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No.52 家族

 最後の一押し程度喜んで引き受けよう、とアルバートは思った。


 会食をした部屋に戻ると、ピトムニクがアンリ達に近衛騎士団の話をしており、特にアンリは身を乗り出すように聴き入っていた。

 ピトムニクの話を邪魔しないように、そっとガルムの隣に行く。

「ガルム、ちょっといいか?」


 アルバートはガルムを連れ出すと、元来た道──いや、廊下を歩き始めた。

「どうしたの?」

 ガルムが不安そうに訊ねる。

「ガルム、陛下が君と話したいと言っている」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 ガルムは、アルバートの答えを聞いた途端に声を荒げ、彼の肩を掴んで引き留めた。

「急に、どうしてッ!?何で、陛下、が今更......」


 ガルムは自分がとうの昔に捨てられたのだと思っていた。

 だからこそ、今更になって王都に呼び戻された理由も分からなかったし、今さっきの会食で初対面として扱われた事で自分の存在を忘れ去られてしまったのだと思っていた。

「......それに、僕は捨てられたんだ!陛下とはもう、何の関係も──」

 そこまで言った所で、アルバートに胸ぐらを掴まれてしまう。

「ふざけるな!!ガルム、お前にとってユーク王は、王である以前に父親なんだ!!その繋がりは一言で断ち切れるものじゃないッ!!」


 珍しく怒鳴るアルバートの気魄に気圧され、ガルムは少し後ずさってしまう。

 アルバートは、気を取り直し、一つ呼吸をしてから今度は落ち着いて言った。

「...だから、一度だけでいい...話してみてくれ......」


 アルバートの言葉には、前世の『神代一紀』としての思いもあった。

 『神代一紀』は6歳の頃に家族を失い、孤児として過ごした事もある。血の繋がった者との決別の辛さ、悲しさ、虚しさは十二分に理解している。

 その気持ちと重さが伝わったのか、ガルムは首を縦に振った。

「......うん、分かったよ」


 あの豪華な扉の前まで来た。二人は立ち止まる。

「ガルム、開けるぞ?」

「う、うんっ...!」

 アルバートがノックし、扉を開ける。

「陛下、ガルムを連れて参りました」

「...うむ、ありがとう」

 部屋の中では、覚悟を決めた様子のユーク王がオーシア王妃の隣に座っていた。

「では、私はこれで────」

「──いや、君もここに居てくれ。君がいた方がガルムも安心するだろう」

 アルバートが部屋から出ようとしたのをユーク王が引き留める。

 アルバートは半分開いた扉を閉め、向き直った。

「ガルム、そこへ座ってくれ」

 ユーク王が、自身の前の椅子へガルムを促す。ガルムは素直に座ったが、返事はせずに押し黙ったままだ。

 アルバートはガルムの後ろに立つ。

「ガルム、お前には色々と辛い思いをさせてしまった...どう償えば良いのかさえ分からない程に...」

「.........」

「弁明しようという訳では無いが、どうか私の話を聞いて欲しい。お前には、伝えなければならない事と謝らなければならない事が幾つもある」

「......はい、陛下」

 謝る、という単語にガルムは少し反応しようやく返事をした。

「...陛下、か。まあいい、聞いてもらえるだけでいいんだ────」


 それから、ユーク王はポツポツと語り出した。大体は以前にアルバートとイレーナが聞いた話と同じ内容だが、以前よりもより主観的で、感情的なものであった。

 ──ユーク王が床に伏し、政権争いの激しい中でガルムが生まれた事。

 ──ガルムを王族の醜い争いに巻き込みたくなかったという事。

 ──王都に呼び戻した理由。

 ──そしてユーク王自身の気持ち。


 王の隣で何も言わずに付き添い、王と手を重ねるオーシア王妃は、ハンカチで顔を覆い嗚咽を押し殺していた。

「──こんな事でお前に苦しい思いをさせていた事が、私はとても悔しい」

 部屋に沈黙が暫く続く。重苦しい空気が、当事者でないアルバートさえも押し潰してしまいそうだった。

「......最後まで話を聞いてくれてありがとう、ガルム。何か望むことがあるなら何でも言ってくれ。それが少しでも償いになるのなら...」


 ガルムは、真実を知り、驚愕していた。どれも自分の知らなかった事ばかりだ。

 「どうして教えてくれなかったのか?」と言いかけて、ユーク王の表情に気付いた。

 彼は今にも消えてしまいそうなほど弱々しく見えた。

 とても小さな存在に見えた。


 そして同時に理解した。

 彼は王なのだ。この国を治める長なのだ。

 これまではこの『王』という肩書きが、彼の存在を大きく見せ、尊大にさせていた。

 だからガルムも自分などは最早ただの平民で、遠い存在となった王に捨てられたのだと錯覚していた。

 事情を知り、彼の表情を意味を理解した今ならば分かる。

 彼は、いま目の前に座って俯いている男は、ユーク王などでは無い。

 ただのユーク・ウォードグだ。

 ユークは、『王である以前に父親なのだ』と。


「とう、さん......」

 静かな部屋に染み入るように、その呟きは走り抜ける。

 ユークがバッと顔を上げ、オーシアが眼を見開く。

「い、今。なんと......?」

「...父さん。それと、母さん...って呼んでも、良いですか...?」

「──ッ!...ああっ。もちろん、もちろんだともっ!」

 ガルムの頬に、一筋の涙が流れる。

 それを見たユークも我慢出来ず、遂に涙を流してしまった。

「あぁっ、父さんっ。母さんっ......!!」

「ガルム......!」

「ガルムっ!」

「──」


 三人は床に膝をついて抱き合い、涙を流す。互いに名を呼び合う。

 三人の嗚咽と、呻き声が部屋の中に響き渡る。


 アルバートは、やはり親子はこうでなくてはいけないと実感した。

 そして、彼らの感動の場面に水をささないように、そっと部屋を出た。

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