(2)
王宮に到着しても、ソニアは注目の的であった。
夏至祭は明日から。
パトリス王と王妃にまず挨拶の為に、謁見の間に向かう。
その間にも、王宮に仕えている者達の注視が熱く注がれる。
王宮仕えの中には、高い身分の貴族の子息だっている。その者はすぐに分かった。
豪華絢爛な格好でこれ見よがしに、ソニアの視界に入ってくるからだ。
一足早く煌びやかな装いで、咳払いをしたり、「もし? こちらを落とされましたか?」とわざわざ用意したのだろうハンカチを渡そうとする仕官など、様々な方法でソニアに近付こうとする。
一歩進めばそんな状態で、ソニアも呆れを通りすぎてイライラしてきていた。
(先に進めないじゃないの!)
この直線コースの渡り廊下に、いったい何人潜んでいるのか――ソニアは回れ右をして帰りたくなった。
「ソニア!」
そう名を呼び、こっちに向かって駆け寄ってくる人物が誰だか認識すると皆、慌てふためいて腰を折る。
ソニアも驚いて最大の礼を取った。
「渡り廊下の様子を聞いて、迎えに来たのだよ」
「まあ……! 王太子様に、わざわざお迎えにきて頂けるなんて。身に余る光栄に存じます」
「堅苦しい言い方はよしてくれ。昔のようにアロイスお兄さまと呼んで欲しいものだ」
はは、と快活にアロイスは笑うと、ソニアの手を取って歩き出した。
「皆の者、祭りにはまだ早い。恋に花を咲かせるのは明日からにして、今日は各々の役目を果たしてくれ」
凛とした声で、浮き足だってこちらを見つめている若者達に諭すように告げる。
王太子が自らエスコートでは、下手な振りをして近付けないというように、周囲の歩行の邪魔は無くなった。
「すまないね、王宮内でもそなたの話で持ちきりでね。お近付きになりたくて仕事に手がつかないらしい」
「何だか、噂が一人歩きしているようで……。あれを倒したのもクリス様あってのようなもの。それなのに王宮の仕事にまで、差し支えが出るようなことになるまで大袈裟になるなんて……」
申し訳ありません、と謝るソニアにアロイスは朗らかに笑った。
「――何、ソニアのせいではないのは分かっている。気にすることはない」
そう言うと、
「実は今、王と王妃はクリスと女騎士を交えて話をしていてね、もう少し時間がかかりそうだから私と王太子妃の三人でお茶をしようと誘いに来たのだよ」
と、軽くウィンクしてみせる。
「――クリス様が? 」
女騎士――何のお話をしているんだろう、とソニアの眉間に僅かな皺が出来る。
気になるのか、とアロイスは意味ありげに微笑む。
「彼の将来に関わることだ」
――将来?
「……結婚……とか……でしょうか?」
さりげなく、平静を装いながら尋ねたつもりでも、声が震えてしまう。
「私は部外者でね。答えることは難しいな」
アロイスはそう答えると、ソニアを客室の一つに案内した。
そこには綺麗な青色の瞳を持つ、華やかな彼の妻がソニアを出迎えてくれた。
瓜実の綺麗な輪郭に、笑うと揺れが分かるほどの長い睫毛は、更に彼女を華やかにしていた。
クリスと噂のある王太子妃と対になって茶を飲み、ソニアの心は複雑だった。
はっきりとクリスとの関係の真実を聞くことも出来ず、この後の王と王妃との謁見も気がそぞろで何を話したのかよく覚えていなかった。
◇◇◇◇
夏至祭は夜から始まる。
夜が明けて、パメラが侍女のお仕事とばかりに寝台のカーテンを開けた。
「ソニア様、起きてください」
と、のっそりと身体を起こしたソニアを見て、パメラはぎょっとした。
彼女の目の下の隈が、半端なく青い。
「ソニア様、もしかしたら寝ていないのですか?」
こくん、頷くソニアの表情は暗い。
じめっとして、今にも大粒の涙を流しそうな雰囲気だ。
恐らく原因は、昨日アロイス様から聞いたクリス様の件だろう。
「……ソニア」
パメラは侍女の仮面を外し親友の顔に戻ると、寝台にいるソニアのすぐ近くに腰を下ろした。
「諦めて良い友人としてお付き合いする? そして、呪いが解けた瞬間から求婚してきた、あまたのご子息の中から選ぶ?」
ソニアは弱々しく首を振った。
「……でも、クリス様にはもう心に決めたお方がいらっしゃるようなのに……私、告白する勇気が消えてしまったわ。エスコートなんてお願いしなければ良かった……」
ポロポロとソニアの頬に涙が伝う。
パメラは、自分の真っ白なエプロンでソニアの頬を拭う。優しく労りをもって。
「ソニア、駄目でも何でも、ちゃんと自分の気持ちを伝えるつもりでここに来たんでしょう? 忘れちゃったの?」
「忘れていないわ。私、何処かで大丈夫って、確信もないのに告白を受け入れてくれるって思っていたんだわ、きっと」
じゃなければ、告白することがこんなに怖いわけない。
「じゃあ、告白するのは止める?」
「……」
止めて私はどうするんだろう?
