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泥霧地区西通リ下ル四丁目夜話  作者: 磯部餅狸
一章 長き夜の出会い
5/11

4★

「この砦の存在理由をご存知でしょうか?」


 仕事の休憩中、同僚がそんなことを聞いて来た。

 わたし達は野外で、ランタンで暗がりを照らし、食事をとっている。最近できたサテライトがあたりを照らしている。空を見上げると雲今が少ない星を隠すように迫ってきており、それを見て「一雨振るな。中止になりそうだ」と呟いた時にそいつは話しかけてきた。今回は板きりという仕事である。


「存在理由?」とわたしはアオラヘラジカの干肉と黒いパンを頬張りながらそれに答える「そりゃあ砦の存在理由なんて防衛が主だろうよ。悪鬼なんて聞いたことはないが、よっぽど珍しい神話の生物なんだろうよ」

「差し出がましいでしょうが、それは違いますよ」


 そいつはわたしには男か女かはわからなかった。性別を聞くとどちらでもいいでしょう、お好きなようにお考えください、と以前言われた。だからとりあえず彼と呼ばしていただく。体はヒトのようだが顔は文字通り猛禽類の顔をしていて、手が羽の形をしている。甲高い声をしているが、それが彼の種族の特徴なのか、彼そのものの個性なのかはわからない。こんななりをしていて飛べないのだそうだ。

 彼は話を続ける。


「この砦を作っている会社の社長が信仰している神話はある国の国教だったのですよ」

「だった?」

「ええ、だった、です。確かその国は錘の国と呼ばれていました。錘の国はほかのある国と対立していました。 そして戦争に負けた」


 荒くれ者の町に珍しく彼の話し方は馬鹿丁寧である。彼の種族は他人に尽くす仕事をすることが多いと聞いた。例えば執事だとか、家政婦だとか、秘書だとか。そんな彼がこんな所にいるのはそれなりに訳があるのだろう。彼の嘴は傷で歪んでいる。さながらそれは笑みを浮かべているようだ。


「それで滅びた?」とわたし。

「それは違いますよ、奥様。今でもありますよ」

「だからその呼び方やめろ」


 彼はわたしのことを奥様と呼ぶ。だからといってわたしが結婚した訳ではない。奉公人が主人を『旦那』と呼ぶかのように『奥様』と呼んでいるのかと始めのころは思ったがどうやら違うらしい。なんでも彼の占いによるとわたしは近々結婚するらしい。彼の種族にとっては近々などというのは誤差の範囲だという。わたしはそんなものは信じてはいなかたが。


「錘の国は負けた。そして焚書が行われたのですよ。その神話に対してね」と彼はわたしの訴えなどどこ吹く風で話を続ける。秘書には向いてないだろうな「そして次第にその神話の信仰は薄れていきました。今ではその神話を覚えている者はほんの一握りです」

「信仰を得ることができない神話は力を失っていく。そして悪鬼は存在できなくなった、否存在そのものが消えた、ということか」

「ええ、さすがは奥様。物分りが良くて話すのが楽でございます」

「馬鹿にしてんのか」

「いえいえ、滅相もない。さて、ほとんどのものが覚えていないその神話ですが、この砦を作っている会社の社長は数少ない例外なのです。そして自分の信じている神話を世界から否定されても、自分だけは否定できなかった。そして今もなお存在しない敵に備えて砦を作っている、そういうことでございます」


 わたしは干し肉で乾いた喉を水筒の水で潤した。

 なるほど、そういうことか。神話の信仰が薄れたり、ほかの神話に吸収されたりすると現実そのものや過去が改変されるというのは聞いたことがあったが、実際にそれを実感している者についての話を聞くのは初めてであった。こうして知らず知らずの内に世の中は変わって言っているのだろう。

 ありもしない敵のために砦を作り、そのお零れをわたし達労働者が賃金という形で貰っている。まあお零れを貰って生きているのは今に始まった話ではないか。

 しかしわたしの頭の中に疑問が浮かんだ。


「社長はいいとしてほかの社員はどうしているんだ。存在しない敵のために砦を作るなんて、ほかの社員が了解するのか?利益なんて出るわけでもないだろうし」

「さすがは奥様です。真に良い質問を投げかけて頂、遺憾の極み。説明しがいがあるというものです」

「…」

「竜石油や竜石炭をご存知でしょうか」

「竜石油」質問を質問で返され、話の意図読めなくなったのでとりあえず鸚鵡返しをしてしまった「ああ、知っている。ドラゴンディーゼルとかなんとか」


 竜石油とは文字通り竜の石油である。

かつてこの地は竜であふれかえっていた。そしてある場所に竜の墓というべき大きな穴があったそうだ。戦で傷を負った竜、病に伏した竜など、死期を悟った竜はその墓に向かうという。そして数千万年の時間をかけてそこは竜の層となっていった、そしてさらに数千万年の時間の中で竜の屍は圧縮されてゆき、石油や石炭となる。それが竜石油や竜石炭だ。

