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106回目のさよなら未遂  作者: 英汰一
【1】月見ず
4/7

暁鐘4

「ん?何か言った?」


「なんでもない。そういえば、何で今日は部活ないの」


「土日とも遠征だったんだよ。だから今日はお休み」


「へえ…どこ行ってたの?」


「名古屋」


「隣の県じゃん。うわあ、新学期序盤から大変そうだ」


「まあ、確かに大変っちゃ大変だけど楽しいぞー。暁もうちに来れば良かったのに」


「何を言う。あんたんとこ男しかいないじゃん」


「女もいるし」


「それに面倒だもん。運動嫌いだし」


「出たー!暁の面倒臭がり!!運動嫌いな割には平均より出来るよな…お前」


「運動が出来るという事と運動が好きというのは結びつかないのだよ夕也くん」


「…宝の持ち腐れだーーーーッ」



歩きながらのたわいも無い話は続く。

私たちの家は学校から然程離れてはいないが電車通学だ。

二駅、三駅くらいしか乗らない。

頑張れば自転車でも通えないこともないが、電車の方が何かと便利だったりするので私も夕也も電車通学をしている。

乗車して十分もしないで自宅の最寄り駅に到着し、そこからさらに十五分ほど歩けばもう私と夕也の家はすぐだ。



「んじゃ、気をつけて帰れよー」


「気をつけてって私の家すぐそこだし。もう見えてるし」


「もしかしたら、此処から家までの間で不審者に遭うかもしれないじゃん」


「んな馬鹿な」


「いやいや、分からないよ最近世の中物騒だから」


「この時間帯にこの距離で犯罪に巻き込まれるならもうここら一帯犯罪だらけだわ」


「油断は禁物だぜ?

優しい顔した野郎でも腹に何抱えてるか分からないぞ。誘拐とか洒落になんねえ怖え」


「なら、もしそういう奴に捕まったら金的食らわして全力で逃げるわ」


「…俺はお前も怖いよ」



じゃあね、手を振って夕也と別れた。

勿論その後に不審者に遭遇する事なく安全に家まで到着できた。




「…ただいまー」




鍵を開けて家に入るとリビングの方から「おかえりなさーい」と声が返ってきた。

靴を脱いで玄関をあがるとエプロン姿の女性が迎え出てくれた。

彼女の名前は阿嘉金 桐恵(きりえ)という。

ゆるくウェーブがかかった栗色の髪を一つに束ね、口元の黒子が特徴的な人である。



「学校はどうだった?」


「いつも通りでした。今日は夕也と帰ってきましたよ」


「そうなの!

高校に入ってからも仲良しで私嬉しいわ」


「奴が変わってるだけですよ」



くすくすと笑顔を浮かべる桐恵さん。

笑うと笑窪ができ、目元に細かく皺が寄って優しげであった。



「そうだ、暁ちゃん。帰ってきて早々に悪いのだけれどお使い頼んでもいいかしら」


「いいですよー。すぐに着替えてきますね」


「お願いね…その前に手洗いうがい!」


「はーい」





私が家族に対して敬語を使うのには理由がある。

実は、この阿嘉金家と私との血縁関係は皆無なのだ。

私の名字は確かに阿嘉金だけれど、肉体的、遺伝子的な繋がりは一切無い。


小さい頃(といっても物心もついている六歳前後)に私は公園で置き去りだったところを警察に保護され施設に入り、その後に阿嘉金家の養子としてこの家に来たのだ。


誰もいない公園で彷徨った記憶はある。

しかし、その前のことは全くもって覚えていなかった。

自分が何故独りで公園にいたのかも、何処から来たのかも、さらには肉親のことさえも。

唯一覚えていたのは自分の名前が“あきら”ということだけ。


ぽっかりと空いた記憶の穴。

それをどうしても思い出すことを出来ずに、はやくも十年以上近く経つ。




「桐恵さん、何を買ってきましょうか」


「お醤油と卵お願いね。はい、お金」


「わかりました」


「余ったお金で好きなの買ってらっしゃい。慧介(けいすけ)さんには内緒ね?」


「やった!じゃあ、行ってきます」


「気をつけてね」



慧介さんとは、この家の主人にして桐恵さんの夫だ。

寡黙な人で、桐恵さんと同じくとても優しく、そして心配性である。

幼心にも養ってもらうことに私は負い目を感じ敬語を使用していたことに、ずっと気にかけてくれていたそうだ。


私に帰る場所と、名字と、“暁”という名前をくれた人たち。

そんな阿嘉金夫妻に感謝してもし尽くせない。それにとても心配性な彼らには極力迷惑をかけたくないと何度と思ったことか。



「?」



スーパーへの近道の途中。

遊歩道を通り抜けようとしていた最中だった。

黒いスーツに身を包んだ男の人が、ベンチに座り深く項垂れているのが目に入った。

特に異様な光景という訳でもないが、思わず歩みを止めてしまった。



「…」




彼は先ほどからピクリとも動かない。

身じろぎくらい見えれば安心なのだが微動だにせず、さながら人形のようである。

ぶらりと放り出された腕は力無く、顔には前髪がかかり様子が一切分からなかった。


最悪の状況が思い浮かび身が震えた。



「大丈夫か、あの人…」



スーツを着ているし、若いように見える。新入社員だろうか。

あの人も五月病で会社が嫌になって逃避行中とか…?


それにしては違和感を感じる。

彼はあまりにも身軽過ぎた。鞄か何か持っていても可笑しくないのにどうやら手ぶらのようだった。

それがさらに拍車をかけて不安な材料となり、私をその場に縫い止めるには易かった。


どうしよう。


とりあえず声をかけるべきだろうか。

何処から悪くて動けないのならば大変じゃないか。

けれどもし何ともないのならとても恥ずかしい。

いやいやそれで彼が無事ならばそれでいいじゃないか。


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