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泥霧地区西通リ下ル四丁目夜話  作者: 磯部餅狸
一章 長き夜の出会い
8/11

7

  二日酔いに頭を痛ませながら、わたしは梟の泣き声により目を覚ます。残り物の粥を掻きこみながら、懐中時計を確認する。

 残り三日。時間がないのだから徹夜で聞き込みをしてもよかったのだが、頭を整理するためにもやはり睡眠は必要だと判断した。しかし予想外に時計の針は回っている。

 わたしは身支度も早々に済ませドヤを後にした。

 そこでわたしは視線を感じた。後ろを振り向いても誰もいないが間違いないだろう。おそらくわたしを尾行している者がいる。わたしはとりあえず泳がせることにし、聞き込みに回り始めた。


 わたしは昨日のことを思い出す。

 バーを出た後何か違和感を感じていた。頭が正常に回らない。自分があの事実にあまり驚いていないことに、驚きを感じた。そこでわたしは睡眠薬を盛られたことを理解した。だが少量のようなので、無理をすれば多少は動けるだろうと判断し、そのまま元蛇中組だという路上生活者の住処に向かった。

 その男はビニールシートハウスの中横になっていた。焦点が合っておらず、異臭のする布団にて、手を何か祈るような形にしていた。そこに眠っている者の同年代であろう男が座っている。彼が世話をしているようだ。

 その二人ともが疑似自殺パット中毒者の症状であった。

「あまりもたないだろうな」

 わたしは言ってから後悔する。そんなことは二人にとってわかりきったことであろうに。だがわたしの言葉に反応するのも疲れたとのように黙ってわたしの方を、座っているほうは見ていた。

「それで何を聞きたいんだい?」と座っているほう。

「あんたが元蛇中組の男か?」とわたし。

「いや、元蛇中組は眠っている方だ。オレはこいつと獄中で一緒だったんだ。オレはこいつに借りがある。だからこいつを助けて、臨終をみとる。だが金がないのでこうやって情報を売って生活をしている。昔こいつが話してくれたんだ。払えるんだろうな。」

 彼の提示した金額は情報屋の相場の中ではどう考えてもぼったくりにしか思えなかった。試しに値段交渉を持ちかけてみたが、びた一文も勉強するつもりはないという。わたしは観念し、いった。

「わかった。金のあてはある。だがくだらない情報なら払うつもりはない」

「聞き逃げなんぞやったら、信用の問題でこの地区では生きていけんぞ」

「情報の質が低かったら、わたしはどうせ死ぬんだ」

「そんなことを事前に言われて話すと思うのか?」

「ならば話はそれまでということになるな」

 わたしはそういって立ち上がった。彼は黙ってそれを見ている。やがて笑みをこぼした。そして口を開く。

「わかったよ、そこまで切羽詰まっているんなら話してやるよ。言っておくがこれは同情だ。かっこつけて、そんな余裕のない目してちゃあ、話さないわけにもいかないな。なに、話を聞けばさっき提示した金額分払いたくなるさ。だがタシ中毒者に同情されちゃあお終いだなお前」

 わたしは目を瞑った「恩に着る。所でタシって何だ?」

「疑似自殺パッチの通称だよ」

 その後わたしは蛇中組と頭頭組のことや、甘舌のことについて聞いた。だが知っている情報も多かったため、ここでは割愛させていただく。

 そして彼の雰囲気が変わったのはわたしが山傘という名前を出した時だった。

「山傘…!山傘!」彼は押し殺した憎悪の混じった声で呻いき、ひとしきり顔やシートを掻き毟った後、自分自身の体を強く抱きしめ、嗚咽ともつかぬ呪詛にも似た呟きを口から垂れ流した。

 その後息を荒げ、一旦落ち着きを戻した。

 彼の口許にはわずかばかりの笑みが浮かんでいた「へへ、あんたはタシ中毒者が嫌いなのかい。驚きも心配も宿らない目で見てやがる。まあわかるよ。オレも嫌いだ。それはそうとして山傘だったな。あいつは許せねえ。

