暁鐘5
迷い迷って声を掛ける決心をようやっとした。恐る恐るスーツの男に近付いて、喉から声を絞り出す。
「あ、あの…」
返事はない。
私の声が小さすぎるのだろう。
それにしても彼はピクリともしないので、それは私の推測を悪い方へ向かわせる。
心臓が耳元で鳴ってるかのように煩かった。
もし、これで彼が反応せず、息が止まっていたりしたら…それでなくとも、怪我をして動けないのだったら。
まず、ここらの家の人に電話を借りて救急車を呼んで。それから…。
最悪の事態に備えて、私の脳内はすでに近所の民家に走っていっていた。
「あの、」
もう一度、大きめの声で呼びかける。
すると彼の肩が揺れて、ゆっくりと上体を起こした。
「…はい」
ああ、よかった。彼の身は何ともないようだ。
普通に動けてるし、喋てる。意識もハッキリしているようだ。
ゆっくりと瞬きをして気持ちを落ち着かせた。
これで慌てて走る必要も救急車を呼ぶ必要もなくなった。ここの場所はなんて説明したらいいのか悩んでいたのだ。
安心して瞼を上げたとき、自然と男と目が合った。
「え…」
思わず声が出てしまった。不意だったのだ
完全に男を日本人だと思い込んで声を掛けた私は、彼の瞳の色素の薄さに驚いた。
その目の色は鮮やかな青色で、私の周囲にはいない珍しいものだった。
けれど彼が外国の人かというと悩むところだ。顔立ちはアジア系と見受けるし、それに流暢な日本語を話している。
黄色人種の碧眼。
ハーフなのだろうか。
「なんですか?」
彼の目に釘付けになっていた私は相手の声で我に戻る。
「…あっ、う、項垂れてたので具合が悪いのかと…」
慌てて説明して少しずつ後退した。
…瞳に吸い込まれそうになるというのはこういうことか。視線を外すことができないくらい、綺麗な色だったのだ。
初対面の人なのに失礼なことをしてしまったな…。
「大丈夫そうですね、急に話し掛けてすいませんでした」
ここに長くいても決まりが悪いので、彼の安否を確認できたところで早く立ち去ろうと思う。
失礼します、と言い置いて踵を返した時であった。
「待って!」
背後から妙に慌てた声で呼び止められた。肩越しに振り向くと男がベンチから立ち上がっていた。
立った状態の彼は、思いのほか身長が高かった。夕也や慧介さんよりもいくらかあるだろう。目測で百八十センチいくかいかないか…。
「?」
返した踵を再び戻して、なんでしょうかと男に問う。
彼は眼前に来ては先程の私のように、喉に言葉を詰まらせていた。
「…み、り」
やっと聞こえた言葉の意味がわからない。
みり。ミリ?
何がいいたいのだろうか。
今ここで単位の脈絡はおかしいし、聞き間違いかもしれない。
私には聞き返すほか選択はなかった。
「はい?」
「君…ミリだよね」
「みり?」
どうやら人の名前らしい。
彼は私が『ミリさん』であるかと聞いているようだが、私は暁さんだ。ミリというあだ名にもなったことなどないし、かといってそれに聞き覚えなどなかった。
ミリって誰のことだ、と思った時には彼に左手を掬われていた。
「ちょっ」