5★
『電人24号』『探偵機械』『エンジン仕掛けの無神』わたしの上司のを現す通称は多数ある。
彼についてわかっていることは少ない。明らかなのは彼が探偵を名乗っていること。自らの名を24号と名乗ること。
アルバイトのわたしですら彼の姿を見たことはない。それは様々なことを電報やら、手紙などで支持をしてくる。主に浮気調査、ペット探し、人探し等々をこなす、わたしは関わったことはないが、殺人事件の解決の解決もしたことがあるという。事件が難航したころにタイミングよく電報が届くようだ。そのせいあって「本当に存在するのか?」という疑問からつけられた通称が上記である。わたし達アルバイトは彼の手足となって情報を集めるのが仕事である。一応国で一番有名な探偵らしい。
男か女かはわからないが、昔こんな手紙がわたしの元に来たことがある。
「こんばんは羽舌君、今日は探偵という職業について話したいと思う。古来より推理小説の要として使われて来たことにより、したり顔でこんなことを言うやつが多い。『探偵の実際の仕事は地味である』この言葉を見て君はどう思う?その通りだと思うかもしれない。君が言うのはいい。君だってアルバイトとはいえ探偵の一員だ。だが探偵をやったことがないものがそれを言うのは許しがたい。『地味』。なんで他人に職業のことをそんな言葉で切り捨てられなきゃならないんだ!お前は役所仕事をわざわざ地味と何度も言うのか?そりゃあ地味な所もあるよ。だが探偵仕事だけ何度も地味だ、地味だといわれる。そもそも人を付回すという行為はそんなに退屈なものではない。誹謗に耐え、入念な情報収集を行い、丹念な備考を持ってクライアントの要望に答える。このことに快感を覚えずしてなにをなすというのだ。フィクションとの差異というのなら、浮気調査だけをする探偵小説の傑作も存在する。というわけで仕事を頼みたい。ある人の浮気調査なのだが」
手紙を読む限りではうっとおしい人なのだろう、というのかわたしの24号に対する認識であった。
暗がりの中わたしは目を覚まし、身支度を整えた後手紙でいっていた目的地にわたしは向かう。商店街を抜けると大きな路地があり、そこでは蚤の市をやっていた。毎日やっているにもかかわらず、この暗がりの中明かりを照らしている様はさながら祭りの屋台のようである。泥霧町での必需品はほとんどがここで手に入る。ござに並ぶのは時計、灰皿、古銭、注射器、カメラ、食器、人形、レコード、蓄音機、骨董品、包丁、鏡、作業着、古本など雑多で様々であった。わたしは今回、通常より安い銭湯の入浴券を買った。この割引券は毎月決まった枚数の無料入浴券が配当される高齢者から回ってくる。
蚤の市を抜け、路地裏に入り、その突き当たりに目的のビルはあった。
ビルの前に立つと、中から見知った顔が出てくる。だが名前が出てこない。それに彼が出てきたということは、このビルに入るのは少し厄介なことになりそうだ。
「ご無沙汰しています」とわたし「旦那は今から仕事で?」
すると彼は、怪訝な顔でわたしを睨み付けてきた。中年ぐらいのヒトの顔に捩れた角、だぼっとした薄汚れたコート。人目見て堅気ではない風貌。見たとおりの人物だ。
泥霧町で日雇いの仕事を請けるには二通りの方法がある。ひとつ職安でもらうこと。もうひとつはある時間帯に交差点や路地に立っている手配師から仕事を貰うことである。手配師は大抵の場合頭文字に『ヤ』のつく人種で、仕事内容も非合法なものも多い。彼もその一人で、数回だけ仕事を貰ったことがある。見た感じでは合法的な仕事であった。
「誰だ、おめえ?」
彼にとってはいちいち労働者の顔など覚えていないのだろう。
「旦那に仕事を貰ったことのある一人ですよ。ここはもしやお宅の所属する事務所で?」
「だったらなんなんだよ。おめえみてえな奴の来る所じゃねえぞ」
「それがこのビルの中で待ち合わせをすることになっているんですよ」
「待ち合わせだぁ?頭おかしいんじゃねえの?どこに目ぇつけてんだ」
