No.50 決着II
『それでは、両者向かい合って!』
普通ならば、司会者の声が会場を張り詰めた空気にさせる場面であるはずのこの瞬間も、どこかでクスクスと笑い声が聞こえる。
アルバート達はそれが気に食わなかったが、逆にそれに調子付く者もいる。
(そうだ。相手は平民...俺が負けるはずが無いんだ)
ガルムの正面に立つ、サドン・オークスだ。
彼にとって平民という肩書きは弱者の象徴なのである。
しかし、そんな周りの状況など全く耳に入っていない者もいる。
ガルムだ。
彼は自分の意識を全て、これから始まる戦いへ向けている。
試合開始から終わりまでの手順を。
これまで全て訓練してきた。彼に出来ることは全てやった。彼はアルバートの期待を良い意味で裏切り、アルバートの予想以上に著しい成長を遂げている。
あとはもう、この戦いで露見させるだけ。今、王の前で。
『始めッ!!!』
「──シィィッ!!」
開始の合図と共にガルムは魔法を発動する。
この1ヶ月間、この魔法ばかり練習してきた。
この魔法にだけは自信を持てる。ガルム自身がそう思えるほどに使い込んだ魔法。
(グラントッ!)
強化魔法『グラント』。己の魔力を筋肉や眼に付与し、身体能力を急激に高める魔法。しかし、この魔法を学園で使える者はたったの3人である。
アルバート、イレーナ、そしてガルム。
元々はもっと使い勝手の悪い未完成な魔法だったものをイレーナが改良し、アルバートがガルムに教えた秘伝の魔法。
故にこの魔法の存在を知るものはごく僅か。
勿論まだ若い上に知識も浅いサドンが知るよしもない。
そして、サドンはアンリやシャルゴと同じくその場を動かずに戦う魔導士の典型だ。
それは、今回の戦いにおいてガルムを有利にさせる要因でもあった。
ガルムは、加速した世界の中でアルバートやイレーナに教わった情報を思い返していた。
開始位置からサドンの所まではおおよそ10m。グラントで強化された脚力があれば1秒で到達出来る。
サドンの詠唱は中級魔法で2節詠唱まで簡略化している事はイレーナから教わった。2節詠唱なら魔法発動まで5秒以上かかる。
そして、サドンはガルムの事を見くびって初級は使わず中級魔法を放ってくるだろうとアルバートは言った。
試合が開始されて1秒足らず。ガルムは無詠唱での強化魔法付与を成功し、走り出す。
一歩目でサドンがアルバートの予想通り中級魔法を詠唱しているのが分かった。
二歩目でサドンの驚愕する顔が見えた。
三歩目でサドンが詠唱をしていないのに気付いた。
そして、四歩目でガルムはついに右手でサドンの胸ぐらを掴む。
そこから急停止し、左足を外側、右足をサドンの足に掛けた。
「オオォォッ!!」
そしてそのまま右腕を前に押し倒す。
「ぐッ!?」
サドンはろくな抵抗も出来ずに地面に叩き付けられた。
ガルムはすかさず腕をとって組伏せる。
『そ、そこまでッ!!勝者ガルムゥゥッ!!』
司会者の声が試合の終了を告げる。
ガルムが手を離し、立ち上がった。
会場内は騒然としている。決着までの時間は約4秒。一瞬の出来事で理解の追い付かなかった者もいるだろう。
会場はこれまでの試合終了時とは違い、しんと静まり返っている。
試合開始直前は笑い声が聞こえ、終了時は沈黙が続く。きれいにこれまでとは正反対な反応である。
しかし、一つ。パチパチと拍手が聞こえた。
ユーク王だ。
そしてその隣の騎士ピトムニクも。
勿論の事アルバートやイレーナ、アンリ、リーフェも拍手を送る。
ピトムニクが言った。
「見事な無詠唱魔法であった!そしてその強化魔法、非常に洗練されている。素晴らしい!!」
アルバートは彼の言葉を聞き、感心した。
強化魔法は自身の体内で魔法が行使されるためそれを確認するのはエルフ族の魔眼でもないと難しい。ピトムニクはそれを察知し、未だ知名度の低い強化魔法であると判断した。その洞察力に感服したのだ。
そして、本国最強の騎士団の団長、ピトムニクにそれだけの言葉を言わしめた。その事実は、周囲の唖然としていた観客にもガルムの実力を認めさせ、拍手を送らせる。
しかし一人、それを認められない者がいる。
そのガルムに打ち負かされたサドンだ。
「...くそぅ......納得出来ねぇよ!」
そう叫び、腕を構えた。会場がざわめく。
「全てを焼き焦がす炎よ────」
サドンはあろう事かガルムに魔法を放とうとしていた。
だが、しかし。
「──させない」
エルフの少女が白髪を風になびかせながらサドンより先に無詠唱で魔法を放つ。
彼女の放った氷柱は、見事サドンの構えた腕を横から貫いた。
「あッ、がぁあああッ!!!?」
そしてその間に、別の白髪が闘技場に降り立ち、駆け寄った。
サドンはもう一度組み伏せられ、その状態で刺さった氷柱を引き抜かれて回復魔法を掛けられる。
「もう、お前の負けだ。イジメの事はガルムが許している限り水に流してやろう。次は無いと思え」
凄まじい回復魔法でサドンの腕を襲う鋭い痛みもあっという間に和らいでいくが、彼を取り押さえた白髪の少年の言葉に、サドンは再び苦虫を噛み潰したような顔にさせられた。




