No.71 休暇(2)
謁見通りから少し外れた、一等居住区にほど近い場所には国民広場がある。
ここは古代ローマに代表されるような善美な噴水を中心に、木々や芝を敷設して作られた公園だ。周囲に遮るものもなく、広い芝は日中ならば陽もよく当たり昼寝にうってつけの場所だった。
アルバートとイレーナの二人は先ほどリーザでケーキやパイを堪能したばかりであったが、これもまた馴染みの果物屋でスノクの実という豆の一種を小袋一つ分だけ買って、国民広場に来ていた。二人は噴水のへりに腰掛けて、鳥や無邪気に遊ぶ子供などを眺めながら安息するのが好きだった。
長耳族である二人は、成人しているとはいえ身体は未だ完全ではなく、子を持つのは長寿が災いして──つまりは精通や初経の時期が遅いので──少なくとも五十年は先になってしまう。だからだろうか、天真爛漫に蝶を追いかけ回る子供を少しの羨望と淡い親心のような何かのこもった目で見てしまっていた。
「私達も、いつか」
イレーナはそれ以上言わなかったが、彼女の目線の先にあるものを見れば何の話かは分かった。視線を戻した彼女と目が合って、微笑んだ彼女の眩しさにアルバートは我慢ならなくなった。
頬に手を添え、もう片方の手で腰を抱き寄せ口付けを交わす。絡み合うほどの情熱さは無かったが、溢れんばかりの愛情が唇の温かな感触を通して伝わってくる。イレーナはそれで満足だった。彼女からも手を伸ばしアルバートの耳を撫でる。そして今度は頬に口付けをした。
「アル、私は幸せです」
そう言うイレーナは少しばかり紅潮し、アルバートもつられて赤くなってしまう。二人はこれ以上の愛の体現が出来ない──愛の結晶、愛の形。それは五十年先までお預けされてしまっているのだ。
とはいえ、彼女の言葉の通り二人は幸せだった。共に過ごす時間や贈り物や言葉によっても愛を表現出来るからだ。
二人は方を寄せあってスノクの実を頬張った。ほんのりと優しい甘さがむしろ強烈な甘味よりも心地よく感じられた。
日が南の天辺にたどり着けば王都最大の教会──エルメテル大聖堂の時計塔の鐘が鳴る。正午を知らせるその鐘は、百年以上にわたって人々に親しまれてきた。
その全てを包み込むような響きの音を聞けば例え王でさえも職務を止めて昼の席に着く。そう言われるほどフーリアの国民は正午になった途端に昼食をとり始める。
これはフーリアの主教であるザカート教の教えに則っているからで、同時に国民のザカート教に対する敬虔さの顕れでもあった。
当然アルバートもイレーナも昼食を摂る。今日は久々の休暇という事もあって普段より贅沢な店に入った──これが騎士食堂や冒険者集会所に併設された酒場などであったなら人で混み合い、煩雑な喧騒の中で食事をすることになるのだが、二人の入った店は店先に立つ警備員や入口の受付によって店に相応しくない者(これはつまり服装や身だしなみなどが低俗的な者のこと)は入店拒否されるので、店内では静穏な食事が出来る。
案内されたテーブルの席に腰を下ろし、メニューをながめる。羊肉のマリネだとか鮭のムニエルだとか、他にも気になる料理はいくらでもあったが結局アルバートが選んだのはムール貝のグラタンだった。特段ムール貝やグラタンがお気に入りという訳ではなかったのだが、少々の縁を感じてそれにした。
というのも、その貝の原産は王都より南にあるシアルドという王国きっての港町で、そこは親友であるガルムの育ち故郷でもあったからだ。
シアルドについて、ガルムはよく話してくれた。そこはいつも活気に溢れていて、常に揚がってくる魚が市場に並んでいるという。またリアス式の海岸であるので貝などの養殖も盛んで、湾内のあちらこちらに筏が連なって浮かんでいるらしい。
南の海に接する町であるから夕暮れ時の景色は壮観で、ガルムも何度か夕暮れの絵を描いたそうだ。アルバートは以前一度だけその絵を見た事があった。絵については詳しくないので詳細な評価など出来なかったが、素人目で見ても上手で、夕日の柑子色を全面に押し出した迫力のあるその絵は気に入っていた。また、美しいのは夕焼けだけでなく、その街並みも素晴らしいという。
曰く、丘に沿って階段状に並ぶ家の全てが白い漆喰でレンガの壁一面を覆っていて、海の青と町の白のコントラストが美しいそうだ。
アルバートは掬い取ったグラタンを口に運びながら前世テレビなどで見た地中海の街並みを思い起こす。グラタンは随分熱かったが、ムール貝のやわらかでクリーミーな味わいを楽しんだ。
──そうか、これがガルムの故郷の味か。
そう思うと初めて食べるこの味もなんだか懐かしいような気がした。
また今度はガルムやアンリやリーフェも連れて来よう。などと思案しつつも、今は愛しい妻と二人きりの食事を目一杯楽しむことにする。
「アル、こちらのお肉もまた絶品ですよ」
イレーナはテーブルを挟んでアルバートの対面に座っていて、王都近郊で育成されたという牛の蒸し焼きを食べていた。薄くスライスされた牛肉をフォークで刺し取り、反対の手を皿にしてアルバートに食べさせようとしてくる。テーブルと言っても二人で食べる専用の小さな円卓で、席を立たなくとも、少し腰を浮かせる程度で対面には手が届く。イレーナもそのようにしてアルバートの口元に肉を運んだ。
前世でも二人は料理店に入ることがあった。しかしほとんどが他の部隊仲間も一緒で、二人きりであったとしてもこのように「恋人らしく」することはなかった。だからアルバートはいかにも恋人らしいことをしている今の状況がどうにも照れくさくなってしまった。




