2★
空に薄くかかったガスやネオンの光、そして巨大な黒い崖に見下ろされ、わたしは泥霧町に向かう。ディーゼル動車や獣機気動車を使えば数時間かかるが、歩くとしたら文字通り丸一日かかるだろう。少しでも節約をしたい身なので前者をわたしは選択した。下町を越え、摩天楼の下をくぐり、迷路じみた工場地区を抜けるとそこは土漠であった。ここまで来たとなるとあと半分ほどの距離だ。足が棒のように痛いが気を取り直してわたしは西へ。
石灰岩のごつごつとした地面が広がっていて、あたり一面灰色がかった風景であった。一刻ごとぐらいの間隔で背の低い植物を見つけた。
日がないのにも関わらず、植物が生きていけるのは地中の瓦斯を養分に生きているというのを聞いたことがあった。
身を刺す寒さが体力を奪っていく。しかし日がないのにこの程度の寒さで済んでいるも地熱のお陰だという。ただ町につくまで程度は持つだろう。そう自身に言い聞かせ一旦座り込み、休憩をした。
「おい!どこに座っている!」
わたしは驚いてあたりを見回し声の主を探した。しかし誰もいない。だがわたしはある可能性に思い当たり、その場から飛び上がった。
「どごに目ぇつけてんだ!これだからでけえのは」
わたしは声のした足元に目を向けた。そこには植物が喚いていた。土漠に根づく草に相応しく針のような植物であった。
「すまん、つい足元の確認を厳かにしていた」とわたし。
「すまないですむ問題か!潰れるところだったんだぞ!」
「本当にすまん。怪我をしたなら治療費を払いたい」
「治療費ぃ?」
草は思案するように黙り込んだ。もしやふんだくられるのだろうかとわたしが不安に思っていると
「いや、そこまでしなくていいよ。俺も金金言いたくないし」
「本当に?」
「ああ、よく踏まれるんだ。こんな広い土漠にピンポイントでだぜ?この土漠で話すことのできる植物は俺だけだというのに。毎回治療費ふんだくってたら今頃大金持ちだな。ただな頼みたいことがあるんだが」
わたしは苦笑いをしてそれに答える。よくあることというのが冗談でなければ、頼みたいことがあって最初から踏まれるのを待っていたということになる。
彼は鉈釣と名乗ったのでわたしも「羽舌だ」と自己紹介をした。
その半刻後私は夜空の中持ってきていたダガーナイフで石灰石の地面を掘り起こしていた。なんでも泥霧地区に一緒に連れていってほしらしい。
「よくあるっていっても数か月に一回のことだからよお」
思い立ったのは一か月前らしいがその間ずっと踏まれるのを待っていたのだろうか。せっかくここまで歩いたのに獣機気馬車に乗ることになるかなと思ったが、彼は特有のヒッチハイクポイントを知っているのだという。周りの岩を削り終わりわたしはそれを持ち上げわたしは、いやわたし達は前に進んだ。
「ああーもうちょっと西かな?いや、あの丘を越えた後だろうか。」「この辺りだ!絶対このあたり!」「すまん、違った」「もうこのあたりでいいよ」「すまんて、怒るなって」「もうちょっと東だったと思う」
◇ ◇ ◇
紆余曲折あってわたしは土漠の真ん中に立ち尽くしていた。どうやら道に迷ったらしい。正確には『大崖』の目印があるのだし、泥霧町の方向を見失うことはない。しかし彼はどうしてもヒッチハイクで行く必要があるのだと言う。彼は又聞きの伝聞でヒッチハイクポイントのことを知ったらしくその案内方法はとても適当であった。わたしは疲労に耐えられなくなり座り込んだ。こんなことならディーゼル動車を使えばよかったと思ったが、ここで言っても仕方がない。遠方の工場から機械音がする。空にかかる薄いガスの向こうにわずかばかりの星が瞬いていた。
「ん…?」
何だろう。衰退した体に何か響いてくるものがあった。次第にそれは大きくなっていき、それは連続した足音のような地響きであることがわかった。聞こえてくる方向を見るとどうやら丘があって、おそらくその向こうからやってきているのだろう。
丘から二本の光が上がった。それから数秒遅れて巨大な黒い物体が顔を出した。まだ距離があるので細かい部分はよくわからないが、わたしの住んでいたアパートの部屋一つより少し大きいぐらいで細長い直方体であった。その前部分から目のように二つの部分から光が出ている。
