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呪われ姫と強運の髭騎士  作者: 鳴澤うた
信じるのは貴方
29/34

(5)

<―― !>

 バフォメットが気付いた時には遅かった。

 蓋が開き、パメラめがけて化粧水が飛沫をあげる。

<何をする!>

 ソニアの理解できない行動に批難する言葉と、空を切り裂く悲鳴が響いた。

「パメラ!」

 ソニアはパメラに飛び付き、その柔らかな身体を抱き締めた。

 絶対に離さないというように強く。

「パメラ!  目を覚まして!  負けないで!」

<ぅうっ……!  クレア家の娘!  貴様、聖水を身体に付けて! 離せ、熱い!>

 肉の焼けるような臭いが、ソニアの鼻孔を刺激した。

<止めろ、離せ!  この娘の身体が焼けるぞ!>

 もがき苦しみながらソニアに訴えるが、彼女はますますしがみついた。

「焼けて苦しいのは、パメラじゃないわ!  パメラの身体の中にいる貴方よ! これはパメラが作ってくれた物よ!  自分で火傷するようなものを作るわけがないわ! ――パメラ! 聞いて! 私、貴女が大好きよ!  貴女に嫌われていても良い!  これから友人として付き合えなくても良い!  貴女が嫌いでも私は……貴女を嫌いになれない! だって、貴女がいてくれたから私は救われたんだもの!  今度は私がパメラを救いたいの! ――パメラ、目を覚まして! 助けるから! 絶対に助けるから!」

「ソ……ニ、ア……」

 パメラの声だ。

(パメラ、パメラ!)

「負けないで!  負けないで!  悪い奴等を追い出して!」

「私、もソニアが……だい……好き……」


 ――なのに、嫉妬が後から後から湧き出て、止まらなかった。

 そんな自分が嫌で

 自分なんて呪われてしまえ!

 ――そう思った。

 流れてしまって、ソニアに知られたくなかった。


 パメラに抱き締められる。

 それは彼女自身の意志の力だと、ソニアは感じた。

 パメラの思いが彼女の身体から伝わった気がし、ソニアは更に強く彼女を抱く。

<止めろ!  何をする!>

 パメラの背中から、虫が脱皮したかのように白い靄が現れた。

 その靄は、見た目重々しく個体に見える。

「パメラ! こっちへ!」

 ソニアは、急にぐったりと自分に寄り掛かるパメラを引き摺って行く。

 パメラも失いそうな意識の中で、懸命に足を動かす。

「ソニア様!」

 荒々しく扉が開き乗り込んできたのは、マチューと執事頭だった。

「貴方達! 扉の外にいたの?」

「クリス様の命令です。万が一、危機があったらソニア様を避難させるようにと!」

 執事頭がパメラを抱き上げて避難する中、マチューもソニアを祈祷所の外へ連れ出そうと抱き寄せた。

「――駄目、離して!」

 ソニアはマチューの腕を振り払う。 ヒヤシンスブルーの瞳に、意志を乗せて。

「今が呪いを払うチャンスなの!お父様やお母様、それにお兄様達にお祖父様達の不幸を繰り返さないためにも!」

 そう大きな声で告げながら、ソニアはクリスの横に転がっていた剣を取る。

「私にはクレア家を守らなくてはならない。そして、この地に住む民達の生活を、守らなくちゃいけない。パメラやマチューや、助けようと手を差し伸べてくれたクリス様――私を思ってくれる人達のために引かないわ!――私にはこの呪いを弾く意志があります!  あいつになんか負けたりしない!」

 ソニアは今だ、もがき苦しんで床を転がっている白い真綿のような物体目指し、ヨタヨタ歩いていく。剣を引きずりながら。

「お、じいさま……!  剣を握るのが女かも知れないってことも……毛頭に入れて作って……!」

 重すぎて持ち上がらない。剣先が床につく。それでもソニアは渾身の力を込めて、剣を持ち上げようと足を踏ん張る。

(守るのよ、 絶対に!)

 ――その時、後ろから剣の柄を共に持ち、剣を上げる者がいた。

「ソニア様!  お待たせしました!  私もお手伝い致しますぞ!」

 額から流れる血など気にする様子もなく、朗らかに笑うクリスだった。



「クリス様!」

「申し訳ない、一瞬眠ってしまったようで――しかし、もう大丈夫! 目覚めスッキリで頭が冴えまくりですよ!」

(――何だか、テンションが異常に高い!)

「寝ている間に、光の中に手を差し伸べて来る方が見えました!  あれは神が私達に救いの手をくれたんですよ!」

(――それは臨死体験では?)

突っ込みを入れたいソニアだったが、瞳を輝かせて感動しているクリスを見て止めた。

(それどころじゃないし!)

