自販機の明かりの下で猫を見た
昨日
猫を見たんです
よく冷えた無機質な
ガラスのような空気がきぃんと鼻を突く夜でした
生臭い場違いな風が
鼻腔を刺激しました
深夜の一般道を疾走するトラックに
ぱんっ
と軽快に撥ねられた
息も絶え絶えな血みどろの猫を見ました
皮一枚で繋がっている左の耳が
夜風に揺られておりました
ぶらんぶらんと右へ左へ
酷く規則的に揺れておりました
腹のあたりからは出血がひどく
その時のどろっとした匂いから
はらわたがいくらか漏れていたように覚えています
あれが胃か腸かはわかりませんでしたが
ちょうど足りない後ろ足の代わりのように
腹から垂れておりました
道路のまんなかから側道の植え込みへ
朱の一文字が書かれておりました
鳴き声一つ上げずに
ずるっずるっ
と新しく生やした四本目の足で
朱の一文字を書きつけておりました
それはそれはうつくしい
ぴんっ
とした背骨の通った一文字でございました
冷えた手をコーヒーで温めていたことも忘れ
ひたすらに心を奪われておりました
もう手もコーヒーもしんと冷えていたことでしょう
それさえ気付かないほど心は猫の虜になっていたのです
猫は銀河のような一文字を書き終えてから
こちらを向きました
今にして思えば
にゃあ
と鳴いたような気もします
舗装された道路の上では死ねません
土の上でなければなりません
そうでなければ死に切れないではありませんか
命はなんであれ
使い潰して捨てるが良いに決まっています
地に溶けて世界へ還元してこその死でありましょう
猫が今際の際に何を思っていたのかはどうでも良いのです
動物としての意地であれ不条理への怨嗟であれ
何も思っていなかったのかもしれません
命よ
地を裂く溶岩の奔流であれ
天を衝く氷の槍雨であれ
私は昨日
猫を見たんです