今夜の夏至祭をただ、クリス様と過ごす。
甘い夜にならずとも、一緒に過ごす幸せを噛み締めることが出来るだろう。
――でも、夜が明けたらそれも終わる。
私はその一晩を胸に、他の男性を伴侶に選び
クリス様は他の女性と――
それでも良いじゃない。
なのに胸が苦しい。誰かに押さえ付けられているみたいだ。
考え込んでしまったソニアの、硬く握られた拳にパメラはそっと自分の手を重ねた。
「ソニア、私ね貴女が羨ましい。だって、こんなに悩むほどに好きな人が出来たんだもの」
「パメラ……」
顔を上げてパメラを見る。
いつもの、穏やかに笑う彼女の姿があった。
「私達貴族の子女は、大抵親が相手を決めるでしょう? 皆、納得して、結婚してから相手と恋愛する……一般から見れば逆な手順よね? だから、この人と愛し合えるかしら? なんて不安を背負って一緒になると思う。だって、それまで他人の男性に恋心を抱いたこともないままに、結婚する人が多いもの。――でもソニアは、これが恋心でこれが相手を好きになる気持ちだって知った」
「……パメラ」
パメラの、ソニアの手を握る手に力が籠る。
「その気持ち、相手に伝えないで良いの? こんな気持ちをくれた相手に何も伝えなくて……本当に良いの?」
――はっ、とした。
そうだ。この気持ちを知ってもらいたい。ただそれだけでも良いんだ。
「私……凄く贅沢な気持ちでいたわ……。クリス様をお慕いしています、と伝えたい、それだけで良いと思って来たのに……すっかり怖じ気ついて」
ソニアは自分の指で涙を拭いながら、パメラに笑いかけた。
「ありがとう、パメラ。私頑張る! ちゃんと告白するわ。結果がどうであれ!」
「ソニア……!」
パメラとソニアはお互いに抱き締めあい、笑いあった。
「――さあ、決まったらソニアはもう少し寝るべきだわ。寝不足で酷い顔だもの」
「そんなに酷い?」
手鏡を所望したソニアにパメラは、
「止めた方が良いわ、立ち直れないわよ」
と舌をペロッと出しからかう。
「――もう!」
またひとしきり笑いあうと、よく眠れるように甘い紅茶を煎れてくるわ、とパメラは下がった。
親友の後ろ姿を寝台の上から見送りながらソニアは、
「ありがとう」
と、感謝の言葉を口にした。
◇◇◇◇
勝負の夜がやってきた。
夏至祭――
真夏の夜の夢といわんばかりに、民も貴族も各々好きな衣装を着ける。
それは、妖精を模倣したり動物の姿をしたり――様々だ。
今年の夏至祭は、悪魔や天使に祭司に騎士。そして姫の姿で模倣した仮装が民に大流行だ。
勿論、ソニアも仮装を意識したドレスを着込む。
(とはいうものの、自分の模倣なんて嫌だし、悪魔なんてコリゴリ)
造った衣装は青緑のサテンのドレスに、妖精の羽をイメージした透き通る素材の生地を背中に縫い付けた。四枚の羽のうちの二枚は、手の人差し指にはめられるように指輪も縫い付けてある。
――そして
夏至祭に必要なのは――マスク!