轟音を立てて近づくにつれその形がはっきりしていく。どうやら多くの脚が付いており、その姿はさながら芋虫を連想させられた。
「来たぞ!あれだあれ!な!言っただろ」
「はいはい」
草の言葉にわたしは返事をしながら、草に言われていたとおり、ランタンを取り出し上下に振り、そのあと円を描く。これがヒッチハイクの合図であるらしい。
巨大なものはわたし達の方向に頭を向けた。
わたし達の3丈ほど手前でそれは止まった。赤い光で目が眩む。芋虫のような鋼鉄の脚を下げ、上体を下した。近くに寄るとその大きさは圧巻で、挽かれたら一たまりもないだろうなという当たり前の感想がうかんだ。今は逆光でよく見えないが、昔本で見たこの乗り物はエンジンなどに詳しくないわたしにとっては、大小様々の黒い機械を無理やり直方体の形に収めたような外観にしか見えなかった。少し距離を置いて止まったが、かなりの排気瓦斯が肺に入りわたしはせき込む。
「どうした嬢ちゃん!道に迷ったのか!」
コクピットのような部分があり、その部分の扉が開き、大柄の男が顔を出した。エンジン音に負けないように大きな声だ。
「そうです!大変図々しいお願いかもしれませんが、泥霧町に向かうのであれば、連れてってもらえないでしょうか!」
わたしも負けず劣らず声を張り上げた。
「ああ!いいぞ!ただ長旅で退屈してんだ!移動中は話し相手にでもなってくれよ!」
「はい!喜んで!」
実はこのヒッチハイクは運送会社が公式化した物であった。路上生活者の多い泥霧町ではボランティア団体よく活動している。その一つとして運送会社に対しての寄付を行いヒッチハイクを公式化させたのだった。
近年景気の低迷により多くの人が自分ひとりで生きていくので精いっぱいで、ヒッチハイクなど図々しいという風潮が溢れていた。そんな心がけだがらいつまでたっても景気か向上しないのだ。せめて見せかけだけでも心を豊かにしよう。そう誰かがいった。そしてできたのがヒッチハイクの公式化だった。
しかしながらこれロハというわけだはない。お金はいらないがそのかわりに物語を話すということになっている。別に受け売りでもいいし、実際にあった話でもいいし、小説などの引用でもいい。しゃべり方が下手だとか、話が体調を崩すほど面白くなくても、別に途中で下ろされるということはない。ただそういう人はかなり神経が図太くないとヒッチハイクには向いてないだろう。黙りこくって途中で下ろされたという話も聞かないし、あくまでマナーみたいなものだろう。ただわたしの父はこの制度が嫌いだと云っていた。ただの親切だったのを形式化したのが嫌だったらしい。気持ち悪いとさえ言っていた。
乗り物の中はかなりの揺れで、わたしがかつて狩猟民族でなければ間違いなく吐いていただろう。ラジオから昔の歌謡曲が流れている。意外と中にはエンジン音は響いてかなかった。男はかなりの巨体で、猪の頭をしていた。
さて、何を話そうか。とりあえず話を整理するために、時間稼ぎの質問をすることにした。
「この乗り物昔写真で見たことがありますけど、それよりかなり大きいですね。何て名前なんですか?わたしの住んでいた所の近くでは運搬車は獣機気動車やディーゼル列車しか見ないもので」
「多脚トラツクだ。装甲にペトロニウム合金を使い、ドラゴンディーゼル専用のエンジンを積んでいる。積載量は3000貫を誇る。その姿からの通称は『虎次<機蟲>』と呼ばれている。まあこんななりじゃ市街地は大通りしか走れないから見たことがなくても仕方ねえことだが」
先ほどは大声で話したからわからなかったが、表情の変化に乏しい人だった。ただこのトラツクのことを話すときの声からはどこか誇らしそうな響きがした。
「さて、昔わたしが体験した話ですが」
「いやまて、俺が話す」
わたしが幼いころの話でもしようかとしていた所に横やりを入れてきたのは草だった。黙りこくっていたが同じように話をまとめてでもいたのだろうか。
「喋ることのできるやつだったのか。嬢ちゃんの彼氏か?」
