No.67 タネと芽
宿舎横、多くの騎士が集い食事を摂る食堂にて新人たちの反省会が行われていた。
それぞれが自分の教官の下で共に机を囲むのである。
これにより、新人同士の絆や教官との関係を深めたり明日に向けての反省などが行える仕組みである。
「さァて、お前達はもう見ただろう。地獄と奇跡を」
その中で長方形の机の短い面、いわゆるタテの面に座る騎士が言った。女性にしては体格の大きく、赤毛で獣耳の生えた教官、イリヤは自分の部下、アルバート達に問う。
「はい」
「イレーナ三上士」
最初に反応したイレーナが小さく手を挙げ、イリヤがあてた。
「アンリは過度の疲労で5度倒れましたが、そのどれも私の回復魔法を重ねがけすることによって運動前のような疲労のない状態にまで回復しました」
当事者たるアンリやそれを回復したイレーナ以外にも、この机を囲む全員はそれを認識している。
「その通り、じゃあそれがなぜかは分かる者は?」
しかし、回答できる者はいなかった。回復魔法による疲労回復というのは聞いたことがなく、回復魔法の常識からそれは無理だと思っていたからだ。
「...ン、まぁそんな重箱の隅みたいな知識は流石にないか。近衛騎士団にだってこれの答えをこたえられる者は二人と居ないだろうさね」
イリヤは、どこか得意げにそう語る。
「じゃあ答え合わせだ。まず、普通の回復魔法ってのはどんなもんさね?アンリ三上士」
イリヤの一番近く、左手側に座っていたアンリがあてられる。
「はい、『治癒できるのは外部からの負傷だけで病気はその対象にない』ですわ」
「その通り。さすがは学園出身さね...んじゃリーフェ三上士、何でアンリ三上士は治癒できたと思う?当てずっぽうでも構わん」
今度はアンリの奥に座っていたリーフェがあてられた。指名されるとは思ってなかったらしく、スプーンで啜っていたスープを飲み込むのに失敗して少々せき込む。
「え、ええっとぉ......イレーナちゃ──じゃなくて、イレーナ三上士が特殊な才能を持っているとか?」
余程焦ったらしく色々とボロをこぼすリーフェだが以外にもイリヤからの指摘や注意はなく、話は続く。
「まァ、30点ってところかね。イレーナ三上士がアンリ三上士の治癒に使った回復魔法の回数は5回ずつ。普通の治癒士なら15回かそれ以上は必要になってくる」
回復魔法を15回というと、ガルムのように一般的な保有魔力量『緑』の者でその日の全魔力を使い切ってしまうような回数である。下手をすれば魔力枯渇という状態に陥り治癒する側が気絶しかねない。
では何故イレーナは5回で済むのか。それは魔力の質が関係してくる。
魔力の質とは一般に術者が魔法を発動する際に出力する魔力をどれだけ効率的に魔法へ返還できるかという意味で使われる。例えば、イレーナは回復魔法において他の追随を許さないほどにその「効率」がいい。それは魔法発動の際に、腕を剣撃で負傷したのであれば「腕を治す」ではなく「切断された筋肉や血管、神経などを結合し修復する」という細かい意識で行っているからである。つまりは、いかに正しい知識で魔法を発動させるか・どれだけ細かく意識して魔法を発動させるかというイメージの明確さが必要になってくるのである。
それだけではなく、適切な魔力量や正しい送り方など「経験」が必要な部分もありそれも質に大きくかかわってくる。
「じゃ、それも含めてガルム三上士」
今度は右手側一番奥のガルムが指名された。どうやらイリヤを6時の方向に時計回りで当てているようだ。
ガルムはしばらく考え、自分の仮定した答えを述べる。
「......身体の疲労は外傷に入るけど魔法の効果が薄い、のではないでしょうか」
ガルムはイリヤが遠回しに魔力の質が関係することを示しているのにしっかりと気が付きその上でそれなりに納得のいく仮定の答えを導き出した。
「おぉ、80点だ。いや、現状それが答えと言ってもいいさね」
イリヤはご機嫌に熟考する彼らを眺めながらブドウ酒を飲み干した。ブドウ酒は自ら城下町で買ってきたモノである。
「つまりはだ。回復魔法には外傷ってより身体のキズを治す効果があるがキチンとその原因を理解してないでただ単に回復魔法を使っても効果は薄いってこった」
そこまで言われれば、教養のある彼らには理解するのに十分だった。
イリヤは、倒れたアンリを診たときに前世の記憶から酸欠や筋肉の疲労など医学的な目線で彼女の様態を判断した。つまりは原因が分かっているからこそ、そこに回復魔法を向ける意識が持てて「魔法の質」が向上したのである。
「...ということは、回復魔法は正しい知識さえあれば病気さえも治せるのでは...?」
イレーナはイリヤに聞いたわけでなく、独白するように仮定を発展させる。
イリヤの言葉が真実なのであれば(いや、実際にそうなっているのだから認めざるをえないが)これは革命である。
例えばガン、これはガン細胞が体内を侵食し機能不全を起こして死に至らしめる恐ろしい病気であるが、それがガンであるとわかっていればガン細胞に蝕まれた部分を「正常
」な状態にも戻すという意識で回復魔法をかければ治ってしまうという事である。
流石にそれは安直な考え過ぎるか、と考えを改めるがそうだとしてもそれは「考え方の革命」であることに変わりは無い。
「そのあたりはアタシは詳しくないんで分からんがね、この回復魔法の新しい見解を研究していた学者の本にその実験結果が記されていたのさ。王城内の書庫にある小さな本にね」
「その研究はもっと突き詰めて研究されていないのですか?」
イレーナにしては珍しく、かなり食い入るように質問した。
「あいにく、ソイツは20年も前にその研究の途中で病死してる。弟子も持ってなかったらしくてその研究もそこで終わった。その本も病死したソイツの研究資料をまとめて綴じたモンでね、一冊限りで王城の書庫にひっそりと眠ってたのさ。ずいぶん前に書庫の整理をしてた時に一冊だけちっこくて薄い本があったんでアタシでも読めそうかと思って読んだのが偶々それだった」
魔術研究者とは一般に研究を学会で発表したり、数人で共同で研究したり弟子をとったりと互いに切磋琢磨し、時には何代にも渡って研究し魔法を完成させていく者達である。
その中でだれの目にも触れずひっそりと姿を消してゆくものは少ない。価値ある研究であれば普通誰かがその研究を受け継いでさらに見識を深めてゆく。しかし、この研究者の革命一歩手前な研究は当人の病死や学会発表前のモノであったこと、その存在を当人以外知らなかったことが関係して奇しくも時代の影の中に飲まれていったのである。
「その本はまだ書庫に置かれているハズさね。よみたけりゃあまた今度持ってきてやるよ」
「是非、お願いします」
アンリの特訓を発端に「表の世界」に初めて顔を出した回復魔法の新たな道、20年の時を経て不運の研究者の軌跡が新たな道を切り開こうとしていた。
しかし、それはまた後々語ることになる。