そういって彼は看板の蛇中組という文字を指差した。
それに対してわたしはある紙を取り出す。
「この紹介状を見せればいいと言われました」
彼は怪訝な顔をし、「そんな紙切れひとつで…」と紹介状を読み始めた。次第に彼の顔が驚きに変わり、そして憎しみに変わっていき、舌打ちが口から漏れ出した。
「んだよ、あの探偵の使いかよ」彼は地面に唾を吐き出した「入いんな」
「本当にいいんですか?なんだか嫌そうですが」
「それは俺が決めることじゃねえよ。組長が恩がある、とか言ってたが、俺は気にいらねえがな」
そうはき捨てて、彼は町の中へ消えていった
入っていいといわれたが、手紙に書いてあった場所は組の持ち物であるが、事務所とは別であるらしい。事務所の人間に招待状を見せると場所だけ示され、あとはかってに行けといわれた。
目的の部屋の前につくと、錆付いた金属の臭いが鼻腔を突いた。
電球なんて気の聞いたものはないようだ。わたしは中に入り、ランタンで部屋内を照らす。
どうやらそこは空き部屋のようだ。二十畳ほどの広さで、目立ったゴミはないが何年も掃除をしていないといった汚れ具合だ。昔は倉庫だったのだろうか。所どこと床のタイルが剥がれていた。壁に大きな染みがある。血が飛び散った跡にも見える。
まだ誰も来ていないようだ。わたしは窓にもたれ掛る。
さて誰が来るのだろう。
わたしみたいな下っ端のアルバイトが24号にお目にかかれるとは思っていない。前回何も知らされず場所を指定されたときは、別のアルバイトの人間との待ち合わせであった。その前はそこに犯人が通りかかるから捕まえろといったものであった。
今回は何だろう。手紙には暴力の解体といっていた。ということは泥霧町から暴力団団体を追い出すということだろうか。それとも治安を浴するという意味だろうか。もしそうだとしたらわたしはこの件にはあまり積極的になることはできない。泥霧町は他じゃ生きて行けなくなった奴の吹きだめである。治安がよくなって排除されるものの中にはわたしも含まれるだろう。この国で泥霧町以外にわたしが生きられる場所なんてあとは『下水道の天使の巣』ぐらいだ。あそこに住むには人としての尊厳をすべて捨てなければならない。
そもそもヤクザの事務所の上で待ち合わせなんて、彼は何を考えているのだ。ことの途中でわたしは彼の考えがわかったことがない。真相が明らかになっても、後から考えると、わたしがしたあの行動は何だったのだろう、という部分が多々あった。
そこまで考えて、室内の空気が篭っていることに気がついた。わたしは換気扇があるのに気がつき、スイッチを押しに向かう。電球もないのに換気扇に電気が通っている可能性は少ないと思ったが、どうやら杞憂だったようで無事についた。大きな音を立て、小さな換気扇が回り始めた。
こんな場所に呼び出す可能性。普通に考えると下の事務所の人間がここに来て話をしてくれるというもの。あるいは前回と同じで、また別件の犯人がここへ来るのでつかまえてほしいというもの。考えても可能性ばかりで答えは出ない。いっそ考えないほうがいいのかもしれない。
「ん…」
ランタンの光が急に消えた。燃料がなくなったようだ。
窓はあるが立地が悪いのか星明りが入ってこず、部屋の中はかなり暗い。遠くから汽笛と音が聞こえた。
そこで部屋の中に、わたしとは別の者の気配を感じた。目が慣れていないので、位置はわからないが確実にいる。わたしはダガーを取り出し、警戒態勢に入ろうとした。
だがその次の瞬間わたし頭部に強い衝撃を感じ、気を失った。
◇
探偵機械は観測する。
百億回の宙が回る中、ただ一つの点に収束を目指し、いくつもの時間の束を束ねた。記憶を現実と同期し、量子計算が作動するのを待った。
これは第一段階であり、最終段階である。
これは開始地点であり到達点である。
本当の完璧な記憶とは脳内に並列世界を作ることと等しいという。だとすれば完璧な記憶媒体は時間軸上のどの位置からを観察しているのだ?
