No.44 偵察
さて、僕はサドンという少年を詳しく知らない。ガルムを勝たせるには彼の観察及び情報収集が必要だ。
先ずはウォーデンに彼の事を聞いた。
「サドン君は上級貴族オークス家の長男だ。彼の父親は侯爵位を賜っている政府大臣で反差別主義と聞いているんだが、その思想がサドン君には受け入れられなかったのかもしれぬ」
ウォーデンは忙しそうだったのでそれ以上は聞かず、次にアンリに聞いた。
「サドン・オークス?ああ、あの....
それなりに実力はあると聞きます。しかし、目立った能力があるとは聞きませんわね」
と、言うように第三者から聞くだけでは情報は少なかった。やはり直接彼の事を「観る」必要がある。幸い、その機会は幾らでもあった。授業中だ。
アンリの言う通り、サドンはどの魔法も平均的に使える魔術士であった。逆に言えば、それ以上でもそれ以下でも無い。魔法の詠唱は少ししか短縮出来ていないし中級魔法は火と土しか使えないようだった。苦手なのはどうやら光と闇属性らしい。
授業態度は特段悪いという訳でもない。至って真面目だ。交友関係はというと「お付き」の2人以外と話しているのはあまり見ない。それでも、彼の普段を観察している限りはイジメする人間には見えなかった。それ程までにサドンにとって「平民は下」「実力は絶対」等という観念は常識なのかもしれない。
ガルムが宣戦布告をしてからは彼と話をする様子は見られなかった。
ガルムの宣戦布告についてだが、あの後アンリやリーフェから...当然と言えば当然だが問い詰められた。彼女らには強くなる為の「第一目標としてサドンを選んだ」と言わせておいた。彼女達はイジメがあったことを未だ知らない。
ガルムの最近はどうかと言うと、彼は実に真摯に訓練に励んでいた。僕も、彼の限界を考えてギリギリの所で休憩させたりしているが、日を越す度に彼の成長が感じられるようになってきた。初日に嘔吐した距離の倍位なら走ることが出来るようになった、目覚ましい成長と言えるだろう。
武術についても教え始めた。マギ=カタとは違うごく普通の近接格闘術だが、前世でも「武器を持った敵」の無力化に使われていた実戦武術だ。これを修得すれば、魔術士程度容易く無力化できるハズだ。
それに合わせて、イレーナによる「強化魔法」の効率化が出来次第ガルムにも覚えてもらうつもりだ。
◇◆◇◆◇
朝日が辺りを照らし、若緑の草木はさわやかな風になびいている。時刻はまだ早い午前5時、学園の外に見える人影はたった3人だ。
黒髪の少年は白髪の少年と対峙して技を仕掛けている。白髪の少女はそれを横で見守っていた。
アンリはそれを、2階の窓から遠巻きに眺めていた。瞬きもしない程に集中し、彼らを観察する。しかし、やがてその真剣な眼差しは和らぎ、固く結んでいた口には微笑みを携えていた。彼女は窓際の椅子に腰掛けながら呟いた。
「ガルム、頑張ってくださいませ。私も負けていられませんわね」
彼女は何か決心して、部屋を出る。そして廊下を意気揚々と進んで隣の部屋の扉を勢いよく開けた。
「リーフェ!私と対戦してくださいまし!」
彼女は威勢よく宣戦布告した。相手はまだ寝間着姿で眼をかいている茶髪の少女。耳は人間族とは違い、犬の耳に似たモノが付いている、獣人族のリーフェだ。
彼女も、その眠たそうな半眼を直ぐに普段のしっかりとしたモノに変えて元気よく返事をした。
「11回目の勝負だね!今回も勝つんだから!」
「何が『も』ですのよ、3勝3敗4引き分けでしょうに。前回も引き分けたでしょう」
用意された決闘の場、努力をして臨む気弱な少年、その二つに触発されてまた一つの勝負が決定した。
「魔術士決闘大会」は本来の目的であった「ガルム」以外に様々な目的、意志、思想を巻き込んで火種を燻らせ始め、これがもたらす爆発力を肥大化させる。最早それを止められる者は誰一人として存在しない。爆発間近の火薬庫となったそれはもうすぐそこまで来ていた。
魔術士決闘大会まであと3週間。
◇◆◇◆◇
少年は、寮のベッドに寝転んでいた。少年は窓の外に見える月や星々を見つめて思案する。彼には気掛かりな事があった。たとえば三週間後の大会の事、たとえばその対戦相手である「気弱な平民」の事。彼にとっては「力も無く、平民であるのに優遇されている気に食わない奴」の事だ。
少年はどうしてもわからなかった。普通、虐げられた者は己を脅かす力に屈するか自暴自棄になってヤケを起こす。「あの平民」には後者を出来る程の度胸は無いから、てっきり自身に屈すると思っていた。逃げると思っていた。
しかし「あいつ」は逃げなかった。しかもあろう事か自身に歯向かおうとしている。それが気掛かりだった。
『なぜか?』その理由は少年にも分かる。あの、いつも「あいつ」と仲良くしている長耳族だ。少年は「あいつ」が毎日エルフの彼にどやされながら己を鍛えているのを知っている。いや、この学園に居る者は少なからずそれを知っていた。
少年はそのエルフを嫌っていた。少年には彼が「いつも気取っている嫌な奴」に見えたのだ。実際はそれが只の偏見で、他の同級生はエルフの彼を「強くて、礼儀正しく、力に溺れずに日々努力をしている容姿端麗な少年」として見ており、女生徒からは特に人気が高い。
少年は自分の意識していない所で、その「力、容姿端麗、人気」という特徴を羨み、妬んでいた。しかし、彼には勝てないと自覚しているから何もしてこなかった。
──だから「あいつ」を呼び出して殴った。「あいつ」になら負けないと思ったから、「あいつ」は歯向かって来ないと思ったから、けれど...
少年はまた同じ事を考え、「あいつ」とエルフの彼は少年の脳裏から消えずに残る。考えれば考えるほど、考えるのが嫌になってきて少年は寝返りをうって眼を閉じる。無理矢理にでも寝ようと思ったが、脳裏に張り付いた彼らがそれを許してはくれなかった。




