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呪われ姫と強運の髭騎士  作者: 鳴澤うた
クレア城での怪奇現象
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(6)

「ソニア様、これで全部です」

「ありがとう」

 長持ちで足の踏み場がなくなった自分の部屋を見渡して、ソニアは苦笑した。

 長持ちの中には、亡き母の衣装や装飾類が保管されている。

「お母様は衣装持ちだったのね」

「ご実家から譲り受けた衣装や、ソニア様のお祖母様から頂いた物もございますからね」

 侍女頭の言葉に、ソニアは懐かしむように頷く。

 一ヶ月後の生誕祭に合わせて、幾つか衣装を揃えなくてはならない。

 クレア家は古い家柄のせいか、歴史ある装飾品が揃っていて、衣装はそれに合わせて仕立てられることが多い。

 代々付けている装飾品に、着ていた衣装をリメイクして現代風に整えて着るのだ。

 そして現在の当主であるソニアに合わせた衣装に、リメイクしないとならない。

「痛んでいる部分や虫が食っている衣装は一つに纏めて。無事なのはこちらに」

 侍女頭が指示を出す。

「色ごとに分けた方がいいですか?」

「そうですね、そうしましょう」

 仕立て職人も一緒になって長持ちを開ける。

 女性達は幾つになっても、どんな身分であっても色彩豊かで美しい衣装を見るのが好きだ。

 皆、ワクワクしながら長持ちを開けた。


 ――だが、一瞬沈黙があり、それからざわざわと小波が押し寄せるようにざわめきが大きくなっていく。

 ソニアも、開けた長持ちの中を見て呆然としていた。


 真っ黒なのだ――まるで焼けたように。


「いったいこれは……?」

 長持ちを確認する。煤になるほどに衣装が燃えているなら、長持ちにも焼けた跡があるはず。

 なのに衣装が入っていた長持ちを全て確認しても、そんな跡などどこにも残っていない。

「誰かが長持ちから出して燃やしてから再び入れたのでしょうか……?」

「違うわ……。長持ちの中で燃えたのよ。外に運んで燃やして中に入れたら、こんなに綺麗に衣装の形が残るわけ無いわ。入れるまでにバラバラになってしまう……」

 侍女頭の言葉にソニアは首を振る。

 じっと衣装の燃えかすを見つめるソニアの顔は、血の気が失せ、青白い。

 一心に変わり果てた衣装達を凝視し、身動きひとつしない。

「ソニア様」

 様子のおかしいソニアを侍女頭は、側にいた他の侍女達と抱えるように長持ちから離す。

 ソニアは長持ちから手が離れると、その場にストンと尻餅をついて動かなくなってしまった。

「クリスフォード様をお呼びして」

 侍女頭はソニアの意識を確認するように彼女の肩を擦りながら、そう他の侍女に頼む。



 程無くしてクリスがやって来て、長持ちを避けながら部屋の中央に座り込んでいるソニアに近付いた。

 ソニアの側まで辿り着く間、開けられた長持ちの中を覗いて、何がそんなに彼女を放心させたのか分かったクリスは、ゆっくりと優しい口調で彼女に語りかける。

「姫君、生誕祭まではまだ時間が充分ございますよ。私も知り合いの針子に呼び掛けてみましょう。だから、そんなにガッカリしないで――」

「違うの……」

「えっ?」

 クリスの言葉にソニアは反応し、ゆっくりと顔を向ける。

 大きなヒヤシンスブルーの瞳は、風に揺られる波のように揺れていた。

「長持ちに入っていた衣装は、お母様やお祖母様よりもっと前の時代から作られていた物で……。代が変わるたびに少しずつ手を加えて、修理して着てきた物なんです。クレア家の女性たちがずっと大切にしてきたのに……私の代でこんな……私、代々の先祖様になんて申し訳ないことを、何でこんなことに……私がクレア家を継ぐのは、相応しくないということなのでしょうか?」

「姫……それは」

「そう考えれば、今まで起きた不可解な現象もそのせいではないかと、神が身許から離れて俗世間に還るのを良しとしていなくて、罰として私に意思を知らせようとしていたのではと、それに気付かずに、のうのうと城に戻ってしまって――代々の大切な財産を……私はなんて愚か者なのでしょう」