 竜石油、竜石炭は現在産業の大部分の礎を担っていた。例えばわたし達がこの町へ乗ってき多脚トラツクの燃料も竜石油からつくられているし、装甲のペトロニウム合金も同じくだ。

 竜石油の油田は世界で数箇所存在しており、それを見つけたものは100代ほど路頭に迷わないほどの富を得るという。


「で、それがなんだ」とわたし。

「彼の会社は元々竜石油の発掘を行っていた会社なのです。もうすでにその油田は枯れていますが、金は文字通りばら撒くほどあります」

「つまり社員もわたし達と同じいなごって訳か」

「そういう言い方もできますね。真面目な社員はすでに別の場所に移動しているでしょう」

「国は了承しているのか?そんな意味のない巨大な砦を作ることに」

「国としてはこの砦は『神話の布教目的』という形で了承しています。おそらくは社長でなく社員が通したのでしょう。大金が動けば得をする人間は多いですしね」


 そこで休憩時間を終える鐘の音が砦中に広がった。わたしは立ち上がろうとするが、体か重い。だがもう一分張りだ。足腰の節々を鳴らした。


「しかしずいぶんと物知りなんだな」


 わたしはいってから少し後悔した。せっかく有益な情報を貰ったのに皮肉交じりの言い方になってしまった。少し苛立つ部分もあったが、休憩中の良い暇つぶしになった。

 しかしそんなことは気にしないとのように、彼は名刺のようなものをわたしにわたしてきた。


「お褒めに預かり光栄であります。実は私こういうものでありましで、今後ともよろしくお願いします」


 渡された名刺には彼の名前と、情報屋という文字があった。どうやら今のは営業であったらしい。


 泥霧地区に着てからかなりの月日が経った。この国の季節の変化は乏しい。相変わらずの暗い寒さが続いていた。わたしはまだまだ新参者ではあるが覚えたことも多く、交友関係も増えた。それと同時に会わなくなった者も多い。この町で行方不明者なんて日常茶飯であった。

 今日はとりあえず鉈釣の住んでいるバーにでも行くことにするかな。わたしは白い息を吐きながらそうひとりごちる。

 道を歩いていると見知った顔を良く見る。だからといって泥霧町の者はようもないのに挨拶をするということはあまりしない。道端で飲んでいる知り合いに「一緒に飲まないか」と声を掛けられたが、今はそういう気分ではないと断った。路地を曲がると楔の店の看板のネオンが見えた。何度見ても一般の家に電光看板をつけただけに見える。わたしはその店の扉を開けた。


「久しぶりじゃねえか。まあ新しいのが入ったんだ。飲んでけよ」

「ああ。久しぶり、変わりないな」


 扉を開けると店先に飾ってある植木鉢に文字通り歓迎された。鉈釣は葉の部分を手のように動かしていた。その横を通り過ぎ、わたしはカウンターに腰掛けた。客はまばらで黙って飲んでいるものや、談笑をしているものがいる。棚の酒の品揃えはあまり良くはない。


「お久しぶりです羽舌さん。依然お変わりなく」

 声のしたほうを向くと、カウンターの中に群人むれひとと思われる少女がいた。わたしが以前会った少年と同じで、触覚と複眼が個性的であった。肩までかかる黒に近い茶髪をしており、バーテンダーの服を着ている。


挿絵(By みてみん)


 というか誰だ。


「すまん、思い出せない。記憶力は悪くないほうなんだが」

「初めてあった時はこのバーで羽舌さんが楔さんを持って来た時ですよ。次が求職センターで私が楔さんを持ていた時ですね」


 彼女の顔は無表情にわたしには見えた。しかし同じ群人が彼女を見れば、表情豊かなのだと思うかもしれない。

 そのとき会ったのは同じ種族の少年だったはずだが。そこでわたしはある可能性に思い至る。


「群人は成長すると性転換をする種族なんだな」

「おしい、ですね。群人は集団で人格を統合しているんです。一つの人格で複数の体をということで」

 「へー。それはそうと新しい酒っていうのはどんなのなんだ?」とわたし。

「新しいの…?ああ、あれは駄目ですよ。あれはなんというか…」

 そこで楔が玄関から話に入ってきた「いいじゃねえか。飲みたいって言うんなら。なんなら奢ってやってもいいぞ」

「本当か」とわたし「いや、お前が奢るなんて怪しいな」

「なんだ、怖気づいたのか。怖かったら帰っていいんだぞ?」楔はかなり離れた距離から挑発してくる。


 安い煽りだ。そう思いながらわたしは微笑んだ。そんな挑発で人が何かに乗るとでも思っているのか。


「ありがたく頂こう。なんて酒だ?いややっぱり言わなくていい。最近驚きに飢えていてな」

 

