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呪われ姫と強運の髭騎士  作者: 鳴澤うた
信じるのは貴方
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(4)

「凄い……」

 ソニアが思わず呟いた。

 人がいるはずのない閉じられた祈祷所。その内から破裂音と共に撓るほど軋む扉は、誰が見ても異常だ。

「ここまで自己主張の強い奴だったとは思いませんでした」

 ソニアの傍らで、クリスが感心している。

「クリス様に見破られて怒っているのかも……」

「……調べたら簡単に調べられましたよ? 彼がファーンズ司祭だということは」

「――いえ、そちらではなくて……」

 ソニアがクリスの疑問に口を開いた時――

 バン!

と、けたたましく祈祷所の扉が開き、風が流れる。

 まるで竜巻のようだ。

「キャア!」

「ソニア様!」

 あっという間に巻き込まれ、部屋に吸い込まれてしまった。

 宙に浮いたソニアを抱き締めたまま部屋に吸い込まれたが、入った途端に竜巻は止んでしまった。

 宙に浮いたままに止んだので、そのまま床に二人落ちる。

 ソニアはクリスに守られる形で落ち、代わりにクリスが身体を殴打してしまった。

「お怪我はありませんか? ソニア様」

「私は大丈夫です。クリス様は……?」

 心配そうに眉を下げたソニアに、

「私は大丈夫! 鍛えておりますから!」

と安心するようにと微笑みを見せた。


 はっ、と人の気配にクリスは、ソニアを庇うように彼女の前に立ちはだかった。

「パメラ!」

 ソニアが名を呼んだ。

 目の前で聖母の像があったかつての場所に、浮いている彼女に向かって。

「パメラ様から離れなさい!」

「そうよ! パメラは何の関係も無いじゃない!」

 そう二人で訴えても、ニヤニヤといやらしい笑顔を向けるばかりだ。


「――離れなさい」

 クリスが、背負って来た剣を下ろす。

 包んでいた布を外したその剣を見て、彼から笑いが消えた。

 白金の造りの剣は、光が差していないのに神々しく輝いて、自ら光を発しているように見える。

<クッ……貴様が持っていたとは……! あれだけ探して壊そうとしていたものが……!>

「ファーンズ、この剣はずっと中央教会に大切に保管されていた。見えなかったのは――これのお陰でしょう」

 クリスが、剣をくるんでいた布を掲げた。

 十字架を刺繍したダルマチィカ。

「前教皇がその信仰心の全てを注いだ聖衣――それが目隠しになって、貴方には見えなかったのです」

<なんと言う! 同じ神に仕える身である教皇がクレア家の悪行を支援するとは……! 前教皇まで神に背いて――赦されるべきではありません!>

 余程衝撃だったのか、宙に浮くパメラの身体がグラグラと不安定に揺れていた。

「黙れ!」

 クリスの怒鳴り声が、がらんとした祈祷所に響く。

「まだ気が付かぬのか、ファーンズ! 貴様はもう地に堕ちているのだ!  聖なる衣に変化を遂げた前教皇のダルマチィカによって隠された剣が見えなかったのは、貴様の目が悪魔によって穢れたからだ!」

<何を検討違いな意見を! この力は神が私に授けてくださった物! 神が私にこの力でクレア家に罰を与え、そしてクレアの地を治めよ!――そう仰っているのですよ!>

「――では、加護魔法を修得した私の一太刀を受けても平気なはず」

<ぅう……>

 悔しげに呻くファーンズは、パメラの身体ごと床に降りた。

「私が怖いでしょう? 髭を生やした男が怖い――何故だか、貴方は自分で分かりますか?」

<黙れ……黙りなさい!>

 当然、クリスは相手の命令など聞く気なんてしない。

「教えましょうか? 貴方の味方について力を授けているのは、バフォメット! そう、悪魔ルシファーに仕える六大悪魔の一人!」

<う、嘘だ! 嘘です! この力は、死して身体は無くなっても魂は神と同等となった証し!>

 動揺し、ふらつくファーンズにクリスは剣を両手に持ち、ジリジリと近付いて行く。

「――昔、バフォメットはミカエルに戦いを挑み、こっぴどく負けたそうですね。その様子は、クレア家の宗教画にありました。大天使ミカエルのその姿は、今流行りの見映えよい青年達の姿ではない。寝ずに長い間、戦い続けて髭も生えた者達の姿でした。貴方が髭が怖いのは、その戦いで負けた記憶が鮮明だからでしょう!」

<――嘘だ―――― !>

 ファーンズが絶叫した。

 パメラの身体が、ビリビリと雷に打たれたように痙攣を続けている。

 クリスは剣を包んでいたダルマチィカを羽織る。

 それは、まるで戦闘時に着用する鎧のように。

「もう認めなさい! そして悪魔に捕らわれた自分を、パメラ様の身体から出すのです!」

 剣先を向け、畏怖堂々と話を続けるクリスの身体が、ぼんやりと光を放っている。

 白い柔らかな輝きは――

(加護魔法?)