星の下で探偵機械はゆっくりと微笑んだ。
◇
意思の覚醒の瞬間わたしは意識を失う前の状態をすみやかに思い出す。最前の合同は状況確認だと判断し、飛び起きた。急に起きたことで心拍数が上がる。無いほうの耳がわたしが脈打つ音を捕えた。
後ろに跳びながら、目をつぶり、こめかみを三回叩いた。これは速やかに暗がりへ目を慣らすツボを押したのだ。豚飼特有のツボだが。先ほどこれをやらなかったことへの自分への苛立ちが脈拍を速くした。
場所は先ほどの空き部屋と変わっていない。生きているものの気配はない。そして裸の人間が地面に倒れていた。
頭の中の鐘の音が危機を知らせるかのように鳴り響く。わたしは警戒しながらそれに近づいた。
鼠の顔、体の形はヒト…というより猿に近い。全身が灰色の毛に覆われており、引き締まった筋肉が浮き上がっていた。背は高いほう。どこかで見た顔だ。たしか手配師の内の一人。
そして胸。
そびえ立つ棒。
胸部から棒のようなものがそびえ立っているのがわかる。そこから流れ出ているのは、間違いなく致死量の血。
棒のようなものだって?あれはわたしのダガーナイフだ。
脈を測る必要なんてない。あきらかに死んでいるのだから。
わたしは舌打ちをする。
「くそったれ」わたしは小さく呟く。
わたしが正当防衛で殺したんじゃあないことは、わたしが一番わかっている。ならば嵌められたか?誰に?可能性としては24号、ヤクザ、その他。材料が足りない。心当たりは?ない。
ここは逃げるべきだ。そう頭の中の一部分がわたしに言い聞かせる。だが仮にヤクザがわたしを貶めようとしてなかった場合、逃げたほうが疑われる可能性は高い。下のヤクザはわたしがこの部屋にいたことを知っている。それにヤクザだって馬鹿じゃあない。客観的な視点と合理的な判断でわたしが犯人ではないと判断してくれるに違いない。
わたしはその一瞬でそう決断を下した。
次の瞬間戸を叩く音が部屋中に響いた。
「いつまでいるつもりだ!そろそろ約束の時間だぞ」
わたしはできるだけ冷静さを保とうとする。深呼吸により気を静める「例えばの話、この扉を開けた時に旦那の目にわたしが害を与えてくる存在であるように見えた時、旦那はどうする?」
「ああ?」訝し気な声。ノック音が止まる「何わけわからねえこと言ってんだ。いきなり殴りかかきたとかかならはっ倒すだろ」
「結論からいう」とわたしはないほうの耳を押さえた「わたしは恐らく嵌められた」
返事はない。扉の向こうで何か考えている気配がする。わたしは言葉を続ける。
「この扉を開けると旦那はわたしを組に仇なすものか何かだと思い、殴り飛ばす、取り押さえる等の行動を起こすかもしれない。だが繰り返すが、わたしは嵌められた。その言葉を忘れないでほしい」
「俺はヤクザだが」扉の向こうの声は極めて冷静だ「無実の罪ってえのは一番嫌いなもんだ。だからその言葉が本当っだって誓うんなら、極めて冷静に状況を判断する。堅気には搾取はすれど、無駄な危害を与えたりはしねえよ」
「そうか。じゃあこの扉を開けてもいきなり張り倒したり、無実の罪で拷問したりしないんだな」
「ああ、しねえ」
「本当だな」
「ああ」
「本当にか?何に誓う?」
「ひつけえな。会長と、俺の剣の師『捩じり指』に誓う。そしてこの場にいる兄貴に誓う。いいから速く開けろ。この部屋の鍵がねえんだ」
ほかにも誰かいるのか。いや待て。
鍵がない?
わたしは死体のほうに目を向ける。口に何かを加えているのがわかる。もしやこれが鍵じゃあないのか?だとしたらどうなる?
