No.05 死を挟んで
「君は、転生者かい?イレーナ」
奥にいるセシリアさんには聞こえない程度の声でそっと問うた。彼女は一瞬ピクッと眉をひそめるが、直ぐに普通の表情に戻り、言った。
「だとしたら、どうなるの」
「僕も転生してここにいる。神様の気まぐれってヤツでだ」
イレーナは、今度は正真正銘に驚く。そして僕に迫り、肩を掴んでくる。
「本当に、冗談でなく?」
「ああ、君と同じ世界だったかは分からないが、地球という星で生きていた」
「私も、私もそうよ。ロシアという国で生まれた」
ロシアで、産まれた?僕が今最も会いたい人の、カチューシャと、最愛の相棒と同じ故郷だ。思わずとも、巡り合わせというか何かしらの運命を感じる。
「...そうか、僕は日本出身だ。けど一応ロシア語は話せるよ」
そう言って僕は言語をロシア語に切り替える。
「Почему там Вы здесь?《君はなぜここに?》」
「Бог озорства《神様のいたずらで》」
成る程、彼女も大体同じ境遇か。
「そうか、イレーナは僕と同じか」
「みたいね」
神様は、何時かカチューシャに会えるときが来ると言った。これはつまり、そう言うことなのだろうか。思いきって、言ってみる。
「Бережная·Екатерина·Иосифовнаという名前を、知っているか?」
彼女も何かしらの確信を得ていたのか、緊張した面持ちで返事をする。
「はい。それが、私の以前の名前です。あなたは、一紀なのでしょう?」
「ああ、そうだ。会えて嬉しいよカチューシャ...いやイレーナか」
僕は手を差し出す。その手を彼女はとり、握手となる。
「レーナ、と呼んで下さい。家族からはそう呼ばれています」
「ふふ、何処かで一度したような会話だ。なら僕の事もアルと呼んでくれ、家族からはそう呼ばれてる」
懐かしの知己との、最愛の戦友との、相棒との再会であった。
◇◆◇◆◇
「レーナ、歩きながら話そうか」
「はい」
この家の庭はかなり広い。僕は花壇の花々や小池の魚を眺めながら会話でも楽しみたいと思った。
「レーナは、生まれてからどんな事をしてきたんだ?」
「この世界の把握や己の鍛練ですね。尤も、どちらも色々と壁があってロクに出来ていないですが」
彼女も、僕と大体同じか。
「文字や、魔法は?」
「文字は恐らくかけるでしょう。魔法は使ったことがないです」
「そうか、僕もそうだ。また今度、父さんに魔法を教えてほしいとでも言おうかな」
そう言うと、彼女は優しく微笑んだ。
「『父さん』...ですか。前世で孤児だった貴方と私にも、現世では家族がいるのですね」
何かを懐かしむような眼で彼方を見つめながら彼女は言った。
「ああ、最早掛け替えのない家族だ。君も、そうだろう?」
「はい、勿論です」
今度は満面の笑みで言葉を返してくる。僕も、その笑顔を見るだけで暖かい気持ちにさせられた。
花壇の前にやって来た。そこに咲く花々は色鮮やかに自己主張をする。イレーナはそれらの前で屈み、近くで見つめた。
「この花は誰が育てているのですか?」
「母さんが丹精込めて育てた花だよ」
「そうですか。とても、美しく、綺麗です」
彼女が微笑む。見た目はもうすぐ4歳になるような幼子だというのに、とても慈悲深い母性の溢れるような笑みだ。僕は思わずドキッとした。
そして、僕は想いを伝える決意を決めた。
「レーナ。僕は前世の君が、カチューシャが好きだった。
君が好きだった。君に逢うためにこの世界にやってきた。
レーナ、君が好きだ。大好きだ。
前世では言えなかった、一生越しの告白だが、受けてくれるか」
私は、思いの丈をぶつける。それを受けて、イレーナは涙を溢れさせた。
「...はい、勿論です。
また貴方と、運命を共にしましょう。
今度は戦友としてではなく、愛するものとして」
イレーナは涙を流す。その口元に笑みを浮かべながら。
◇◆◇◆◇
その後は色々あった。引っ越しの荷物を運ぶ手伝い(と言っても、小物を少し運んだ程度であるが)をしたり、皆で食事をとったり、レーナとお風呂に入ったり(母さんも一緒にだが)、一緒の布団で寝たりだ。
...後半二つは決してやましいコトではない。母さんがそうさせたのであって、僕は何も悪くないのだ。
早朝、窓から朝日が射し込む。眩しくなって、眼が覚める。隣を見ると静かに寝息をたてるイレーナが居る。見てくれは幼いエルフの少女だが、中身は僕の愛しの人だ。
今日は良い朝だな。