猪の男は無表情で前を見ながらいった。
そこで一旦大きく揺れ、男の顔が真剣しなる。どうやらこのあたりの運転は難しいようで、話しかけてほしくなさそうな雰囲気が漂っていた。狭いライトの視界ではわたしにとってはどこも同じに見えたが、プロフェッサァには違うのだろう。
「そう見えます?」とわたしはタイミングをはかり、いう「今日会ったばかりですが」
「見えるな」
「そうですか」
むきになって否定するとそれっぽくて草に悪いので適当に返事をしたら
「いやいや普通に否定しろよ。気遣いのしかた間違ってるから」
と、草に怒られた。
「自己紹介から始めさせてもらう。俺は土漠に生えていたニセハナダモドキ草だ。名は鉈釣。地下の瓦斯の養分を食って細々と生きてきた。だが体質だか何だかわからねえがよく俺の近く、または俺の上に腰を下ろすやつが多いんだ。多分俺の近くが絶好の休憩スポットなんだろうけど。初めのほうは怒ってたが次第に慣れてきちゃってな。慣れって怖いな。それでいろんな旅人と話すことも多くなった。これはそんな旅人の内の一人の話だ。
「そいつが俺の目の前では望遠鏡で星を見ていたんだ。これは何十年も前の話じゃない。空は今と同じようにガスがかかっていて、星なんて見えたもんじゃなかった。それで興味が出てな。俺は『何してんだ』て聞いたんだ」
◇
「無論星をさがしているんですよ。いや、違うな。女性を探しているんです」
俺の質問に対してそいつはそんなわけのわからない答えをよこした。この辺のやつで麻薬中毒だとか、精神病だとか、話が通じないやつは珍しくもねえ。俺はそいつもその類だと思った。そんな俺の考えをよそにそいつは語りだした。
「数年前の話です。そのころ僕は何だか何もやる気がでず、ぶらぶらとしていました。そんな時に彼女と出会ったのです。
あれは月の光が少しだけ強かった日でした。僕は興戸駅で気動列車が来るのを待っていました。そこで肩を叩き、声をかけられたのです。
『初めまして、とあなたにとってはなりますね。でも私にとってはそうではありません。それはいいとして、あなたは私と付き合うことになっていて、私はあなたと付き合っています』とね。
え?そいつやばいって?そうですね、僕もはじめはそう思いましたよ。でも今の文化が入り乱れている状況ならそういうこともあると当時は思ったんですよ。何もかも面倒くさくて詐欺でもいいやって気持ちもありましたけどね。紆余曲折あって彼女と僕は仲良くなりました。ただ彼女が云うにはちょうど一年で別れて僕達は二度と会うことがなくなるそうです。
彼女の名前は井宿、星人という種族だそうです。
付き合って半年ほどたったある日、僕は聞いてみました。その先を見通すような話し方は何なのか。あなたは何者なのかと。
『では結論から話しましょう。私は未来を見ることができるんです。フェルマーの最小時間 の原理はご存知?』
僕は知らなかったのですが、彼女はそれが光は光学的距離が最短になる経路、つまり進むのにかかる時間が最小になる経路を通る、という原理とのことだそうです。
『光源であるA地点から光が水中に向かって発せられ、屈折したのち光はある地点に到達します。それをB地点としましょう。では仮にA地点から水中のB地点の光が屈折せずにまっすぐに向かったとしましょう。水中では光は空気中よりゆっくりと進むため、屈折したときより空気中の距離が短いので光学的距離は最短とはなりません。また屈折率が現実より高くなった場合、光の進む距離事態が長くなるため、通常より進むのにかかる時間は最短にはなりません。このように光は進むのにかかる時間が最小になる経路を通る。これはまるで光が経路を選んでいるようにも見えますが、なぜそうなるかは未だにわかっていません。色々な説がありますがその中にかんなものがあります。
光というものは時間逆行宇宙と連動していると。
時間逆行宇宙というものはこの宇宙か外宇宙のどこかにある私達とは時間が逆向きに流れる宇宙のことです。その宇宙では排泄物が肛門から侵入し、誰もが後ろ向きで歩き、食事を口から吐きます』