ソニアも、クリスの手に支えられながら剣を握る。

「クリス様、お力を貸してください!」

ソニアは目の前の回復しつつある悪の現況である白い物体を睨み付けた。

「勿論ですとも!  加護魔法の真髄をお見せしましょう!」


 ――加護魔法

 十二石の宝石に準えた十二人の選ばれた騎士。

 選ばれた騎士は神から『加護』たる魔法を授かる。

 それは、神からの授かり物と相応しき

 ――防御

 ――回復

 ――対魔

 の三つ。

 特に対魔は、戦場に出向くことが多い騎士や兵士達にとっては、なくてはならないものだ。

 負の気配に包まれる戦後は無念に死んだ者や、死んだことの分かっていない者達が彷徨い出す。

 そして、惨劇に心弱くなっている者達を誘惑する『魔』は、人でなくなった者達を甘い言葉で拐かし、より惨憺たる世界へ導くのだ。

 ――それを未然に防ぐ加護魔法。

 その力を、より多く授かった十二人の騎士。

 そしてクリスは、その最高峰『ディヤマン』の騎士である。


 ソニアの手と共に、クリスは剣の束を握る。

「さあ!  私の声に続いて、言葉を詠唱してください」

「は、はい!」

「地のもろもろの国よ 神のまへにひざまつけ。主の導く先に――」

「地のもろもろの国よ神のまへにひざまつけ。主の導く……駄目です。一度に覚えられません……」

 一度で暗唱できない……自分の記憶力の程度を確認したソニアは、先程の覇気が瞬く間に萎んでいく気がした。

「では、倒す! 絶対倒す! 呪いなんかに負けるものか!――と気張ってください」

 クリスの言葉に、ソニアは再びやる気がはいると素直に頷く。足を広げて力を込めた。

「悪魔が一番怖いものをご存じですか?」

 急に聞かれてソニアは「いいえ」と振り向き様に首を振る。

「一つは、自分の正体を見破られることです。奴の正体はすでに私が名を呼びあてています-――それはクレア家に飾られた宗教画にヒントがありました」

「あの、髭を生やした神の?」

「それだけでも奴の力は半減します。――そして、二つ目は」

ソニアが剣の束を握る手に重なっている、クリスの手が更に強くなる。

 悪の元凶の前に構えながら進む。その為の勇気をソニアに与えるように。

「揺るぎない決意。どんな誘惑をもはねつける意志! 悪魔に付け入る隙のない強い心! それに――」

 クリスはそこで言葉を止めて、ソニアに笑いかける。

「神から授かった最高の強運を持ち合わせた私が、ソニア様に付いています――我々は負けない! ソニア様、行きますよ!」

「はい!」

 ソニアは笑顔でクリスに返事をし、前を向いて悪魔を見据えた。

 ――負けたりしないわ! 私にはクリス様がついている!

 彼がいる限り、私は決して負けたりしない。

 私一人で背負わなくてはならない莫大な財産。

 それについて回るだろう、誘惑、策略、奸計 ――諸々の欲望と憎悪。

 負けたりしない!

「私は何にも屈しない! ここで家族を不幸に追いやったお前を倒す!」

<倒す、だと?笑わせてくれる! 先祖の力で、今のお前があることに気付かないとは! それがなければ、クレア家の娘、お前は地上に這いつくばって生きる愚民と変わらぬ!>

 バフォメットの中傷にビクリ、と肩を揺らしたソニアにクリスは、

「耳を傾けてはなりません。ああやって人の心を惑わして、狂わすのがあやつらの仕事なのです」

 バフォメットに鋭い眼差しを向けたまま、励ますように言った。

「では私達は、彼らの仕事に手を差し伸べてはいけないのですね?」

「その通り! 思いっきり無視を決め込みましょう!」

<ふざけるな! 大悪魔の私をこけにするとは! お前たちは許さん! これから数多くの災いを与えてやる!>

「―― !」

 これ以上の災い?

 まさかマチュー達に何かするつもり?

 ソニアの怯えた顔に、バフォメットがニヤリと口角を上げた。

 悪魔らしい禍々しい笑みは、こちらの思惑に取り込んだと喜んでいるように見える。

――だが

「これはこれは! 私達にこれから、数多くの災いをもたらすと? それはこの世に生かしてくれる、ということか! 死なせては、先程の宣言は無効になってしまうからな!」

と笑い声を出しながらクリスに嬉しそうに言われ、バフォメットはうち震え始めた。

 まるで、自分自身が放った言葉に打撃を受けたように。

「クリス様……」

 ソニアは、後ろで共に剣を携えてくれるクリスに微笑む。

<クレア家の娘! 貴様はどうだ! 苦しくはないのか? 悲しくはないのか? 家族は既に先立たれ、一人だ! 私の手引きさえあれば、家族の魂と会わせてやることが可能なのだぞ。その身体を私に差し出すのだ! 家族に会いたいだろう?>


 悪魔の誘惑はどうしてこう魅力的なのか。

 それは、人の心の深淵に潜む隠された欲求を、上手く引きずり出してくるからだ。

 ソニアはそう思う。

 私は家族に会いたい。家族揃ってまた、あの幸せだった日々に戻りたい。

 父や母に抱き締めてもらって甘えたい。

 兄達とまた、くだらない口喧嘩に泣いて笑って言って欲しい。

『愛してるよ、ソニア』と


 ――でも!

「そんな日は帰ってこないと知ってる! そんな現状にしたのは貴方達だとも知ってる! バフォメット! 貴方の取引は信じない!」

 ソニアは大きく深呼吸をし、バフォメットに向かって華やかな笑顔を見せた。

「私が今、信じているのはクリス様です」

<……な、に……>

 後ろで聞いていたクリスも驚きに目を大きく開き、ソニアの後ろ姿を見つめ、そして破顔した。

「ハッハッハ! バフォメット! 残念だったな! お前は振られたようだぞ!」

 さあ! と剣先をバフォメットに向けた。

「大人しく地底に帰るが良い!」


 ――そうクリスが言い放った瞬間――

 

 クリスとソニアの身体が光を纏う。

「加護魔法の力を見るがいい!」

 二人握る剣をバフォメットに向けて、大きく振るう。

 それに呼応するように澄んだ音がし、半円の光がバフォメットに向かった。

 縦にバフォメットの身体に当たった刹那、爆発が起きたかのように大きくなり輝きを増した。

<うぉおおおおおおおお!>

 祈祷所全体を揺るがす絶叫が、バフォメットから発せられた。

 目を眇めるほどの眩しい光が、叫び声までも消す。

 ソニアは手で影を作り、その光の中を懸命に見つめる。


 ――見えたのはファーンズの断末魔の姿……











次回は…おそらく週末!

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