No.75 解決
アルバートは死体となった賊を引きずって、侵入に利用した部屋に隠す。その間イレーナは階段を警戒していたが、敵の来る様子はなかった。
次に二階の部屋を一つずつ制圧する。この銀行は支店なのでそこまで広くはない。二階建てで、一階には金庫や受付が、二階は職員用の業務スペースとなっている。金庫の位置や人質監視の面倒さの観点から二階に人質はいないだろうが、念のため確認する。
二人は部屋をひとつひとつ慎重に制圧していったが予想通り二階には誰もいなかったので階段を降りることにした。
やや勾配のきつい階段を一歩ずつ降りる。また幸運なことに階段は銀行の一番奥にあって、折り返し式なため一階の賊に気づかれる恐れがなかった。
一階の廊下はT字式になっていて、降りてすぐに部屋の扉が一つある。そこは銀行内で最も重要な場所──つまりは金庫だ。
当然複数人の賊がいるだろうが、詳細まで確認する術もない。
つまりは、突入して制圧するしかない訳だが、魔法を使うにはいくつか問題があった。
一つは制御の難しさだ。部屋に突入して騒ぎになる前に制圧するならおおよそ二秒以内に「片付け」なければならない。指向性のある魔法で尚且つ精度と俊敏性、殺傷力のあるものはいくつかあるが、なにしろ発動に時間がかかる。一流の魔導士たる二人にしてもそれは銃に遠く及ばなかった。
しかし銃を使うにも問題がある。分かりきったことだが、音が大きい。発砲の際に発する銃声は近くで聞けば耳鳴りを起こすほどで、音の反響する室内なら尚更だ。屋外に居たとしても十分うるさく聞こえる。だからこそ、イリヤら騎士団の突撃の合図にも適しているのだがそれにはまだ早い。
新たな手段が必要だった。
当然、二人は手段を用意している。
イレーナが、彼女の賦力である『武器庫』を発動して、とある銃を二丁顕現した。二人のホルスターにさしている九ミリ拳銃よりも太くずんぐりとした造形の拳銃で、「PSS」と呼ばれる拳銃だ。この銃は専用の特殊弾薬を使用し、発砲音を極限まで抑えることに成功している。銃声の音量は約六○デシベルで、人の話す音量よりも少し大きい程度。壁一つ隔てればあまり気にならない音だろう。また、外ではイリヤが拡声効果の魔石を使って交渉を行っているらしくここまで声が届いていた。これだけ雑音があれば銃声も紛れて消えるだろう。
装弾数は九ミリ拳銃の半分にも満たない六発だけだが、今回使用するには最適だった。
アルバートは、膨大な魔力を使うにせよ一度使ったことのある武器ならば顕現可能なイレーナの能力はあまりに便利だと改めて実感する。
右開きの扉に対してアルバートは左側、イレーナは右側の壁に張り付く。
目配せを合図にイレーナが扉を開けて、アルバートが突入した。
「ん──」なんだ、と言いかけた賊の一人はその先を言うこともままならずに頭を撃ち抜かれた。アルバートはそのまま流れるように右側の敵を撃ち、続けて突入したイレーナはアルバートを誤射しないよう左側から順に敵を撃った。
結果として中にいたのは五人の賊だけで、最初の賊に一発、その後の四人に二発ずつ胸と頭に撃ち込んで殺した。アルバートは既に四人、イレーナは二人殺した事になる。
静寂が訪れた金庫部屋の中を制圧確認しながら、あと残っているのは受付の方だな、とアルバートが脳内の地図を思い返していると不運な来客があった。
「おいベック、頭が呼んでんぞ──」
扉を開けながら頭をボリボリとかいて呑気に入ってきた男は、死体と目が合って一瞬驚くがその瞬間、アルバートによって胸に一発、イレーナによって胸と頭の二発、計三発を食らって倒れた。
今の銃撃でアルバート・イレーナ両名の拳銃は弾切れをおこし遊底が後退したままになっている。
「イレーナ」
アルバートは不要になった拳銃を自身の「亜空間倉庫」の中に仕舞い込み、イレーナが投げ渡してきた拳銃も同様に収納する。
