(1)
賑やかな昼間の城下街を、立派な馬車が何台も連なって通り過ぎる。
特に中央の馬車は壮麗で、四頭の白く美しい馬が誇らしげに闊歩している。
住民達は馬車に引かれないよう端に避けて、その行列を目を皿のようにして見送っていた。
「豪華な馬車ね。何処かの国からの招待客かしら?」
街娘が自分が着飾って馬車に乗っている姿を想像しながら、一人心地に呟く。
「違うよ、馬車の後ろに付けられた紋章を見てみな。――あれは国内屈指の資産家の、クレア家の馬車さ。夏至祭にお出でになったんだろう」
街娘と果物の仕出しをしていた青年が言いながら、ほら、と通り過ぎていく馬車の後ろを指差す。
それを聞いて街娘だけでなく、近くで屋台の準備をしていた民達が一斉に騒ぎだした。
「あれがクレア家の!」
「悪魔を追い払ったという、勇ましい姫様の!」
「お顔を拝見したかったわ!」
「可愛らしいお方だと聞いているよ。凄いよね、可愛いだけでなく、呪いをはねのける力と知恵がおありなんだって」
「きっと神様に、全てを与えられたお方なんだよ」
『クレア家の女当主が、長く苦しめられてきた悪魔の呪いをはねのけた』
その事件は貴族達だけでなく、国の住民達の間にも瞬く間に広がった。
『知恵も勇気もある、しかも若く可愛らしい姫当主』
ここ三ヶ月間、持ちきりの話題となっていた。
数台連なって走っていた馬車は、中央の一際見事な馬車とその前後の馬車を残して、王宮へと向かった。
残った馬車は方角を変え走り、中央教会に隣接して建てられた修道院の前に止まった。
若い従者が馬車の後ろから降り、扉を開ける。
差し出された白い手を従者が恭しく取ると、馬車から出てきた令嬢の足元を気にしながら、地へ降ろした。
初夏に相応しい淡いグリーンのドレスに、金茶の緩やかに波打つ髪をレースのベールで覆う。
ヒヤシンスブルーの大きめな瞳は清涼感溢れ、小さめの口にはオレンジの紅が鮮やかに乗せられ、快活そうに笑みを形作っていた。
修道院の扉まで出迎えてくれたのは、シスターと、
「ソニア!」
明るい声で名を呼ぶパメラだ。
「パメラ!」
ソニアも負けないくらい明るい声で、親友の名を呼ぶ。
お互いに引き寄せられるように抱き合った。
「身体の方は? 平気?」
「もう、すっかりよ! これから張り切って、ソニアのお世話をするつもり」
ファーンズと、彼を死してもなお操っていた悪魔バフォメットを追い払って、二ヶ月が過ぎようとしていた。
パメラは乗り移られたせいか、体力が著しく落ち、悪魔に憑かれたこともあって修道院に搬送。そこで療養をしていたのだ。
「……パメラ、本気なの? 私に仕えるって……。お金の返済なら貴女の叔父と話し合って、きちんとした返済計画をたててあるから平気よ?」
パメラの叔父の事業が芳しくなく、パメラの両親からの遺産にまで手をつけていた。
それでも立ち行かなくなり、更に借金を重ねるために評判の良くない金利業者の妻にと、パメラを差し出そうとしたのだ。
ソニアは自分が金を担保・利息無しで金を貸し、今までの借金を返す変わり、パメラの婚約を解消にしてもらい、事業をこちらが引き受けた。
信頼ある者に、叔父を監視の元、経営学を再教育させながら代行をやらせている。
監視役が王からの派遣者だというのが効いているのか、経営学に励みながら事業の代行に精を出していると報告を受けている。
眉を下げて自分を見るソニアに、パメラは笑みを作りながら「いいえ」と首を振った。
「これは私の願いなの。私自身ソニアに凄く助けてもらった。貴女の私への友情を疑ってた。それに対しての恩返しと反省も兼ねているの」
「……でも」
それでも、と渋るソニアにパメラは、
「私が貴女の侍女になっても私は友達だと思ってる。ソニアは?」
と尋ねる。
ソニアは慌てて首を振った。
「友達よ! 一番の友達だわ!」
「でしょ?」
二人、ふふと笑い、いつものように手を合わせ額を当てる。
「それに私、とても嬉しいのよ? だってこれからもソニアと一緒にいられるんですもの」
「私もよ」
「でも公の場所では貴女のこと主人として接するから、臨機応変よろしくね? ソニア様」
パメラがチロッと小さく舌を出す。
茶目っ気な彼女の様子にソニアも笑って、
「これからもおよろしくね、パメラ」
と淑女らしく膝を折って挨拶をした。
「さあさ、ここで立ち話は何ですから中に入りましょう――私もソニアの武勇伝を聞きたいわ」
とシスターに促され、修道院の中へ入っていった。
