つくづく気が利くお嬢様だ」
「それに、そこらの賊よりは手強いんですのよ」
彼女の言い方には含みがあった。そこに気付かないほど二人は鈍感ではない。
「貴女も昨日の事を知っているのですね」
「淑女たるもの、新鮮な情報には敏いんですのよ」
彼女はしたり顔でアルバートの方を見たが、そのせいで前方から迫る脅威に疎かになっていた。
「二人ともおはよ~っ!」
ドンッとアンリの肩にぶつかりながら彼女は声高な挨拶をする。犬のような獣耳をぴくぴくさせていて、朝から元気そうであった。
「ああ、リーフェ。おはよう」
そしてその更に後ろからもう一人、まだ少年と言える幼さを残した男が歩いてきていた。
「ガルムもおはよう」
「二人ともおはよう!」
リーフェにガルム、それにアンリ。今朝からそれほど面識のない上官やら同期やらに詰め寄られたアルバートとしてはこれほど安心出来る面子も他にいなかった。
アルバートとイレーナが合流して、五人はいつもの通り鍛錬を行った。その間は特段変わったことも無く、いつもの通り走り、いつもの通り剣を振り、いつもの通り魔法を唱えた。
だが、午前十時を迎えた頃に来客があった。
「よォ!金庫守りの英雄夫婦!酒はもう抜けたようだね」
言うまでもなく、五人の上官であり教官のイリヤ・マリアだった。今日の彼女は事務作業があるとかで鍛錬ができないと昨日酒場で愚痴っていたのを聞いていたので、何か用事があるのだろうと思った。
「アルバート三上士、並びにイレーナ三上士。昨日の件で団長から呼び出しだ。団長は王城の詰め所に居るから行ってきな」
そして案の定、近衛騎士団長ピトムニクから呼び出しがあった事を告げられたのだった。
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