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呪われ姫と強運の髭騎士  作者: 鳴澤うた
告白は私から
32/34

(3)

二話連続でいきます。

 会場は熱気に溢れていた。

 人と人が一つの場所に集まり、踊り、酒をのみ、仮面の奥に隠れた表情を読み取りながら会話をする。

 仮面を外すとそこには美麗に微笑む顔があるのか、嫌悪に染まった醜女か醜男か――

 互いが互いを探る眼差しが皆、強烈に熱い。

 それさえも、会場の熱気を作り、更に周囲を煽る。


「あつっ……!」

 ソニアも熱気に煽られ、逆上せたように顔が熱い。

「外で涼みましょうか?」

 クリスが、近くで給仕をしていた侍女から炭酸水の入ったグラスを二つ取り、一つをソニアに渡す。

 会話をしながらバルコニーに出た。

 バルコニーには既に何組かの先客がいて、初夏の夜に相応しい触れ合いを見せていた。

「――もっと違う場所を用意しております」

 クリスはベランダの柵の鍵を開けて、扉からソニアを連れて中庭に出た。

 今咲き誇るバラ園を通り過ぎ、あちらこちらに接地された篝火を通る。

 

 そうして辿り着いた場所は――

「東谷……」

 王妃のお気に入りの場所で、王室しか出入りを許されない場所。

「ご心配なく。王妃に断りを入れております」

 クリスは飲み干したグラスを、東谷に設置されているテーブルに置く。

「――事前にほら、このように」

と、クロスをかけた大きな籠を、どこからか出してきてソニアに見せた。

 クリスが自慢気に笑いながら籠からクロスを取ると、ソニアは歓声を上げる。

 籠の中にはシャンパンにチーズにクラッカー、スパイス入りのフルーツケーキが入っており、美しく薔薇が飾られていた。

「凄いわ! クリス様って魔法使いみたいです !」

「盛装した魔法使いでしょうかね?」

 さあ、お座りください、と大理石の椅子にクロスを引いてそこにソニアを座らせる。

 クリスがシャンパンを開けている間にソニアは、チーズやクラッカーを籠から出し、フルーツケーキを切り分けた。

「……なんかこうしていると、恋人同士か夫婦みたいですね」

「……えっ?」

 クリスのシャンパンを開ける手が止まった。

 視線が合い、ソニアは慌てて言い直した。

「――あっ! いえ、そ、そう!  兄妹?  兄妹でもあってますよね?」

というのも、クリスが篝火の灯りでも分かるほどに赤面していたからだ。

「……まあ、そうですね。うん、まあ……」

とクリスは、全く歯ぎりの悪い返答をした。

 シャンパンをグラスにあけると、クリスは一つを取る。

「取り敢えず、再会に乾杯をしましょう!」

 努めて明るい口調でソニアを促す。

「はい!」

 ソニアもグラスを取ると、軽くグラスを合わせた。


「そうだ、手紙に綴られていたご相談の事ですが……」

 クリスに唐突に尋ねられて、ソニアはチーズを喉に詰まらせそうになる。

 ――忘れていたわ……

 一瞬焦ったソニアだったが、この話を引き合いに出せば、告白しやすいのでは、と思い直した。

 そう覚悟を決めてしまえば、冷静になれた。

 グラスの中のシャンパンを空けると、テーブルに置く。

 それからアイマスクを外した。

「はい……あの事件からしばらく経って、国中に『クレア家の呪いが解けた』と情報が広まったようで……。突然、面識の無い方々からの贈り物や、パーティーの招待状が届くようになったんです。それならまだしも、クレア城付近で遠乗りでここまで来た、水を一杯くれないか? とか、道に迷ってしまって一泊宿を頼みたいとか――殿方が連日にやって来て……」

