No.72 騒然(1)
店を出ると通りの様子がどうにも変だった。
騒がしいのはいつもの事だったが、日ごろのそれが商人や通行人らの活気に溢れる喧噪なら、今は不穏な緊張感を纏った騒然だった。
というのも、普段は無いような人だかりが店の前に出来ていて、何かを見物していたのだ。アルバートとイレーナは、その雰囲気から「ただ事ではないな」と察し、見物人をかき分けて騒ぎの元へと向かった。
果たして騒ぎの原因は良いものではなかった。
現在アルバートが居るのは「宝石通り」と呼ばれる場所だ。宝石通りは貴族や豪商などの邸宅が建ち並んでいる上流階級区画と謁見通りとの接続点に位置する通りで、他の通りよりも高級店が集約している。
二人が食事をした店の道の反対には王立銀行と呼ばれる金融施設があり様々な取引を行っている。銀行利用者のほとんどが上流階級であるのもあってこの通りに建てられているのだが、騒動の原因はそこにあった。
「立てこもり、ですか」
イレーナの呟きは現状を表現するのに最も相応しい言葉だった。どうやら王立銀行は何者かによって占拠されているらしい。
二人は状況をもっと詳細に把握しようと、そこにいた兵士に問いかけた。
「ん、なんだ?君達は」
しかし兵士は二人を野次馬の類いと勘違いしたのか「危険だから下がっていろ」と相手にしなかった。
アルバートは普段通りなら一般兵──目の前の兵士の階級章を見れば二下士、つまりは二人よりも下級の兵士だ──に対しては年齢に関係なく上官であるので、廊下ですれ違うだけでも敬礼されるほどだったのだが(つまり近衛騎士とはそれだけ尊敬に値する役職であるといえる)、今の自身の格好は普段の騎士制服や鎧姿とは真逆の私服だった。
そのことを失念していた、と思い直して今度は懐からある物を取り出す。
騎士には仕事外、つまりは今日のような休暇の時や有事の際にも身分を証明することが出来るよう、携帯型の章が配給されるのだ。これは前世で言うところの警察手帳と同じような物で、所属する騎士団のシンボルマークと階級章によって身元を証明することが出来る。
それを確認した瞬間、兵士の態度は一変した。
「こ、これはっ……近衛騎士様とは知らず、とんだご無礼を……!」
兵士は慌てて敬礼をしたが、イレーナがそれを制止した。
「気にしていませんから、どうぞ現状の報告をお願いします」
「はッ、現在立てこもっているのは複数人の武器を持った賊で、銀行職員数名を人質にとっています。恐らく昼食時間帯の休業時間帯を狙って盗みを働こうとしたのでしょうが、警備の者に見つかってやむなく立てこもっているのかと」
兵士は銀行の方を睨みつけながら言った。見れば、確かに賊の一人が人質に刃物を押し当てて窓越しにこちらを牽制してきている。
「事件発生は何時ごろです」
「まだ一〇分と経っていません。今、別の者が応援を呼びに向かっています」
彼の報告を聞きながら、アルバートは策を思案していた。
立てこもり事件など、この世界では滅多に起きない案件だ。事実、アルバートも今世に生まれて初めての事だった。目の前の兵士らも状況に慣れない様子で慌てている。しかしながら、アルバートの前世「神代一紀」としては幾度もこういった状況にあたってきた。今回はその経験を遺憾なく発揮できそうだった。
おおよその作戦方針を固めたアルバートは指示を送る。
「皆さんはそのまま、犯人らを逃がさないよう包囲を続けてください。僕と彼女は別行動をとります。応援が来ましたら同じくその旨を伝えてください。」
「了解しました!」
現在、現場に居る兵士は銀行警備員(王立銀行なので警備員も正規の王国兵だ)が四名と、最寄りの駐在所に居た兵士五名の合計九名。うち三名はこの場におらず、銀行裏口の監視をしている。
窓越しに確認した賊は少なくとも三名で、人質は二名ほど。銀行内の状況は正確につかめないため人質・賊ともにまだ存在する可能性は高いが、それでも小規模の籠城と見ていいだろう。
アルバートとイレーナの二人はそのまま裏口に向かい、監視していた三人の兵にも状況を聞いた。裏口の道は少し手狭で、二人並んで通るのが精いっぱいだった。そこをぐるりと回って、銀行の大きさと窓の位置を把握する。
今回アルバートが立案した作戦は強引な突入作戦ではなく、銀行内へ密かに潜入し内部から制圧する隠密作戦だった。
「アル、あそこはどうです?」
イレーナが上の方を指さして言った。アルバートも、隣合う屋根の隙間から射し込む日の眩しさに目をしかめながら確認する。
彼女が発見したのは二階部分に位置する小窓で、銀行の側面部分にあった。銀行の隣は帽子屋になっていて、たしか女物を主に扱っていた。アルバートも以前、イレーナへの贈り物として帽子を買う際に利用したことがある。そこの二階窓がちょうど、銀行の窓と向かいあって設けられていた。
「そうだな、侵入には最適だ。」
運悪くも盗みを見つかり籠城を選択した盗賊たちは状況に舌打ちしていた。
だが彼らが真に悔やむべきなのは、アルバート、イレーナ・シュティーアの二人がいる店の前で犯行に及んだ事だろう。
なぜなら二人は、「生まれる前から」その道の専門家なのだから。