最後に会った時、シスターに対してあんなに猜疑心に満ちていたのに、今は彼方に飛んでいったように穏やかな気持ちで接することができる。
長い煩いが、ようやく解消された――そんな清々しさがある。
まるで、悪魔が全てを持ち去ってくれたように。
呪いが解かれたと聞いて、真っ先に駆け付けてくれた一人であったシスター。
ポロポロと流す涙も拭いもせず「良かった」と自分の無事を喜んでくれた。
彼女の情を疑っていたなんて。
(私にも付け入られる隙が沢山あった)
ソニアは、相変わらず慈愛溢れた眼差しを向けるシスターに微笑みながら、彼女の煎れたお茶をたしなんだ。
「――それで、悪魔バフォメットの接触は無いの?」
シスターが心配そうにソニアに尋ねてきた。
「はい。正体もばれてダメージも受けたから、あの悪魔からは接触はないだろうと。悪魔は警戒心がかなり強いから、とクリス様や教皇様が仰っておりました」
「……長く執着してとりついていたのはファーンズ司祭、ということなのかしらね。やはり『人』だからこその執念なのでしょう」
シスターが残念そうに大息をついた。
同じく神に仕える身でありながら欲に落ちていき、最後には悪魔と地に堕ちた神職者のことを考えると、やりきれないようだ。
あの一太刀の後、切り裂くような悲鳴の中、消えていったのはファーンズの顔だった。
バフォメットは察知し素早く逃げ去ったのだろう。
シスターは胸の所で十字を切る。
「地に堕ちたとはいえ、元はわたくしの家族。早く罪に気付いて贖罪を送れるように、祈らずにいられません……」
シスターはそう締め括った。
◇◇◇◇
日が傾く前に、シスターと別れを告げソニアは、夏至祭の招待を受けた王宮へと馬車を走らせる。
勿論パメラも一緒だ。
パメラはお付きの侍女として、襟高のナイルブルー色にパフスリーブの袖、ローウエストの襞のないドレスを着込んでいた。質素なデザインでソニアが不満を漏らし、襟に真っ白な大きなレースの付け襟を足して若々しさを出した。
「……可愛いけど、こんな良いのに……」
パメラが、高級そうな襟を摘まんで口を尖らすのを見てソニアは、
「良いの! これからどんな出会いがあるか分からないのよ? 気を抜かずにこうやってお洒落心を出さないと!」
と摘まんだ襟を整えてやる。
「そうね! ソニアのお付きの侍女となれば、きっと数多くの有力な素敵な方達とお目通りが出来そう!」
恋愛話になると途端パメラの目が輝く。恋愛に結婚は諦めないと態度が語っている。
修道院にいた頃の彼女と変わっていなくて、ソニアは苦笑した。
「恋する男性は、出来れば包容力のあるお方が良いわあ――クリスフォード様のような!」
「クリス様のお友達なら、パメラのお目にかなうお方がいらっしゃるかも知れないわ」
パメラはクリスの名を出した時の、ソニアの一瞬だけ見せた表情を見逃さなかった。
「クリスフォード様とは、あれ以来お会いしていないの?」
ええ、とソニアは寂しげに微笑んだ。
「でも、お手紙のやり取りはしているの。三日と空けずに返して頂いてるし、一緒に可愛らしい贈り物も送って下さるから……好意はあると思ってる」
「クリス様は本当にソニアのこと、何も思っていないのかしら?」
婚約者のふりをし、ファーンズや悪魔の目を誤魔化して、実際の被害がソニアにいかないよう仕向けてくれたクリス。
そして、庇いながら呪いに力を貸す悪魔の正体を突き止めて、共に戦ってくれた。
あの時の彼の手の温かさを、ソニアは忘れてはいない。
『もう、大丈夫ですね……?』
そう微笑んで、騎士らしく手の甲に恭しく口付けを落とし、去っていった。
「セヴラン様を鍛え直す日々でお忙しい、とお手紙に書いてあったけど、今回の夏至祭のエスコートをクリス様にお願いをしたの」
「それでお返事は? 頂けた?」
「ええ、クレア城に毎日沢山の求婚者からの贈り物やお手紙や、ご訪問まで来るお方がいますが、急に大勢の方から求婚されて誰を選んでも喧嘩に発展しそうだから、顔の広いクリス様にご相談にのって頂きたいと――そう付け加えたの。そうしたら快い承諾をもらえたわ」
その内容を聞いて、パメラはホッと安堵した。
勿論、それはソニアの気持ちを知っているからだ。
パメラは、向かい側に座るソニアの手をしっかりと握る。
「影ながら応援しているわ!」
「ありがとう、パメラ」
夏至祭で、私の気持ちを余すことなくお伝えしたい――
例えクリス様が、私を一人の女性として見ていなくても……
次回は未定です。とりあえず活報で。