 タシ所持やタシ中毒者の罰って何かしってるか?よその国に売られるんだよ。この国…いや、この世界じゃあ話せないやつに人権はないって言われてる。そうしなければ何を食べていいかわからなくなるからな。勘違いしちゃあいけねえんだが、これは聾唖や寝たきりのやつが人権がないってわけではないんだ。聾唖の奴だって意志疎通はできるんだ。植物人間状態の奴も特殊な方法での意思疎通ができるから当てはまらない。だったら話すことの出来ない動物だってそれなりに意志疎通できるじゃねえか、って思うかもしれねえが、これは言語的な種類の問題らしい。細かいことは魔法で調べるそうだ」

「知ってる」

「そうか。まあ聞けよ。その話せない生物は第一種言語的存在って呼ばれ、オレ達みてえな話ができる生物は第二種言語的存在、そして魔女みたいな魔法を使えるのが第三種言語的存在、神様が第四種言語的存在って呼ばれているのは知ってるよな。さっきもいったように病気や事故で話せなくなったからといって第二種から第一種に落ちることはない。第二種から第一種に落ちるには特殊な魔法が必要なんだ。だがな国によっては魔術師がいないから、ただの話せなくなった第二種と第一種の違いがわからないって場所がある。タシの重度中毒者は第一種言語的存在と似た所がある。だからこっそりとこの国は別の国に中毒者売り払ってるんだ」

「聞いたことがある都市伝説だ」

「都市伝説じゃねえ事実だ。この国は動植物保護団体がうるさいからヒトの形に近いものは対等なペットとして以外は扱えねえが、よそは違うからな。まあ食べたり、獣機機関として使ったりしてるんだろうが。まあ売られることはいいんだ。罰は罰だ。だがあの山傘ってやろうはな、留置所でむりやりタシを使わせやがるんだ」

 そこまでいって、彼は壊れたちゃぶ台の水を喉に流し込んだ。

「タシだって」とわたしはいった「本体のゲェムがなくてはできないんじゃないのか」

「簡易版が留置所内にあるんだよ。そして組の若いモンをタシ中毒の罪をでっち上げて帝都に送った後、特別ボーナスをたんまり貰っているのさ。これはこいつのカンも入ってるんだが」

 そういって彼は寝ている男を指さした「蛇中組と頭頭組の幹部も人身売買のグルだ。若いモンを積極的に組に入れさせ、そして組全体の罪を一人のチンピラに着せて留置所や刑務所にぶち込む。その途中経過でタシ中毒にして売りさばくってわけさ。その買い手の国はヒトに近い第一種言語的存在が少ないからな。年に一人二人だ」

「さすがにそれはチンピラと幹部の間の人間が気づくだろ」

「そうでもない、それぐらいこのタシは広まっている。この話はな、獄中でこいつにしてもらったんだ。オレは無理やりタシ中毒になった自業自得の奴よ。だがこいつはそうじゃねえ。組のためを思って罪をかぶったらこのざまになってよ、そんで二人で脱獄したんだ。おっと、通報しても無駄だだぜ。とうに時効だからよ」

 わたしはグラスの水を傾ける「しないよ。しかし時効とはいえそんな大事なことを知っているあんたを野放しにしておくものか?」

「いちいち口をふさいでもきりがないんだよ。だからあいつらは都市伝説としてはやらせることで信憑性を下げるという方法にでたんだ」

「そんなに上手くいくものか?」

「ああ、その話を信じているやつがいたら『そんな都市伝説信じているのかよ』と言えるのは大きい。だからいつかオレはかいつの仇をとってくれる奴が出るのを待ってるんだ」

 わたしはグラスの中の水を覗き込み、思案した後いった「わたしはただの探偵助手だから仇をとることはできない」

「わかってるよそれぐらい。だが組の幹部連中も山傘のことを少し疎ましく思っているらしい。この町で唯一の魔術師だから是非とも組んでおきたいんだろうが、あいつの性格はとても一筋縄じゃいかねえってんで。留置所でタシ中毒にするだけならほかの警察官でもできるからよ。」