「次で最後だ。派手にいこう」
アルバートはそう言って、ホルスターから愛用の九ミリ拳銃を抜いた。彼は──イレーナもそうだが正直先程のPSS拳銃は好きでなかった。なにしろグリップが太いので持ちづらく、逆に九ミリ拳銃は人間工学に適った設計で構えやすい。そういった点でも、また装弾数の観点でもこちらの方が好みだった。
またT字の廊下に戻って、今度は受付のある方に向かう。やはりと言うべきか、人質はそこにいた。イレーナが事務机を盾に近付いて様子を窺うと、受付の裏側に六人と表側に一人居た。面倒なのは表側の一人で、賊が首元にナイフを突きつけて脅しに使っていた。その男は声を荒げて叫び、外にいる騎士団に対して無茶な要求をしている。
六人の人質は縄で縛られ、受付の裏にまとめて座らされていて、それを四人の武器を持った男が監視している。その隣にはでっぷりと太った袋があり、おそらくその中には奪った金貨詰め込まれているのだろうと推測できた。
「クーリッジ、ヤツらに裏口から居なくなるように言え」
一人、受付の椅子に乱暴に座って不満げに指示を出す男がいた。彼は手元のナイフを弄びながら、何やら考え事をしているようだった。イレーナは、かの男この賊のリーダーに違いないと見当をつけてアルバートに報告する。声は出せないので手信号を使った。
アルバートはそれを受けて、彼女に「人質を盾に交渉している男を優先して処理」と指示した。しかし、今のイレーナの立ち位置で優先目標に発砲すると人質に命中してしまいかねない。誤射を回避するには標的の側面へ回り込む必要があった。
彼女は人の居ない左側を、机の隙間を縫うように進んで十分狙える位置につく。あとは奇襲のタイミングだけだ、とアルバートは彼女の発砲を待った。
「おい、ベックの野郎はまだ来ねぇのか!!はやく呼んでこいっ!」
リーダーと思しき男が苛立ちを露わにして隣の男に怒鳴った。
極度の緊張状態を継続したことによるストレスと、それの切れ目。一瞬注意力が散漫になるこの瞬間が絶好の機会だった。
イレーナはバッと立ち上がり優先目標の頭に照準する。
バンッ!
耳鳴りを起こすほどの爆音が空間全体を襲った。突然の出来事に、誰もが一瞬ビクついて動きが固まる。
銃の威力とは弾丸のもたらす脅威的な殺傷力だけではない。その発砲時に発生する高圧ガスの急激な膨張と音速を超えた銃弾によって発生するこの大爆音は、音の反響する室内において特に静止力となり得た。ほんの僅かだが、賊らが無防備になる。
撃たれた男の倒れるのが早かったか、「それ」早かったか。
『突撃ぃィィィッ──!!!』
外からイリヤ一上士の号令が飛んでくる。覇気に満ち溢れたその声は賊どもの気を引くのに十分だった。先の銃声から畳み掛けるような事象の連続に賊は完全に混乱していた。その隙を見逃すアルバートとイレーナではない。受付裏側にいる敵に対しては、六人の人質への跳弾を危惧して発砲せず、光魔法の『光の縄』を発動して人質まわりの四人を捕縛する。その間に騎士団はリーダーらしい男と交戦に入り(とはいえ多勢に無勢、あっという間に囲まれて取り押さえられた)、彼のそばに立っていた男は不利を悟ったか裏口へ逃げようとするも、アルバートに道を阻まれ、足を掛けられ、手首をとられ、瞬く間に床に寝かせられた。
「状況終了──」
アルバートは組み伏せた男にも光の縄をかけてから「ふう」と一息ついた。
「アル、お疲れ様です」
イレーナが歩み寄り、微笑みかけてくる。アルバートも、何とも言えない笑みで返してから、やれやれといった様子で愚痴った。
「食後の運動にしては、ちょっと物足りなかったかな?」
何にせよ、王立銀行支部局立てこもり事件は約一時間で解決した。翌日、王都掲示板の一面をこのニュースが飾ることになる。




