No.74 騒然(3)
「──で、だ。アタシらは外でボーっと立ってりゃいいのかい」
イリヤはいつもそうしているように、椅子にもたれ足を組んだ状態で質問した。これにはアルバートが回答する。
「表にいるのが一般兵だけならそのつもりでした。彼らでは、戦力は申し分ないにしても人質に命の保証がありませんから」
彼の、あまりに正直な物言いに、さすがのイリヤも眉を顰めた。
「……随分キツいことを言うね」
「ですが事実です。一瞬で突入・制圧できなければいけませんから。──しかし、一上士が居るということは近衛騎士団が応援に来たのでしょう?」
イリヤはふんっと息を吐く。この面倒事を疎ましく思っているようだった。
「王立銀行は国営の重要施設さ。ここを守れないようじゃ騎士団と王国の沽券に関わるからね」
彼女は口をへの字に曲げて、また鼻から息を漏らす。イレーナはそのまま言葉を続ける。
「近衛騎士団になら安心して任せられます。表面上は賊と交渉する風を装って気を引いてください。そして僕らの合図があったら突入をお願いします」
「合図ってのは?」イリヤが首をかしげる。
「大きく手を叩くような破裂音です。『パンッ!』といった感じの」
彼女は音の表現にあまりピンと来ていないようだったが、ともかく了承した。
「わかった。じゃ、それまではゆっくり紅茶でも飲んでおくさ」
イリヤはそう冗談めかして言ったあと、部屋を出ていった。
アルバートも作業に戻り、窓の鍵を解錠する。また、作業に邪魔であった為まだ装備していなかった拳銃を、弾込めだけして安全装置をかけホルスターに収める。
この拳銃──前世の隊内では九ミリ拳銃と呼ばれており、米国の銃器製造メーカーの製品を国内でライセンス生産したものだった。その名の通り使用する弾薬は九ミリパラべラム弾、装弾数は十五発と薬室に一発。特筆すべきは撃発装置の構造で、一般的にイメージされる拳銃の撃鉄が存在しない。代わりにスプリングによる撃発機構が内部に格納されている。また、ポリマー製フレームによって軽量化が為されており、扱いやすい。前世では肌身離さず持っていた愛銃と言える。
銃を収めるホルスターはイレーナの手作りで、前世の人間工学的に洗練された取り出し装置はないにせよ十分「抜き」やすいように出来ていた。
アルバートはイレーナに目配せしてから窓を開けた。部屋の中に人がいない事は解錠の際にカーテンの隙間から確認していたので物音だけ立てないようにゆっくりと着地する。
着地といえば靴も特殊だった。普通の革靴とは一風変わった外見と素材で、靴底は厚手の布を重ねてそれとし、つま先部分の上側には金属板を仕込んでいた。見た目は前世で言うところの足袋に近い。これはアルバートが靴屋と直接話し合って特注で制作した専用靴。勿論のこと、潜入の専用靴だ。
布の靴底は革靴よりも足音を少なくし、また特殊な樹液を染み込ませているので滑りにくい。
イレーナはアルバートよりも更に静かに着地した。アルバートは、彼女が前世でも特に隠密技術が高く、今回のような屋内任務を得意としていたのを思い出した。
それに環境も良かった。王立銀行はずいぶん昔から存在するが、この宝石通りにあるのは一部貴族からの意見で建てられた支部で、王城近くにある本部よりも比較的新しい。また王立と言うだけあって腕の良い大工を雇ったらしく歩いても小さな軋みの一つもなかった。
アルバートが扉に近付いて聞き耳を立てる。足音が一つあった。右側から近づいてくる。地図があっているならそちら側は階段のある方なので一階から上がってきたのだと予想するが、音の間隔が一定でゆっくりしている事から二人の侵入に気が付いているわけではなさそうだった。
足音が部屋の前を通り過ぎるのを待ってから扉を引いて廊下を覗く。音のとおり賊が一人いて、それ以外に人影はなかった。
彼はすぐさま廊下へ躍り出て賊の背後をとる。口を押さえつけナイフを腹に、続けざまに胸元にも突き刺した。突然の出来事に男は叫ぶこともままならず、少しの呻きを残して頽れた。
アルバートの、一連の行動にはまったく躊躇がなかった。
彼にとっては──前世はともかく今世では初めての殺人だ。神代一紀としての記憶を足しても実に十六年ぶりの殺人となるが、特段感慨などはなかった。
そもそもアルバートは、殺しやそれに近い行為をする者は殺されても致し方無いと考えている。自分が殺さなくてもきっと誰かに殺されているだろう、殺したのが偶然自分だっただけだ、と。
この思想は、前世に所属していた零部隊の旗幟の一つである「殺さる覚悟を以て殺すべし」の言葉から成る。そしてこれは自身にも当てはまるという事を重々心得ていた。これがアルバートという男の隙を無くしている要因の一つだ。当然イレーナも同じ信念のもと行動している。
だからこそ、二人の連携は堅実だった。