「今の情報がもし本当だというのなら提示された額を払うだけの価値は十分にある。だが五日だけ待ってほしい。必ず払いに来るから」



「ねえ、姉ちゃん」

 そして時は現在に戻る。

 目的地に向かう途中、私を訪ねる影があった。その方向を見てみる。群人と思われる少年が立っていた。見覚えのない顔だが、以前会ったことのある群人の別固体かもしれない。

「楔のバーのバーテンダーか?」わたしはいった。

「違うよ」

 姿は浮浪児のようだが、どこか教養を感じさせる物腰がある。話し方がそうというわけではないのだが、立ち振る舞いがそう感じさせるのだ。

 ――――尾行しているのはこいつじゃない――――

わたしはそう確信することができた。視線はまだ別に感じる。

「じゃあ情報屋の老人のビニールシートの家にいた奴か」

「当たり。ねえ、じいちゃんから頼まれたんだけどさ、調べるのを手伝えってさ」

 わたしは顎に手を当て思案した。確かに今この状況で協力してくれる者が増えるのはありがたい。しかし

「それは嘘だな」

「ええ!何でまた」

「あの老人が料金外の助っ人をよこすものか。あの人は機械のように料金分の情報しか話さない男だった」

「いやいや、じいちゃんのこと誤解してるって。そりゃあ出会って最初のころは融通あんまり聞かないけど、お得意様となれば色々と個人的にも手助けしてくれるって」

 わたしはその声を無視して、歩き始めた。後から「ちょっ、ちょっと」と少年がついてくる。

「何でそこまで信じようとしないのさ」と少年。

「27だ」

「?何が」

「この町に来てから子供にスられた回数だ。そのうち10人くらいは同一人物だが、スった奴はもれなく三日以内に全員あの川で泳ぐことになる」

 わたしは歩きながら川の方向を指さした。

「ようするに子供が嫌いなの?」

「実年齢は高いくせに子供振るのが嫌いなんだ」

「じゃあさ、て、ああ!」

 わたしは走り出し、その場を後にした。


 この地区にはアブレ手当なるものがある。アブレ手当とは日雇労働者の失業保険金のことで法律上の名称は日雇労働者給付金である。日雇労働被保険者手帳、通称白手帳を持っている日雇い労働者は仕事にでると、業者は手帳に一日に一枚印紙を貼らなければならない。そして二ヶ月で28枚の印紙が貼られると、三ヶ月目からアブレ手当がもらえる。

さすがに時間がないので仕事は受けられないが、生き残った後の生活もあるので、わたしはアブレ手当を受け取りに職安にいる。

 この職安は一部吹きさらしで、柱のそばのベンチに座っている老人が鳩に餌をやっている。

「ねえ、困っているんでしょ。おいらなら役に立つはずだって」

 職安から出ると当然のように先ほどの少年が立っていた。当然尾行の視線もまだ感じる。

わたしはそれを無視し、聞き込みに向かう。それでも気にせずに少年は後をついて来た。空を見上げると少ない星の一つがめに止まる。

 多分あれがアカクチバマイマイ座の目だ。今日はよい事がありそうだ。

 今日の目的地は頭頭組事務所。昨日貰った封筒には『5日後の日の終わりに以前作品会議をした店で待つ』というメモが挟まれていた。だがわたしはそんな流暢なことを言っている暇はない。すぐにでも話を聞かなければ共食いの業を背負うことになる。

 鉄橋をの下を潜り、その先の自動車道の下のトンネルを潜る。蛍光色の落書きを横目に、先に進む。手配師に声をかけられたが、もちろん断る。途中路上で酒盛りをしている男がいた。吐いては飲み、吐いては飲みを繰り返している。おそらく数ヶ月の命だろう。

