プロローグにかえて ★
この物語は練習用に作る予定のビジュアルノベルのシナオリオとして作っています。話事態は習作というわけではないです。挿絵はそのビジュアルノベルのスクリーンンショットです。
猫撫で声にも似た波の音が、わたしの耳元でする。
揺蕩う微睡の中それはとても心地の良い者にも思えたが、それはある種の不安もかきたてているようにも思えた。
横たわるわたしは、そっと顔に面した床を撫でてみる。ざらついた木材の表面が、それの年期を物語っており、埃の臭いと木材の匂いが混ざった奇妙な臭いに、どこか懐かしさを覚えた。
そこでわたしは、自分が船に乗っていることに気が付く。そしてこれが昔の出来事の夢であることも。
「目を覚ましたか」
はっきりとした男性の声がした。わたしはその声が父の声であることを知っている。薄暗い闇によりその顔はよく見えなかった。
だがわたしはその声には答えない。
波のうねりに乗り、船は緩やかに上下を繰り返していた。
藍鉄色の水がわたし達の乗っている船を優しく嬲る。湖に溶けている特殊な鉱物の臭いが鼻腔を突いた。潮に似ていてどこか化学的な臭いだ。船は木製の三人乗りほどの大きさの船だ。
この船のもう1人の乗員である父が再度低いよく通る声でいった。
「あれを見ろ」
わたしは父の指さした方向を見た。
そこには闇があるだけであった。いや、それは違う。そこにあるのはそびえ立つ大きな闇、この星明かりをものともせず悠々と存在していた。
あれは大きな壁。そして大きな崖でもある。
その大きさは果てしなく、ここからかなりの距離があるにも関わらず頂上にあたる部分が見えない。雲より優に高く、ただ星空に何もない闇が溶け込んでいた。日が昇らないこの国の性質と黒い鉱物を多く含む崖の性質が合わさって、いつ見ても巨大な黒い壁があるだけにしか見えなかった。時期によっては月の光の影響で表面がうっすらと見える。その表面は生物じみた襞で覆われていた。あんなものはとうに見飽きたというのに、自己の小ささに打ちひしがれるようだ。そして同じく幅も相当長く、同じく端は見えない。
「我々の一族はあの崖の向こうから来たと言われている。当時は狩猟民族だったとも言われているし、遊牧民族だったとも言われている。<豚飼人>という名前から後者の可能性が高いが、今に残っている技術で主なのは狩猟が中心だ。今となってはわからないことばかりだが、だだ1つはっきりしいていることがある。繰り返すがそれは我々があの崖を越えてこの地に来たということだ」
自身に満ちた父の声。そうだ、父にもこんな雄々しかった時があったのだ。わたしは過去を振り返るのが嫌いとは言わないが、昔の父と今の父を比べるのはどこか女々しくて、小さくて、何かに縋っているようで、それをさけていた。
父は手元にあるランタンに火を灯した。2つ前の戦争によりの敗北により日の光は奪われ、朝が欲しければ数時間であれかなりの大金を必要とした。ついでに黄色い光も根こそぎ奪われたのでその灯は朱く薄暗かった。灯は船と、湖のほんの一部分を照らし、波の姿を現させた。
「知ってのとおり、あの崖の高さは二里半ある。そして幅は世界の始まりから終わりに続いている。この世界はあのような崖が階段のように連なり、その上に我々が住んでいる。段の数は六十とも言われている。この国の今の技術ではあの『大崖』を超えることも降りることもできない。しかしかつての<豚飼人>達はそれを成し遂げたのだ。今残っているかつての技術はかなり少ない。このランタンも先人達が作りし技術だが、こんなものは氷山の一角という言葉さえ現し足りえないほどの一部分だ。だが忘れるな。我々はその大きな力を持った一族の末裔なのだ。
おそらく今の戦争は勝利という形で終わりを向かえるだろう。しかし___」
「戦争終わるの?」
今まで黙っていたわたしが急に口を開いた。その言葉は安堵であったと思う。そう願いたい。
「ああ、しかしこれからもっと辛い事があるのかもしれない。だが恐れるな。<豚飼人>は強き民族であった。今もそうであるかを決めるのは我々だ。今と昔では状況が違うかもしれない。だが我々は___否、違う。俺は強くありたいと思う。幸い過去に大きな目標がいるのだ。だから西へ向かおう。あらたなる地を求め、生きていくために」
わたしはこの時の父の言葉を忘れようとずっとしていた。忘れたいとずっと思っていた。しかし幼きころに刻まれたこの言葉…この記憶はわたしは簡単にはなくさないようだった。あのころの父に戻って、などとは思わない。しかし__
いや、よそう。
私は波に揺られ、それと連動し揺蕩う夢から覚醒していくのがわかった。こんな夢を見ては寝起きの期限は最悪の物となるだろう。そしてまた『くそったれ』と吐き捨て、あまり良くない一日が始まるのだろう。
だが私はその時は知る由もなかった。今日の寝起きがここ数年最悪の物となることを。
泥のような鈍い夢と現の散歩の途中、わたしは耳に強烈な痛みを感じ無理やり覚醒させられた。