わたしはそう注文した。


「もしかして酔っています?」

「酔ってないよ」

「どうなっても知らないですからね。自己責任ですよ」

「ああ、問題ない。入れてくれ」


 鉈釣も毒や麻薬を酒に入れてわたしに飲ませるような奴ではない。その辺の線引きはしっかりとする奴だ。

 彼女がグラスに入れた酒はピンク色であった。どうやら焼酎のようだ。わたしは恐る恐る顔を近づけるも、鼻が詰まっていて臭いはよくわからない。

 周りを見ると客がチラチラとこちらを見ている。少し声が大きかっただろうか。少し反省した。

 わたしはグラスに口をつけ、酒を転がした。

 質は良いほうではない。というより最悪の分類だ。工業用アルコールを飲んでいる気分であった。だが何か懐かしい気分になった。幼きころ、まだ純粋だった時の思い出が蘇る。

 わたしはグラスに残った酒をグラスに流しこんだ。


「どうですか?」


 群人の彼女は無表情であるが、恐る恐るといった声色であった。


「CとHが足りない」とわたしは呟いた。

「?どういうことです?」

「シーエイチスリーオーエイチ」

「ああ…、そうですね」


 お絞りを目に当てる。わたしは声を押し殺していう。


「工業用アルコールみたい、じゃなくて工業用アルコールじゃねえか。戦後間もないころの闇市かよ!」


 玄関先から声を押し殺して鉈釣の笑う声が聞こえてくる。


「笑い事じゃねえよ!種族によっては死ぬじゃねえか!この前集団中毒で死んだって新聞であったぞ。不謹慎じゃねえか!こんな酒飲ませやがって、クソ!」


 ほかの客に迷惑がかからないように、怒鳴らないようにするのに苦労した。


「でも自己責任って言いましたし…。静止も聞かずに飲み始めたのは羽舌さんですし…」


 それを言われると言い返せない。ああ、安い挑発に乗るんじゃなかった。目が痛い。


「いやあ悪い悪い、だがお前なら種族がらちょっとやそっとじゃ死なないだろう。珍しい酒が好きなお前のためを思って飲ませたんだよ。今度はちゃんとしたやつ奢ってやるから」


 楔はさして申し訳ないと思ってなさそうな声で謝ってくる。


「許すよ」

「まじか。さすがだな」

「だが次ぎ合う時は、命を失わない程度の危機に気をつけろよ」

「怖えよ。しかしよくすぐにこれがメタノールだとわかったな」

「昔、親父にふざけて飲まされたんだよ。親父も飲んでたんだが」



 そのあと別の酒を飲んだが、先ほどのカストリが舌に残って、味が良くわからなかった。酔いが浅いままわたしはバーを後にした。楔は次回ちゃんとしたいい酒を奢ってくれるそうだ。

 ドヤに戻ると隣の部屋から何か話し声が聞こえてきた。いやどうやら話しているのは一人、つまり独り言であった。聞き耳を立てるは良くないと思ってはいるが、自然と聞こえてくるのだ。正直に言ってこのドヤで聞かれたくないことを話すのなら、聞こえないように話すべきでる。よって隣の者は独り言を聞いてほしいということになる。


「ああ、やってしまった。また殺してしまったよ。今日で何人目だ?いい加減手を洗いたい。でも駄目なんだ。俺の血が他人の血を求めているんだ。わかってる。このままじゃいけないんだって。だがあいつらも悪いんだ。馬鹿にしやがって!ああ、駄目だ、駄目だどうにもならない。だが俺は知ってるんだ。あの組はチンピラを国に売り払ってるんだ」


 誰かに語り掛けるような独り言であった。もしやもう一人いるのかもしれない。そう思わせるような。

 しかし彼はおそらくいつものように一人であろう。何度か通報されたことがあるそうだか、ただの虚言癖のようだ。

 眠るには少し中途半端に酔ってしまったが、体を休ませないことには明日に備えられない。とりあえず横になろうとしたその時、部屋の窓を叩く音がした。ちなみにここは二階だ。

 わたしは狭い部屋の壁に手をつき起き上がり窓を開けた。

 正面は別のドヤの壁が迫っている。

 そしてそこには一匹の鳩がいた。たしかリョウコイアイバトとか言ったか。ベランダに止まっている。見た所話すことできる鳩じゃないようだ。ふと鳩の足元を見ると手紙が括り付けて合った。どうやら伝書鳩のようだ。初めて見た。

 鳩から手紙を取り外すのに少し苦労したことは省略せていただく。

 突かれた頬を摩りながら、わたしは手紙を開いた。


『泥霧町への潜入成功おめでとう。どうやら上手くいっているようだ。さて僕は次なる指令を与えることにする。だから×時に××ビル2階の空き部屋に来てほしい。その町を支配する暴力の解体を目指して。では良き縁の巡りがあらんことを。 24号より』

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