 こんなにはっきりと見える加護は初めて見た――ソニアは改めて彼の『ディヤマン』としての能力に感嘆して見入っていた。

 

 ダラン、とパメラの腕が下がる。一緒に頭ももたげていた。

 ざんばらになった彼女の髪が顔を覆い、どんな表情をしているのかこちらからは見えない。

 まるで立ったまま事切れたように見えて、ソニアはパメラを連れていったのかと、嫌な予感にかられながら恐る恐る近付いていった。

「ソニア様、下がって!」

 パメラの元に歩みよって行くソニアを引き止めたクリスが、パメラから視線をそらしたその瞬間――

ビュルン―― !

 投射機から、投げ出されたかと思うほどの瓦礫が直撃した。

 ――クリスの頭に。

「クリス様!」

 けたたましい男の笑い声が祈祷所に響く。

 してやった! という歓喜の笑いがソニアの耳に呼応していて腹立たしかったが、それどころではない。

 クリスに駆け寄り、手で押さえている額を見て短い悲鳴をあげた。

 彼の大きな手の隙間から、鮮血が滴り落ちている。

(私のせいだ)

 そうソニアの表情に出ていたのに、クリスは気付いたのだろう。

「ソニア様が当たらなくて良かった! 大丈夫、これしきのこと!」

 そう笑いかけ、着用したダルマチィカの裾を破る。

「私が……」

 ダルマチィカの切れ端を受け取ると、ソニアは目にまで流れている彼の血を拭き取る。

「ごめんなさい、私のせいでこんな怪我を……!」

「頭や顔は、見た目より血が多く流れるものです。ご心配なさるな」

 決壊しかかっているソニアの涙腺が、瞳を揺らしている。

 クリスは泣くのを堪えながら、素早く切れ端を額に巻くソニアの頭を安心するようにと撫でた。

「――危ない!」

ビュン! 

と、空を切る音の後に重々しくぶつかる音――それだけは間近に聞こえた。

 一瞬のうちにクリスに覆い被されて、彼のがっしりとした肩の重さと腕の力強さを知って、直ぐに軽くなった。

 彼の身体で出来た闇がゆっくりと開いていく――それはソニアがそう感じただけで、きっとあっという間の出来事だったのだろう。

 ゴトン!

と、固い石床に倒れる大きな体躯。

「……クリス様!」

 人の頭大の、大きな瓦礫が転がっている。

<ハハハハハハハハ!>

 パメラの身体を乗っ取った男が、愉快そうに笑い続けている。

<俺の正体に気付いてしまった! 生かしておくわけにはいかぬ!>

「クリス様!しっかりして!」

 仰向けで倒れたクリスの顔を擦る。

(まさか死んでしまったの?)

「クリス様、クリス様!」

「うっ……」

と微かに顔が歪む。ソニアの声に答えようと、必死に彼の頭が揺らいでいた。

「大……じょ……ぶ……だい……」

 衝撃でまだ頭がはっきりしていないのか、そうしきりに呟いていた。


<ああ!  そうだ!  クレア家のソニア!  この娘の身体を返して欲しいと言っていたな!>

 突然話しかけられてソニアは、クリスを庇いながら身体を向ける。

 今やファーンズではなく勿論、パメラでもない――悪魔・バフォメットに。

<取り引きだ。貴様の身体を私に譲るなら、この娘から離れてもいい>

「……本当に?」

<この娘の身体より、財のある貴様に乗っ取った方が良いだろう。ソニア、貴様だって自分は富と名しかもっていない、ただのお飾り人形だと気付いているのだろう? 家名の為に自分の意に添わない結婚をして、一生、財産と荘園の管理だ。そんな寂しくてつまらない人生を、まだ十代から送らなくてはならない。それで良いのか?――良くないだろう?  だったらさっさと昇天して、新しい人生を一から始めた方が幸せだろうに>

「……パメラを五体満足に、無事に返してくれる?」

<悪魔だとて、全ての約束を守らないわけではない。富と名と――その瑞々しい身体と代価以上なのだ。この娘の身体と魂は、傷一つなく無事に返そう>

 ゆっくりとソニアは立ち上がる。

 眼差しをそらさないで、パメラの姿のバフォメットを見据えた。

 ソニアの顔には、何の感情も浮かんでいない。

 だが、バフォメットには分かっていた。

 ――これは覚悟を決めた顔だと。

 ソニアが一歩前に出た。つられ、バフォメットも前に出る。

<――さあ、クレア家のソニア……>

 パメラの身体を通し、バフォメットが両手を差し伸べる。

 ソニアの両腕が、ダンスのエスコートを受けたように軽やかに優雅に上がった。


 ――その手に、聖水に変化させた化粧水を持って。








次回は明日3/11です。

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