No.77 後日祭(1)
事件の影響は翌日にもあった。
アルバートが朝起きて食堂に向かおうとした時、宿舎窓口にはいつもの通りマキナ・メイカー二中士が座っていた。いつもなら軽く挨拶をするだけだが、今日はそうもいかなかったのだ。
「アルバートさんっ!聞きましたよ見ましたよ、アルバートさん!」
彼女は目が合うなり身を乗り出して興奮気味に言った。彼女の目に期待や羨望などといった極めて好意的な意思を宿しされているのがアルバートにも分かる。
「な、何の事ですか?」
「昨日の事件ですよっ!掲示板に張り出されてましたっ!」
前話にて記述した張り紙に関してだが、これはこの日の未明から張り出された。現在の時刻は(昨日は酒に酔って寝たのでいつもより遅れて)午前六時過ぎ。ただでさえ目覚めの早いこの世界で、更に早起きな騎士連中に張り紙の話が広まるには十分な時間だった。
だが、当然のことだがアルバートには知るよしの無い話だ。
「張り紙、ですか」
「あれ、知らないんですか?」
アルバートは話題について行けずに少し困って、輝く白髪をいじり、ありもしない寝癖を直す仕草をした。
「ええ、ついさっきまで寝ていたもので」アルバートは口元を歪めて笑う。
だが、これについても彼は違和感を覚えていた。もしも自分が寝ていたなら、普段はイレーナが起こしに来てくれるからだ。もしかしすると彼女もまだ寝ているのかもしれないと思って、彼女の部屋を覗いてみても、人の気配がなかったのでどうやら先に宿舎を出たらしい。
ふと思い立った。受付の彼女なら宿舎の出入りを管理しているのだし、彼女がどこに居るのかまでは分からなくとも、宿舎から出たかどうかくらいは分かるだろう、と。
アルバートはすぐさま質問した。
「それより、イレーナを見ていませんか?今朝はまだ顔を見ていないんです」
「ああ、それなら──」
──マキナ二中士曰く、イレーナは張り紙の話を聞いて「自分も掲示板を見に行ってくる」と宿舎を出たらしい。それが一時間ほど前の話だ。
掲示板を見に行くだけにしては帰ってくるのが遅すぎる。
アルバートは、彼女が精神的にも肉体的にも強い事を重々承知していたが、愛しい妻のこと。万にひとつ、いや億か兆にひとつの可能性であっても何かあればたまらない。昨日に続いて何か事件があったのではないか。と、心配になって探しに行くことを決心した。
「マキナさん、ありがとう。僕はレーナを探してきます」
彼女にそう告げるとアルバートはすぐさま外へ駆け出した。
「あっ、はいっ!いってらっしゃい──」
マキナは彼の背に手を振り、見送ってから受付のクッションの効いた椅子に腰かける。そして一息。ふぅ、と脱力してから気付いた。
(結局、昨日の話聞けてないなぁ──。戻ってきたらもう一回聞こうっと)
宿舎から掲示板のある広場まではそう遠くない。通りを少し歩けばすぐだ。そこにはいつも人だかりが出来ている。そこに張り出された紙切れこそ、この国で最も新鮮な情報源であるからだ。人々はこの掲示板から昨日何が起きたか、今日何をするか、はたまた明日何があるかなどを知り、そしてそれを話のタネにする。
そして今日。最も人々を賑わせた記事は、昨日起きた宝石通りの王立銀行支部立てこもり事件とその解決劇。平穏な王都を騒然とさせたこの一大事件に人々は強烈な関心を寄せていた。
アルバートもその記事を読む。
それは驚くほど詳細に事件を取り上げていて、事件の発生時刻から被害者数、犯行グループの説明まで、現代のニュース記事に負けずとも劣らない立派な内容だった。
記事はかなりの読み応えがあったが、アルバートが一番下まで読む前に誰かが声をかけてきた。
「アルバートォ! こんな所にいたか!」
声の方を振り向けば標準鎧を身に纏った騎士がいた。その姿には見覚えがある。近衛騎士団の上官、その中でも割合に若い獣人の騎士だ。名をビグという、二上士だ。
「ビグ二上士、おはようございます」
「応。よしアルバート、こっち来い」
ビグはアルバートの肩を抱き、半ば無理やりどこかへ連れて行こうとした。しかしアルバートは気がかりなイレーナの姿を早く見たいという思いから振りほどこうとする。
「すみません二上士。僕は妻を探していて──」
「あー、いいって! とにかく来いよ!」
しかし彼はなおさら力強くアルバートを引っ張った。向かう先は、どうやら広場に面する飲食店らしい。扉のない入り口をくぐり、店に入るとビグはそのままテーブルの方に歩む。
「さァ、飢えた戦乙女どもよ。もう一人の主役がご登場だ!」
ビグがそう言ってアルバートを突き出す。目の前のテーブルは大きく、既に五人は座っていた。全員が近衛騎士で、尚且つ女性だった。アルバートはその中にイレーナの姿を見つけた。彼女の無事を安心すると同時に、今の状況への疑問が湧き上がる。女騎士達はアルバートに雑多な歓声や拍手をもって歓迎したがアルバートとしては訳が分からない。
「あの、これはどういう──」
「ま、とにかく座れよ英雄。お前の席は奥さんの隣だぜ」
ビグは終始強引だった。今度も無理やりにアルバートを空いた丸椅子へ座らせ、自身もその隣の椅子にどかっと座る。そして木のコップを手に取って掲げた。
「皆これから仕事なんで酒は飲めねえが、オレンジジュースってのもたまには悪かねえだろう」
そう言って彼は音頭をとった。他の者も盃を掲げるので状況がどうのは置いておいてアルバートもそれに同調する。
「英雄夫婦に」「英雄夫婦にィ」
「乾杯!」「乾杯!!」
それが、ひと時の宴の始まりを告げる合図だった。
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