時間が逆に流れている世界というのは、ビデオテープを巻き戻しているだけの世界なのかい?そこに住む人達に意志がないとしたらそれはただの像なのではないのか。そのようなことを僕は聞きました。
『意志はあります。ただ時間が流れる銀河の人間の意志あるとしたらその世界に合った思考をする必要があり、私達の住んでいる銀河の思考を逆回しにしても一致することはなくなり、矛盾が生まれます。この矛盾を解決するための考え方が脳の一部分は時間に左右されないというものです。
大部分の生物は三半規管により自分が重力に対してどの角度でいるかを感じます。これは三次元的なものだけでなく四次元でも同様で、自分が時間軸に対してどう進んでいるかを感じることが三半規管は可能です。これによりどんな時間の流れでも脳は無理なく生活を送ることが可能となります』
それは最初の質問と関係があるのかい。
『そろそろ終わりですよ。その前にでが、何故フェルマーの最少時間の原理が時間逆行宇宙と関係があるのかというとですね。わかりやすくするために世界の始まりから終わりまでの時間が一秒に満たないものとします。私達の銀河でA地点からB地点に光が向かう場合、時間逆行宇宙ではB地点からA地点に向かいます。通常宇宙のA地点の光は時間逆行宇宙のB地点と連動しています。それにより最短時間が並列処理により導かれ、フェルマーの原理が成り立ちます。
さて結論ですが私はそれと同じようなことが出来、未来を予知することができるのです。
『私達星人は恒星信仰で生まれた星の神の化身のようなものでした。ただ信仰というものは人の認識、及び観察からなるものです。ここから見える星の光というものは数億年前の星の情報なのです。だから結果的に化身の私も当然数億年前の存在となりますが、予知により会話を成立しています』
そこまで聞いても僕は驚くことはなかったです。話の内容は半分ぐらい理解できませんでしたけど、彼女が未来予知を可能なのはなんとなくわかっていましたから。ただある思いと疑問が頭の中に浮かびました。
__そんなに未来がわかるということはとてもつまらないことではないのか?そもそも僕と付き合っているのは予知の通りに行動しているだけでそこに愛はないのではないか。と僕は聞きました。
『つまらないことではないですし、愛はあります。私が予知に逆らえない理由は、すでに私が未来の選択をすませているからです。
例えばの話C国とD国が戦争をしていたとしましょう。その世界では未来を変えられるものとします。二つの国ではそれぞれ未来を予知する機械があるとします。まずC国がD国に勝つための行動をしかけたとして、C国はそれを予知し未来を変える行動をします。それをD国が予知し未来を変える行動をし、さらにそれをC国が変えます。このように互いに予知合戦が続きますがいつかは諦めという形であれ勝利の確信という形であれ終わりが来ます。私はそれを並列処理により一瞬ですることが可能であり、どんな予知であれそれは私が選んだ選択となります。予知と違う行動をしたのなら、それを予知できなかったことが矛盾となり、その私は平行世界の予知に反したわたしを予知したわたしで結果的に予知に反してないという修正が起こります。世界たしかにあなたの考える愛の形とは違うかもしれませんが、私にとっては愛なのです。だからあなたと会えたことも幸せなんです』
そんな彼女は付き合ってちょうど半年で列車に挽かれて死にました。彼女の云っていたことが本当のことかどうかはわかりません。ですが僕は星を見ると彼女のことを思い出すんです」
◇
「つまりこの話から得られる教訓は、最近科学技術が進歩してつまらなくなったなんていうやつが多いが、そういうやつは選択肢が変わっているのを見てないだけなんだなということだ」
「話の内容はともかくそういう結論を出すのはなんだか違うような気がするが」
彼が話しているうちに目的地はすでに見えていた。土漠の真ん中に見える光の群れ。それは工場に砦のようにかこまれていた。土漠を海と例えると島のように見えるが実際は、泥霧地区は半島のように存在している。