 ソニアは思い出して、つい溜息を付いた。

 呪いが解けたと知った途端に、このモテ方――ついていけない。

 マチューや執事頭、それに侍女頭に対応を任せてあるが、それらをかいくぐってくる若者達もいる。

「中央教会の司祭達が、ここぞとばかりに宣伝して回っておりましたからな……。布教に寄付金を集めるチャンスだとはいえ……」

 クリスもアイマスクを外しながら唸る。気難しい表情をしていた。

「流石に自粛するように、王からの勅命が下されても……」

「はい……皆様の勢いは収まりがありませんでした。驚いたのは城壁を登って部屋に侵入しようとした方がいて……」

「――えっ? 泥棒ではなくて、ですか?」

 ソニアは無言で頷く。

「たまに熱心な若者が、無謀なことをやるらしいですが……ソニア様には危害は?」

 心配そうに覗きこんでくるクリスの顔を、恥ずかしくて見れないソニアは顔をそらした。

 それを、

『何か如何わしいことをされた』

と読み取ったクリスの顔から、余裕が消えた。

 代わり、身震いが起きるほどの怒りが彼の身体中を支配する。

「……おのれ! ソニア様の純潔を!  誰なのです!  奴は名を名乗りましたか!  まさか名乗らずに逃げたのではありますまいな!  顔は? 特徴は!」

 急に沸騰した湯のように全身を真っ赤にし怒りだしたクリスに、ソニアは慌てて話を続けた。

「だっだっ大丈夫です!  なにもされていません! というか、なにもされていないどころか、私の部屋に忍び込む前に転落してしまったんです」

 シューゥゥ……と音を立てて、クリスの熱が冷めていく。

 それを見てソニアはホッと安心した息を吐いた。

「――その一件があって……私、早いうちに結婚した方が、周囲の熱が収まってくれるんじゃないかと考えて……その、色々考えたんです」

「……そうでしょうね……お決めになった方が、落ち着くでしょうね」

 ソニアは息を大きく吐く。

――言うのよ、ソニア。

「私、出来れば、歳上で包容力があって、明るくて、逆境を跳ね返す力があって、腕っぷしも良くて、どこかお可愛らしい方が良いと……思って……」

「歳上で包容力があって、明るくて、逆境に強くて、腕っぷし……剣の腕前ですかな? それでお可愛らしい……顔がですか?」

 ウームとクリスは考える。

 ソニア様には、どうやらこれに当てはまるお方に恋をしていらっしゃるようだ――クリスは考えるふりをしながらも、消沈していた。

(なら、せめてソニア様の想う相手と添い遂げさせよう)

 そう思っていた時だ。


「クリスフォード・コルトー様をお慕い……して……います」


「――えっ?」

 間が空いた。

 まさか今、自分の名を上げなかったかとソニアを見ると、真っ赤な顔をして不安げに拳を作る彼女がいた。

「私、好きです。クリス様の事。例え同僚の女騎士様がお好きでも、私、この気持ち……伝えたか……った……」

 涙が溢れて、抑えようとすると口が震えてしまう。

 自分の気持ちを伝えてスッキリして、彼の結婚を祝福しよう――ソニアは涙を抑えるのを諦めて、指で拭いながら告白を続ける。

「クリス様の励ましに、明るさにどんなにか救われたか。私、貴方に出会えてよかった。でなければ、ここにこうして無事な姿でいなかった。出来れば、クリス様とずっと一緒にいたかった……でも、クリス様にはお慕いしている方がいらっしゃる……私、これ以上我儘は言いません。今夜、こうしてクリス様と二人でいられたことを大事にして生きていきます」

「――待ってください。その、女騎士とは……? 一体どなたの事を仰って?」

 てんで分からない、といった様子でソニアの言葉を遮り尋ねてきたクリスに、

「昨日、アンリ殿下から聞きました!  『今女騎士と王を交えて深刻な話をしているから』と!」

とソニアは、感情のままに答える。

 それで悟ったのか、ああ、とクリスは呆れたような表情をした。

「酷いわ!  そんな呆れ顔をしなくても!  私がクリス様を好きなのがそんなにご迷惑なの!」

酷い!――いくら歳の差があっても真剣な想いを告げたのに!