窓は鍵がかかっている。
部屋の鍵は室内にある。
ならばどうやって犯人はこの部屋から脱出した?それが証明できないかぎり、わたし以外が犯人であることはありえなくなる。
「どうした速く開けろよ!そろそろ蹴破るぞ!」
外のチンピラの声が頭に響く。痛みで正常に頭を回すことができない。
「待ってくれ」とわたしは頭を押さえていう「今開ける」
ここは窓の鍵を開け、密室じゃないと外の者に思わせるべきか。だがわたしはあまり嘘が得意なほうではない。嘘をつけばつくほど泥沼に嵌っていく未来が楽に想像ができる。
答えはまとまらない。換気扇の音も耳障りだ。
いや、換気扇か。これなら大丈夫だ。
扉を叩く音が大きくなる。
「今開ける!」わたしは急いで扉の鍵を回す。錆びついた扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは先ほど会った角の手配師だった。彼はわたしの位置を確認するなり、腹に向かって拳を放ってきた。
わたしはすんでの所で体を捻り、それをかわした。だが上げた脚があらぬ方向から払われた時、彼はフェイントあったとわたしは悟った。払ったのは目の前の彼ではない。足元にわたしの腰ぐらいまでしか背のない人影を確認する。
背は子供のようだが、顔は老父のように更けていいる。尖った角が二本頭部がら生えていた。子鬼だ。
わたしは前に別の脚を出し、倒れるのを防ごうとしたが、もう一人、の子鬼の存在を確認した時、それが無駄であったことを認識した。もう片方の足も当然のように払われた。
倒れる瞬間、わたしの子鬼の目が合う。醜悪ともとれる顔の口が大きく歪んだのがわかった。
「てめえ!取り押さえないって約束しただろ!」
わたしの空しい叫びが空き部屋に響いた。わたしは今手拝師の男に取り押さえられていた。わたしの背中に手拝師が乗っており、子鬼たちは死体と部屋の中を調べていた。
「ああ、自分が嵌められたってぇ主張するやつは大抵冷静に信じてやるっていうとコロっと信用するもんなんだ。それが無罪の罪が嘘てのが嘘だったとしてもな」
手拝師は死体を見ながら感情のこもっていない声でそういった。いや、わずかに怒りが交じっているようにも聞こえた。
「わたしはやっていない」
「殺ったはみんなそういうんだ」
「じゃあいいことを教えてやろう。殺ってないやつも皆そういうんだ」
「その返しガキのころ考えてたな」
「じゃあもう一遍ガキからやり直してこい」わたしは前に唾を吐いた。
頭を強く押され、床とキスする格好となった。
近くに子鬼達が戻っ来る気配がした。頭の両側に立っているのが分かる。
「私は無実の罪が嫌いだ」片方の子鬼は思ったより高い声であった。
「だからこそ敵対する組には最大限の侮蔑を持って無実の罪を着せる」もう片方の子鬼は少し声が高かった。彼らは交互にわたしに話しかける。
「無実の罪を騙る者はもっと嫌いだ」「憎悪と侮蔑を持ってして罰という名の歓迎の限りをつくそう」「この部屋は甘軸の死体とお前しかいなかった」「そしてすべての出口は閉ざされている」「ならばお前以外の犯人はありえない」「犯人はお前」「甘軸は可愛い子分だったよ」「駄目な所も多かったがな」「それはこれ」「これはそれ」「さあどう吐かそう」「さあどうバラそう」「五寸ずつに刻むか?」「熱した鉛を飲ますか?」「洋梨?」「ファラリスの雄牛の牝牛?」「鋼鉄の処女?」「ヤギ塩?」
わたしは舌打ちをしながら、首を傾ける「すべての出口が閉ざされているわけではない。例えば換気扇とか」
手拝師と子鬼が換気扇を見るのがわかる。
「換気扇か」と手拝師「たしかに小さな喋る動物なら部屋に入れるかもしれないな。兄貴はどう思います?」
「くだらぬ」「その可能性を考えなかったと思ったのか?」どうやら兄貴と呼ばれたのは子鬼だったようだ「換気扇の隙間を縫えるほどの小ささの動物が甘軸を殺せるはずがない」「仮に殺せたとしても死体は移動した跡。その小ささでは運ぶことはできまい」
ちなみに甘軸というのは死んでいる鼠の頭をした奴のことだ。
「別にその小さな動物が実行犯な必要はない」とわたし「甘軸を殺した犯人が別にいるということだ。あくまで小さい動物は共犯者だ。まず実行犯がわたしを気絶させ、次に甘舌をこの場所に呼び出し殺害する。そしてすべての鍵を閉め、この部屋を後にし、小さい動物に鍵を渡して換気扇から侵入してもらう。そして、死体の口に鍵を入れ、換気扇から脱出する。これで今の状況は作り出される」