 そうだ、そう考えればあの修道院から離れた時から、妙な現象が続いているのだ。


 これは一生神に仕えろ――というメッセージだったんだ。


「姫、それは違いますよ」

「でも……」

 今にも頬に伝いそうに溢れている瞳で自分を見つめるソニアを見て、クリスは微笑みを作る。

「我々の神は『罰』を与えません。人はこの世に何かしら役割を授かり生を与えられます。ソニア様は一生懸命クレア家の存続のために動いてらっしゃる。……一人になって辛い活動かも知れませんが、それでも貴女は頑張って務めを果たそうとしてらっしゃる。そんな姿を見て神が自分から離れたからと罰を与えるなんて、とても思えません」

「私、私は……」

「神の加護魔法を修得している私が言うのですぞ? 神の罰なら貴女の旦那になる私の魔法が、まず先に無くなると思いますが?」

 茶目っ気に片目を瞑ってみせたクリスに便乗して

「そうですよ! ソニア様には神の加護を持つクリス様がいらっしゃいます! 決して神様の下した罰ではございません!」

と侍女頭が力んだ様子で話す。

 他の侍女達も

「そうですよ! こんな悪どい悪戯をした奴を見付けて、とっちめてやりましょう!」

「自然現象かも知れませんよ? 調査してもらいましょうよ!」

と力強くソニアにもの申す。

 

 一気に空気が変わった――明るく元気な雰囲気に。


 ソニアも溢れそうになった涙を指で拭うと皆に笑って見せた。そうして身体を起こし、背筋を伸ばす。

「そうね! でも、今はこの長持ちの中を片付けて、それから生誕祭に着ていく衣装を新しく注文しなくては! 全部作り直しだから忙しくなるわよ!」

 はい! とそこにいた全員が元気に声を出し返事をすると、キビキビと自分の仕事をこなしていく。

 ソニアは、穏やかな顔でその様子を眺めているクリスに近付き恐る恐るながらも、しっかりと彼の手を握った。

 その行為に驚いたのはクリスだけでなく、本人のソニアもだった。

「良かった! ビリッとこないわ!」

 嬉しそうに手を握るソニアに反して、クリスの反応は意外なものだった。

「そ、そうですな……! 良かった良かった!」

 

 ――明らかに動揺している。顔もほんのりと血色ばっている。

 

 今までの大人の落ち着いた態度で自分に接していた彼なだけあって、その様子にソニアは首を傾げた。

「そ、そうだ! 私も手伝いましょう。長持ちの中を出して掃除するくらいなら、私も邪魔にはならないでしょう」

 そう言いながらクリスは、一番近くにあった一際大きな長持ちに手をかける。

「そのような仕事は侍女達に――キャッ!」

 止めようとしたソニアが突然、悲鳴をあげた。

 ガタン!

 と大きな音をたてて、長持ちの蓋が勢い良く閉じたのだ――クリスを中に入れて。

 ゴゴゴゴゴッ

 長持ちが大きな音を出しながら、一人勝手に床を滑っていく。

 他の長持ちや侍女達を引き倒しながら、部屋中大暴走だ。

「クリスさま―― !」

 阿鼻叫喚の中で、ソニアはクリスの名を呼びながら必死に追いかけていく。

「えい!」

 その掛け声と同時、長持ちの中から長くて大きい刃が貫かれた。

 仰天して立ち止まったソニアの前で、クリスが入っている長持ちも止まる。

「ハッッッッッ!」

 気合いの入ったクリスの声がくぐもって、長持ちの中から聞こえてくる。

 バキッ、バキバキ!

 厚い木材の割れる音を出しながら、クリスが剣を片手に長持ちから飛び出す。

「ハッハッッ! このくらいの事では、私の存在を消すことなど出来ぬぞ!」

 高笑いしながら誰にともなく公言したクリスに、そこにいた一同唖然としながら注目した。

 はた、と自分の剣で破壊した長持ちを一瞥したクリスは、後ろ頭を掻きながらソニアに謝る。

「あ……。姫君申し訳ない、長持ちを一つ壊してしまった」

「い、いえ……。それは構いませんけど……」


 ――問題とする点は、そこじゃないんじゃないかしら……

と思いながらもソニアは、しきりに謝るクリスに言葉を返した。


この事件の後、また侍女が数人辞めて城を去っていった。



 クリスが、王に勤め先を求めている者がいたら、クレア城に行くように勧めて欲しいと願書を送った。


 ――少しくらいの不意の出来事に、何とも思わない太めの神経を持つ者希望――と一言添えて……





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