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106回目のさよなら未遂  作者: 英汰一
【1】月見ず
6/7

暁鐘6




手を引くその力があまりにも強くて、私は身を固めることしかできなかった。



「よかった、ミリ!ずっと…ずっと捜してた!!」



ぎゅう、と音が出てもおかしくない程に私の手を力強く握る彼。

正直それは痛くすぐにでも声を上げてて逃げ出したかったが、それはできなかった。

あまりに唐突であったから、というのもある。

それよりも私の身体を硬直させたのは、涙を浮かべた彼の瞳だった。


いっぱいの涙を浮かべた青い目はまるで湖面のようで。

あとコップ一杯でも注いだら洪水しそうである。




「えっ、その…大丈夫ですか?」





初対面の、さらに涙目の男に困惑した私は解放を求めるよりも先に彼を案じた。


見知らぬ男に手を掴まれているこの状況は恐怖でもあるが、咄嗟に出てきた言葉はそれでしかなかった。

さすがに泣きそうな相手に何も聞かず、痴漢なり変態なりと騒ぐのもどうかと思う。




「だいじょうぶじゃない…ぜん…っぜん大丈夫じゃないんだから!

僕がどれほど君の事を…!!」




私の言葉が地雷だったのか、彼の涙腺が崩壊してしまった。コップ一杯どころか、最早ゲリラ豪雨だった。


人目を憚らず、成人男性がこんなにも号泣するのも初めて見た…ではなくて。

こうなってしまったらどうすることもできない。対処の仕方が分からない。

人を呼ぶにしても、傍目からしたら私が彼を泣かせてるみたいだろうし…

声をかけて宥めるにしろ、肝心の台詞が出てこない。

とりあえずポケットからハンカチを取り出してはみたが、どう渡せばいいだろうか。



「だいじょうぶ、じゃ、ないのですか…!

あの、そんな…泣かないで下さい、そんな…」



溢れ出る涙をジャケットの袖でゴシゴシと拭う彼。それでもまだ、涙は止まらないようだった。




「ミリが…ミリが…見つかってよかった…無事で、よかった…」




先程から彼が口にしている"ミリ"とは誰のことを指しているのだろうか。

私は過去に一度もミリだなんて呼ばれたことはない。

おそらく彼は私をミリという人物と見間違っているのだ。



「…」



本当に、この人はずっとミリさんを捜していたのだろう。出会い頭に涙するくらい必死に。

そう思うと憐れに思えて仕方なかった。

彼は私の手を包み祈るかのようにしてそれを額に当て体を小さくしていた。

私より頭一つ以上、身の丈の差があったのだが、今は手を伸ばさずとも彼の髪に触れることができる距離である。


彼のことを気の毒には思うけれど、もうそろそろ誤解を解かないといけない。

ミリさんをやっと見つけたと涙を流す彼には申し訳ないが、私には本当のことを告げる義務がある。

残酷な事実かもしれない。それでもこのまま曖昧に頷いてミリさんを装うよりはずっとマシだろう。



「すいませんが、…私はミリさんのことは知りません」


「……え、」



意を決してハッキリと告げると男はすぐさま顔をあげた。

真っ赤になった目を見開いて驚いている。私の言葉飲み込めていないようだ。



「知らな、い…」


「はい。知りません。

私はミリさんではありません。…人違いだと思います」



彼はしばらく瞼を屡叩かせる。

それを理解した頃には、肉眼で確認できるくらい明白に血の気が引いていくのがわかった。



「ご、ごめんなさい…」



ゆっくりと私の手を離して頭を下げた。

泣きべそかいた顔で謝られてもこちらが申し訳なくなるばかりだ。

良心が針となりチクチクと私の心を攻撃をする。



「私は大丈夫ですので…。どうぞ、これ使って下さい」



彼はようやっと落ち着きを取り戻しつつあるようだったけれど、涙は未だ止まりそうにはなかった。

男にハンカチを差し出すと首を横に何度も振って遠慮をする。再びスーツの袖で拭おうとするので、彼の手にハンカチを無理矢理握らせた。



「スーツ、染みになりますから」


「…、ごめんね」



いいんです、と言葉を口に含んで私は傍にあったベンチに腰を下ろした。少し離れた所に彼も同じように座る。

男は声をかける前と同じく項垂れて目元をハンカチで擦っていた。

早く涙を止めたいのは分かるが、そんなに擦るとせっかく綺麗な目が腫れてしまう。

初対面でもあったのでそこまでは言わなかったが、しばらく彼から目が離せないでいた。




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