「なるほど」と手配師「たしかにそれならいけそうだ」
「お前らは馬鹿か」と子鬼達「阿呆か。頭も畜生か?」
「何だと」とわたしはいった。
今の推理で正解のはずだ。これが否定されては後がない。
「聞こえぬか」「この響き渡る音が」
そういって子鬼達は換気扇の方を指さした。音。換気扇が大きな音を立てている。
手配師から「あ…」という声が漏れ出した。
だがわたしはまだ意味がわからない。回っているから何だというのだ。
「換気扇が回っている状態では、隙間を縫うのは不可能に近い。そういうことですか」と手配師。
「は?」とわたし「出来るだろ?」
わたしの言葉に一同は黙り込んだ。
「出来るのか?」「お前に?」「我々に組み伏せられる程度の実力の」「お前に」
「たしかにあの換気扇はかなり速い。わたしには回っているあれに手を入れて引込めるのは無理だ。だが出来る奴はこの世界にごまんといるだろう。現に親父の全盛期ならいけたはずだ。だったらあの隙間を通り抜けることの出来る小動物も存在するはずだ」
「はったりだ」「言うことに欠いてそんなことか」「ならばその父親を連れてくるがいい」「やってみせよ」
わたしは首が痛くなってきたので少し捻った「もうすっかり衰えているから今では無理だよ。アル中の治療で入院中だ」
いや、もしかしたら今でも出来るかもしれない。
「適当なこといってんじゃねえぞ!」背中の手配師は、組んでいたわたしの手を一旦地面に置いた。
子鬼があきらかに彼の体重の三倍はありそうなハンマーを取り出し、わたしの手に叩き付けるのが視界の隅で見えた。
「がっ…」
わたしは歯を食いしばり痛みに耐える。目を強く瞑り、痛みの波が引くのを待
つがそれはとてつもなく長い時間に思えた。どうやら彼らの納得のいく範囲で推理をしなければならないらしい。犯人を指定する必要はないんだ。あくまでわたし以外の犯行が可能だという根拠を示せばいいんだ。わたしは次の言葉を継げる。
「な、なら糸はどうだ。換気扇は窓の上にある。外から換気扇を通して中に糸を入れ、窓のシリンダー錠に引っ掛ける。そして引っ張り窓の鍵を駆けたんだ。多少斜めではあるが可能だろう」
「無理だ」「昔推理小説で読んだな」「この換気扇は小さいぶん隙間もほとんどない」「極細のワイヤーであっても稼働中の換気扇には引っかかる」
わたしは首を垂れ、考える。何か抜け穴があるはずだ。考えろ。
「どうした?」「もう終わりか?」「沈黙するか?」「沈黙は自白と見なす」「ならば尋問は制裁へと変わる」「拷問は私刑へと変わる」
しかしわたしの脳は答えを導き出してはくれない。忽然と犯人は消えた。解けない。まるで魔法のように。魔法?
「魔法だ!」わたしは叫んだ「どうせヤクザなんだから、経歴が真っ白ってわけじゃないだろう!。だがら魔法による刑罰が可能となる。魔法でこいつを外部から殺したんだ!」
わたしの言葉に子鬼と手配師は思案しているようだった。見えないが、アイコンタクトをしている気配がした。
「なるほど」「悪くはない」「だが良くもない」「その場合甘軸の協力が必要となるな」「甘軸がお前を気絶させ、出口をすべて閉める」「なんらかの理由で甘軸は鍵を口に含む」「実行犯は甘軸を裏切り外部から魔法で殺した」「理由は…まあなんとでもなるだろう」「だが悲しいかな」「この地区には魔術師は一人しかいない」「いないな」
正直に言って通るとは思わなかったが、どうやら可能性として視野に入れてもらえたようだ。わたしはおそるおそる子鬼を見上げていった。
「一人?」
「ああ一人だ」と子鬼の声が低いほう。
「魔術師の動向は国から厳重に管理されている」と声の高い方。
「この地区の魔術師は間違いなく一人」「確かにそいつがやったという可能性は捨てきることはできない」「だが限りなく低い」「生憎我々は魔法は専門外だ」「いいだろうここに呼んでやろう」「どうせ呼ぶつもりだった」
一旦言葉を止め、二人は手配師に向き直った。どこからか鳶の鳴く声が聞こえたような気がした。
「警察を呼べ」
二人の子鬼は声をそろえてそういった。