No.64 過酷
新人の訓練というものは、いつの時代のどこであっても大体は厳しいものである。それが国一番の騎士団ともなれば厳しさも顕著である。
アルバート達五人はその国一番の騎士団の訓練を受けている訳だが、奇しくも五人はその中で特に先鋭な教官の下についてしまっていた。
「おら、もっと攻めてこい!」
「...ッ、はい!!」
「ほらもっとだ!お前の根性はそこまでか!!」
イリヤ・マリア一等上級騎士。
彼女は百数十名が在籍する王族近衛騎士団の中でも特に有力な上位十人のうちに数えられる猛者であった。
彼女の力をそこまで引き上げる要素は二つある。
一つは彼女が獣人の武術士であること。獣人という種族は人族と聖獣(と呼ばれた古の知能を持つ獣)の間に出来たものであるからすべからく聖獣が持った強大な身体能力を受け継いでいる。だからこそ彼ら彼女らの身体能力は人族をゆうに凌駕し圧倒できる。
二つ目は、知ってのとおり『賦力』である。
彼女が持つ賦力は「触れた生物の実力を測る」というもの。であるから彼女は初めて知り合う者とは必ず握手をし、実力を測ろうとする癖がある。
彼女が実力者とされる理由はこの二つであるが、それだけで他に無い訳ではない。例えば周囲の状況判断に優れていたり、武術に秀でていたり(魔術には疎いようだが)、上官として部下を扱うのが上手かったりする。それらは騎士として確実に必要になるモノであった。
彼女が教官として選ばれた理由は単純だ。
彼女には実力を測る賦力がある。それを用いる事によって訓練生の限界が、文字通り手に取るように分かる訳である。
しかし、分かるが故に本当のギリギリまで痛め付けてしまい心が折れてしまった騎士も少なくはなく、これまであまり訓練教官としては登用されてこなかった。
そんな彼女が今回教官に任命されたのはピトムニクの指示である。
理由は簡単、「彼らなら耐えきれる」である。
「次ィ、外周!アンリ6周、リーフェ8周、ガルムも8周、アルバートとイレーナは15周行ってこい!」
「はいっ...!」
イリヤの号令で一斉に走り出す五人。それぞれ息も絶え絶えで、休憩も水分補給も少々しかとれていない。
イリヤも、木刀を持ってそれについて行く。
「アンリ三上士ィ!貴様が一番遅れてるぞ!!お前は落ちこぼれか!」
「ッ...違いますッ!!」
「ならもっと速度を出せ、速度を!」
「ッ...ハァッ...はいッ!!!」
「よォし、その意気だ!!」
イリヤは訓練の際罵声と激励を使い分ける。いわゆる「アメとムチ」であるが、それを用いて訓練を行っている教官は周囲を見てわかるように居ない。しかし彼女はどういう訳かそれがもたらす効果を理解しているようだった。
最初に走り終えたのはガルムで、流石三年間走り込みを怠らなかっただけあってまだ数周なら走れそうだった。次がリーフェで、獣人族の持つ高い基礎体力を遺憾無く発揮した。続いてアンリ、こちらはゴールと同時に倒れてしまったのでイリヤが運んで木陰で休ませた。アルバートとイレーナはきっちり15周、アンリの倍以上の距離を走り終えた。
「よォし、今日はここまでだ。次は食堂で会おう」
あと一時間もすれば夕食(と言っても夕食は五時に食べるのでまだ日も落ちていない早い段階だ)という時間になって五人は解放され、男女それぞれに分かれて先に浴場に行く。
風呂は訓練に疲れた身と心を回復する、最高の癒しである。
「ふぅ......」
アルバートとガルムは身体を早々と洗い、浴槽に肩まで浸かった。
「ん?おお、お前ら!」
そこへ元から湯船に使っていた一人の男が近寄ってくる。ザブザブと水音を立てながら彼は言った。
「お前らイリヤ一上士の訓練生だろう?」
彼はアルバート達と同じ新人の1人だ。
「ああ。君は...」
同じ新人騎士なのは分かったが、名前も知らない青年なのでアルバートは少し言い淀む。
「自己紹介が遅れたな、俺は剣騎士のアスベラルテ・カラノフ──アスベルでいい」
「アルバート・シュティーアだ」
「ガルムです」
「アルバートとガルムか、宜しくな!」
彼は二人の名を復唱すると、にっこりと笑った。笑顔の似合う好青年だ。
「ああ宜しく」
「宜しくお願いします」
挨拶もほどほどに、アスベルは話を続けた。
「イリヤ一上士が教官をすると聞いた時、俺は死を覚悟したんだが、お前達のおかげで助かった。危うく俺が干し肉になっちまうところだったからな」
彼は笑みをイタズラっぽいものに変えていった。
「そんなに怖い人なのか?」
「いや、言葉は荒いが人はいいらしい。ただ...」
「らしい」という言葉から誰かから聞いたのだろうアスベルはまるで怪談でも話すようなトーンで語る。
「イリヤ一上士は鬼教官で有名な人だよ。彼女の訓練に耐えられなくて騎士を諦めた者は数知れず。でもそれを切り抜けた者はみんな強者になったらしい。
でも、お前らを見て肝を冷やしたよ。あんなのを毎日させられたらとてもじゃないが耐え切れないぜ」
アルバートとイレーナに関しては、前世で特殊部隊をしていた。特殊部隊になるには数日間に渡る厳しい訓練を耐え抜かなければならない。それこそ、指の骨折程度ならそのまま続行するくらいには厳しいものだ。夜も眠れず昼も安心出来ない。そんな地獄のようなモノに比べればこの程度はまだまだ耐えられる部類だった。
しかしガルムを初めとした今世の人々はそうではない。特にアンリは女性の上に人族で、五人の中で最も体力の少ないのでアルバートは心配だった。