マスクを付けても結局は知り合い同士にはバレまくりなのだが、秘密の香りが会場に漂うようで大盛況の秘訣の小物だ。
ソニアも、白地に金のラメを唐草模様に貼り付けしたアイマスクを付ける。
それだけなのに、鏡に写る自分が別人に見えてきて、いつもとは違うことが出来るような気がしてきた。
(クリス様に告白出来そう!)
と、勇気も更に湧いてきた。
戸を叩く音にソニアはシャン、と背筋を伸ばす。
侍女がワンピースの裾を摘まみ、軽く会釈をする。
「クリスフォード様が、おみえになりました」
「すぐに行きますとお伝えして」
ソニアは支度を手伝っていたパメラと、衣装の確認をしながら侍女に伝える。
「楽しんできてね、ソニア」
励ましを含んだパメラの言葉に、ソニアは微笑んで頷いた。
「お迎えに上がりました、ソニア様」
そう会釈をして顔をあげたクリスを見て、ソニアはしばらく口が開いたままであった。
「クリス様、お髭が……。それに髪も……」
クリスも目元周辺だけをかくすアイマスクだったので、その下――鼻や口、輪郭が分かる。
――あの耳の辺りから顎まで生え揃っていた髭は綺麗に剃られ、刈り取った麦畑のような短髪のヘアスタイルから一辺、伸びた茶髪を綺麗に撫で付けて揃えた彼の姿があった。
ソニアのあまりの驚きようを見たクリスは、気恥ずかしいように頬を掻く。
「そんなに変わりましたかな?」
「ええ、別人かと……」
マスクを付けているせいもあるが、声を聞けばクリス本人だと分かるのだが、あまりにも印象が違う。
「まあ、あの姿は悪魔退治のコスチュームだと考えていただければ……と、」
でも、とクリス。
「結構気に入ったので、しばらくは髭つき短髪でいようかと思ったのですよ――そしたら」
クリスは、忌々しいそうに髭を生やしていた顎を擦る。
「『お守り』だ『厄除け』だの『縁起物』だの言って、周囲が容赦なく抜いていくんですよ、髭……。それだけでは物足りないと言わんばかりに、髪まで抜こうとして……!」
「……まあ!」
「痛いの何の! もう生やしてられなくて剃ってしまいました。髪は禿げるのは勘弁して欲しいので伸ばしたわけです」
理由を聞いてソニアは、しばらく茫然としていたが……
「まあ、やだ、大変でしたのね、クリス様」
と手を口に当てて、クスクスと笑いだした。
「いやあ、本当に! しばらく顎周辺は血だらけになりましたよ」
「お手紙に書いていただきたかったわ。肌荒れに効く塗り藥をお送りしたのに」
「そうでしたな、それは気付きませんでした」
二人でひとしきり笑うと、クリスが腕を差し出す。
「さあ! 今夜は充分に楽しみましょう!」
「はい!」
ソニアは返事をすると、クリスの腕に手をかけた。
「今夜の夏至祭は妖精の仮装でしたか。よくお似合いですよ」
言われ、ソニアの頬が染まる。
「クリス様は……?」
普通の、舞踏会や夜会に着るようなドレスコートで、何かを模倣しているように見えない。
「色々考えたのですが、どれも今宵には合わない気がしたのです」
と歯並びの良い白い歯を見せた。
「……そうですか」
きっと好きなお方が見ても良いように――なんだろうな。
昨日、一緒に王とご相談をしていたという女騎士の方なんだろう。
チクチクとソニアの胸が痛んだ。
(本当は、今夜はその方と過ごしたかったはずよね……)
彼女に申し訳ない気持ちも余計に胸を痛くさせた。
――ごめんなさい。
ソニアは痛みと共に謝罪を飲み込んで、クリスに微笑む。
(今夜だけ、今夜だけはどうかクリス様と過ごさせてください。きちんと告白をして自分の気持ちに区切りをつけますから……)
次回二話投稿します。それで本編はおしまいです。




