独りだけの空間で、私……
見上げても、空は見えない。
白く穢れた天井は嘗ての黒を失い、ぼやけて見える。恒星を描くために引かれた白は、幾度となく書き足され、最早判別もつかないほどである。
黒こそが全ての美であると主張していた父は、もういない。彼は自らが愛した黒に取り込まれ、そして消えていった。静かに手折られた花のように、彼はその生涯を閉じたのだ。私を、この暗闇に閉じ込めたまま。
暗さは日が落ちるにつれて深くなる。光となるのは、天井の白だけ。蛍光塗料により輝くそれは、私の唯一の心の拠り所だ。輝く天井は私にとってはまだ見ぬ空であり、すべては私の想像のうちに成り立っている。
夢を見ていたのだと、何度思おうとしただろうか。
この理不尽な『世界』も、錆びついた鍵も、鍵が取り付けられた鳥籠も、その籠の中から出ることの出来ない私の存在も……。なにもかもが夢であると思えたなら、いつか覚めることを信じて眠りにつけるのに。私はこの時までは、夢だけは誰にも縛られたりはしないと信じていたのだ。
ハンモックから飛び降りて鉄格子へ近づく。そこには叩き割ろうとして失敗した跡が確認できる。少し凹んだ鉄格子に対して、傷ついた私の手は複雑骨折だった。
思い出したくない思い出は、周りに残した傷跡と相俟って私の脳に働きかけてくる。この傷跡は、私がここから出られないということを体現したのかもしれない。錆びた鍵すら壊すことすら出来ないないこの腕は、ひ弱すぎて役に立たない。力なきものは捕食され、息絶えていく。私はこの檻の中で守られているのか、それとも……。
「飼い殺しにされているのか」
ぽつりと呟いた言葉は、私の代わりに檻を抜け、外へと逃げ出した。
夜、この檻の中には光は届かない。かろうじて届いていた光は、太陽とともに眠りについてしまった。
夢を見たいと思う時は、見ることのない夢を思って檻の外へと手を伸ばす。手を取る人など誰もいないのだと知っていながら、私は肩が閊えるまで暗闇に向かって、思いっきり手を伸ばす。いつか誰かが現実の世界で私の手を取ってくれるという夢を脳裏に描きながら、その夢に浸るのだ。手は、きっと今日も取ってもらえない……はずだった。
それは一瞬の出来事だった。
いつも通り込めていた力を抜いた手は、重力に従って静かに落ちていった。
その手を、彼が掴んだのだ。
彼は私の闇を掻き消すほどの光で檻の中を照らした。
「ねえ、君! どうしてそんなところにいるの?」
鳥籠の中を覗き込むようにして、彼は私に話しかけた。
その背には白い翼があった。この背にはない翼が、彼の背にはあったのだ。
暗闇の中に浮かぶその人が、私には天使に見えた。