No.28 試合
「次、2番イレーナ・ルセイド。10番ジル・マリノス」
イレーナが名前を呼ばれて前に出る。彼女が選んだ武器は、僕と同じく木製の短刀であった。対して相手のジルの方は、手ぶらである。
「ジルさんは何も待たなくて宜しいのですね?」
「私には不要ですわ!」
ミズーリ先生が問うても依然として武器を持つ様子がないジル。余程の武術の使い手か、魔術に自信があるのか。
「では両者向かい合って...」
イレーナは僕の時と同じく姿勢を低く構える。低過ぎず高過ぎず、一番体制を維持するのが大変な中腰だが、どんな方向からのどんな攻撃に対しても最も素早く対処できる姿勢である。
ジルの方も、不慣れなのかぎこちないが体制を低く構えている。どうやら武術に自信があるという訳ではなさそうだ。
「では、始め!」
ジルは早速初級魔法を唱え始める。自己流に簡略化されたもので、僕達ほどではないが十分に早い。これは、光魔法か。一口に初級魔法と言っても種類は多くある。これは、その中でも...
「...ストリング」
『光の縄』を顕現し、飛ばす魔法。もしこれに当たってしまえば『光の縄』は対象を包むように巻きとって行動不能にしてしまう、初級ながら非常に強力な為、魔力消費も他の初級魔法より激しい。
光魔法や闇魔法は他の属性魔法とは違い、少々特異な魔法である。よってこれを習得し、使いこなすのにはそれなりの才能と努力が必要なのだが、ジルという少女はそれを簡略化させる程に訓練している。
顕現された『光の縄』は一直線にイレーナの方に飛んでゆき、彼女を巻き取ろうとする。しかし、イレーナとて並大抵の人間ではない。
飛んできた『光の縄』を寸前の所で、左足を軸にして時計回りに半回転して避ける。いわゆる半身だ。
打ち出す瞬間に指定された方向へしか飛ばない『光の縄』は途中で進路変更などはできない。『光の縄』はイレーナの肩ぎりぎりの所を通り抜け、しばらく飛んで行動限界で霧散した。
イレーナはゆっくりと歩き出した。少しずつ、ジルの方へ近付いてゆく。
ジルは少し後ずさりして、また詠唱して『光の縄』を放つ。イレーナは最低限の回避をして避け、そして歩き続ける。
少しずつ、少しずつ。ジルの方も下がってゆくので本当に少しずつだが間合いは狭まってゆく。
「...ストリング...ッ!?」
ジルが5度目の『光の縄』飛ばした瞬間、彼女の背中に何かが当たる。壁だ。つまりは格技場の壁際まで後退してしまっていた。
このままでは埒が明かないと踏んで、ジルは中級魔法を唱え始める。壁際に、立ち止まったままで。
その瞬間、イレーナは駆け出した。瞬く間に距離を詰めてジルに迫る。ジルは慌てて詠唱を中断し、壁沿いに右へ退避しようとする。
しかし、この対処の遅れは重大だ。もう二人の距離は3mとない。そこで、イレーナはポツリと唱えた。
「ストリング」
すぐさま顕現された『光の縄』はジルの足元に飛んでゆき、前に出た左脚をしっかりと捉えて彼女の体制を崩した。ジルは『光の縄』に脚を掴まれて転けた。それでもう終わりだ。駆け寄っていたイレーナが上から押さえつけて終了した。
「そこまで!」
イレーナは、ジルの事を甘く見て歩いて近寄っていたのではない。ジルをイレーナという存在に集中させ、後ろの壁に気付かないように意識の誘導を行ない、痺れを切らして詠唱の長い魔法を唱えようとしたところで詰め寄った。それまで少しずつ距離を縮めていたのは威嚇の為だけでない、詰め寄った時に詠唱の短い下級魔法を唱えられないギリギリの距離を探っていたのだ。
「次、3番アンリ・エリオット。20番ガルム。前へ」
今度はアンリとガルムが呼ばれる。見れば、おっかなびっくりと言った様子のガルムと我自信ありと言わんばかりのアンリが武器を取りに行っている。
ふと、周りから小声が聞こえた。
「...平民か」「特待生ですって」「アレが...?」
などと言ったものだ。『平民』と言うのはガルムの事だろう。この世界ではかなりの資産家か貴族でもない限り苗字は無いから、名前を聞けば平民か貴族かなど一瞬でわかる。
そして、貴族というのは下の立場にある者を見下しがちだ。今も、ガルムが特待生であることに不満を持ったような声が聞こえてくる。
僕は、彼が学力を見込まれて特待生に選ばれたのだと思っている。確かに彼は平民である。が、生活に余裕がある訳で無いはずなのに勉強が出来る。計算も、国語も、地歴もだ。彼は読書が好きだと言っていた。きっとそれで勉強したのだろう。
そんな彼が、それまでの生活で出来なかった事。それが魔術の勉強だ。魔術を教えてくれる本など普通の家には無い上に、魔術士というのも多くいる訳では無い。魔術に関する環境に恵まれていなかった彼の埋もれかけた才能を、ウォーデンが発見したのでは無いかと思っている。特待生に選ばれたのも、入学の費用や生活の援助の為にウォーデンが取った策のように思える。
それを、よく知りもしないで『平民だから』と見下す者は愚かとしか言いようがないだろう。たとえどんな貴族の子供だったとしても、その地位は彼らが自らの手で手に入れたモノでは無いのに。
まあ、今何か言って問題を起こすこともでもあるまい。言いたい奴には言わせておけばいい、一々気にしていればキリがないしな。
アンリとガルムが武器を取った。アンリは木刀、ガルムは木製の槍だ。2人は格技場の中央に歩いてゆく。
「では、向かい合って...」
2人の勝負が始まろうとしていた。
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