 今日は全体的に閉まっている店が多い。そのせいか町自体が少し静かであった。

 ふと大崖の方向を見ると光の加減で崖の表面が薄っすらと見えていた。

「閉まってるね」

 頭頭組事務所につくと開口一番に少年は見ればわかることをいった。

 事務所は薄汚れたコンクリートのビルにあった。シャッターが閉まっており、建物自体が眠っているかのように静けさを感じる。シャッターを軽く叩いてみたが返事はない。

 ここは忍び込むべきか?しかし今の状況で二つの組から恨まれるのはさけたい。それに不法侵入及び窃盗で捕まって時間を無駄にしては元も子もない。

そこでわたしはある可能性に思い当たり、ヤクザの傘下の店のリストを片手に持ち、今日通った道の閉まっていた店と比べる。すると見事に頭頭組の店が閉まっていることに気がついた。

「ねえ、どうしたの?」

 少年が訊く。答えがなくても、気にしていないようだ。 

わたしはほかの閉まっている店も頭頭組の傘下か調べに向かうためにその場を後にした。


「ここゲイバーじゃん。話し方からそうじゃないか思ったけど、やっぱり姉ちゃんって男だったんだ…」

 昨日の風情あるネオンはすっかり光を無くし、赤い扉は硬く扉を閉ざしていた。ノックをしてみるも、当然のように返事はない。

 この地区の頭頭組の傘下の店をすべて調べてみたがそのすべてが、すべてが扉を閉ざしていた。また例の砦も今日は人を募集していなかった。

 このことから考えられる事実は何か。

 頭頭組は何かから逃げた?ではその何かとは何だ。仮説として蛇中組から逃げたとしよう。その場合は勢力を拡大した蛇中組に恐れをなした、この事件の犯人が頭頭組の人間なため抗争になるのを恐れた場合などの理由が考えられる。

 却下だ。頭頭組はゼネコン等も手がけている。それを放り投げてまでこの町から煙のように立ち去るとは思えない。移動するのならしかるべき手続きをしてからこの町を去るだろう。

 ではわたしから逃げたというのならどうだろう。一見自意識過剰の戯言だ。しかし仮に頭頭組の中の誰かが犯人で、わたしが数日後に共食いの業を背負うことになっていることを知っているとしたら?わたしから逃げるのならただ数日姿を消すだけでいい。それだけでわたしが犯人を指定することは不可能に近くなる。可能性として捨てられるものではない。

 これはもしや手詰まりなのではと思ったが、そこでわたしは尾行のことを思い出す。わたしは後ろを気にしながらまた歩き始めた。


「子供振るのが嫌いってさあ、姉ちゃんだって自分の年齢相当の振る舞いしてないでしょ。外見に合わせた立ち振る舞いをするのは当然だって。例の吸血人の県議員なんて七百歳でアレだし」

「そうかもしれんな」

 わたしは少年を適当に受け流し、尾行をどうするか考える。巻いてもいいのだが、せっかく尾行してくれているのだ。わたしは使えるものは使うという性格というわけではないが、悪意を持って接してくるのなら遠慮なく使わせてもらいたい。

 そしてわたしは少年の方向を見た。まだ信用はできないが協力してもらうか。

「じゃあさ、掛けをしない?おいらの年齢が姉ちゃんより年上か年上を当ててみしてよ。そんで当てられたら付きまとわないからさ」

 少年はそんな訳のわからない事をいう。 

 わたしは白手帳と種族証明書を見せながら「年上」といった。

 少年はそれをしげしげと見つめた。わたしは彼が無表情ながらも微笑んだのがわかった。

「はずれだね。78歳でした。というわけで協力してもいいよね」

 論点が変わっている。だが、それでもいい。

「いいぞ」

 少年の微笑んだ顔が、驚きに変わったのが見て取れた。

 続けてわたしはいう。

「さっそくだが頼みたいことがある蛇中組の子鬼の男に伝えてほしい『犯人を指定することができる』とな」

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