「私を子供だと思って、そんな態度でいらっしゃるんですか!」

 ソニアの解釈にクリスは、驚きながらも否定した。

「呆れたのは殿下に対してです。深刻な話だなんて、からかわれたのですよ、私とソニア様は」

「……えっ?」

 今度はソニアが、訳が分からないとポカンとする番であった。

「王がセヴラン様を、誰かの元に修行に行かせようとご相談があったのです。修行に行かせる場所も任せる相手も決まっていたのですが、そこまで行く道中をどうしようかという話でして。道中も修行の一環として見ようと、騎士二人に治癒師の計四人で向かうことに決まったわけです。その一人がアンリ様が申していた女騎士です」

「そうでしたの」

 ホッとしたのも束の間、ソニアの顔が悲しみに塞ぐ。

「騎士二人-と言うと……あと一人はクリス様……?」

「――のはずでしたが、丁重にお断りをしました。三ヶ月鍛え直しましたが……私では無理なようで……」

力が抜けそうになるような溜息を吐いたクリスを見るにつけ、相当セヴランの反抗されたのだろうと想像できた。

「……それに私にも、やらねば後悔すると思った事があったのです」

 クリスの表情が変わった。

 息を飲むほどに真剣な表情で、自分を見つめている。

 その食い入るような眼差しにソニアは熱さを感じ、胸の鼓動が早くなっていくのを感じた。

「本当なら、私から言うべきでした」

 そう言いながらクリスは、座るソニアの目の前で片膝をつく。

 そうして彼女の右手をそっと両手で包んだ。

「ソニア様をお守りして、貴女の困難に立ち向かう直向きさと勇気に私は胸を熱くしました。どんな辛い状況でも、相手を思いやる心をソニア様は、決してお忘れにはならなかった。たまに見せる憂いの表情に、私は貴女をいつも微笑みの絶やさないようにして差し上げたいと思っていた。私はもう四十近い男でしかも、武芸にしか秀でていない。それでも、貴女が願えば領地経営等の勉学にも励みましょう。毛深いのが嫌なら毎日剃ります。髭も気を付けます。貴女に嫌な思いは決してさせません。どうか、私とこれからの人生を共に歩んでほしい!」


 しばらく間があった。

 涙も引っ込み、ポカンとしてクリスを見ていたソニアの口がようやく開く。

「……もしかしたら……求婚、ですか……?」

「もしかしなくても求婚です」

「嘘……! だって私のこと、子供にしか見えないでしょう?  クリス様はそう――もっと大人で女らしい、王太子妃のようなお方が、お好きなのではないですか!?」

「王太子妃?」

 クリスは意外な人の名前が出てきたと言う顔をしたが、ああ、と思い当たったのか顎を擦りながら告げる。

「確か以前に、そのような噂話が王宮に通う貴婦人の間に出ました。言いたくはありませんが、数人の貴婦人の王太子妃に対する嫉妬からです」

「それは……?」

「王太子妃がアンリ様とのご成婚が決まった時にです。――選ばれなかった女性達の嫉妬で、捨て置けないとアンリ様直々に全面に出て、噂を広めた貴婦人たちに注意と警告をして、鎮静したかと思っていたのですが……」

 まだ噂が尾をひいていたのですか、とクリスは大息を吐いた。

「……では、みんな誤解だったんですね……」

 脱力したように長い溜息を吐くソニアを見て、クリスは深い笑みを浮かべた。

「仕切り直しをしても宜しいかな?」

 今度は手に軽い圧力がかかり、ソニアは再び鼓動が逸るのを感じた。

「簡潔に言います。ソニア様、私と結婚してください」

 目の前にいる騎士は、真っ直ぐに真摯に自分を見つめる。

 

 初対面で思った熊にはもう見えない。

 もう髭だって、毛深くたって怖くない。

 自分に熱く求婚をするのは、一人の国の宝である騎士の一人。


 ――自分の危険を顧みずに、私の窮地に手をさしのべてくれた方。


 今度は温かい物と共に、嬉しくて瞳から涙が溢れては頬を伝う。

「……嬉しい……本当に私でも良いんですか?  こんな子供にしか見えないでしょう?」

「何をおっしゃるか!  ソニア様は素晴らしい淑女でいらっしゃる!  短い間でもそれはよく存じております!」

 クリスは力強く言い放った。

 ソニアも彼の手を握り返す。

「これからもどうぞよろしくお願いします、クリスフォード様」

 ソニアの承諾にクリスは破顔した。

 

 今までに見たことのない彼の笑顔は、嬉しいのと泣きたいのとが混じったようなものだった。









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