綺麗なピエロ
私は、暗闇の中を漂っていた。上下左右の感覚がないこの空間は、あの暗闇のように冷たく凍り付いていた。
もう走る気力もない。あれからどれだけの時を走っただろうか。どこまで行っても暗闇というわけではなかったが、それでも私はここから出られない。
果てはあった。だが、そこに出口はなかった。
見慣れた鉄格子。ここは檻の中だった。終わりの見えない鉄格子は、底の見えないこの空間にずっぷりと刺さっていて、動く気配がない。下に降りていくことはできないみたいだ。ここから出ることができない。
なぜここにきてしまったのか。
もう、本当に。今度こそ本当に、心が折れてしまいそうだ。大嫌いな暗闇の中に、私独り。
「ねえねえ、どこに行くのお?」
その声は虚空から聞こえた。
慌てて周りを見回してみると、斜め上のところに人影が見えた。その人影は、ユラユラと揺れながら、上からゆっくりと降りてきた。
「君は、だあれ?」
口元に笑みを添えたそれは、ユラユラと左右に振れながら問いかけてきた。
「……私は、アルレシャ。闇を生きる徒」
「へええ。アルレシャかぁ。よろしくねぇ」
それはまたユラユラ揺れながら、ずいっと私の目の前まで近づいてきた。
「オイラはピエロだよお」
顔の見える範囲まで近くに来たピエロは綺麗な顔で笑った。
「……ピエロ? 名前はないの?」
私が恐る恐る聞いてみると、ピエロはむうっと唇を尖らせて、拗ねたように呟いた。
「オイラは自分の名前を持たないんだよお! でも名前、君がつけてくれるならそれでいいよお」
そういわれた私は、頭を悩ませてしまった。どうしてすぐに名前を付けられようか?
一通り悩んで、ようやく納得のいく名前を見つけた私は、ピエロに向かって名前を伝えた。
「じゃあ、サダルメリク」
付けられた名前を聞いて満足そうに笑うと、ピエロはユラユラと揺れて私を手招いた。
「座って一緒におしゃべりしよお!」