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呪われ姫と強運の髭騎士  作者: 鳴澤うた
信じるのは貴方
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(3)

 王妃を介抱し、ソニアとクリスは急ぎクレア城に向かった。

 パトリス王が援軍を、と手配をしようとしたが断った。

 相手は人ではない。

 生きている者でもない。

 どんなに腕が立つ者でも、敵わない気がしたからだ。

「中央教会に連絡して、祈りを行ってもらう位でしょうか?」

 クリスはそうパトリス王に伝え、身軽な格好に着替えたソニアを連れて馬車に乗り込んだ。

 布にくるまれた剣を手に。


「ソニア様、それは何故お持ちに?」

 ソニアが、大事そうに手にしている小瓶をクリスは指し示す。

 覚えがある小瓶。

 彼女が修道院で休んでいる時、自分が教会から「ソニア様に」と預かり、手渡した物だ。

 確か、パメラが化粧水に香りつけをし、シスターがそれを聖水としも使用できるように中央教会に依頼した物だ。

「はい」とソニア。

「何かの役に立つかと思い持ってきました。私の身体にも付けています」

 クリス様も、と促され手に付けてもらう。

 クリスのゴツゴツした剣だこのある指に、甲や指の付け根にびっしりと生えた体毛。

 触れても、今は全然怖くない。

「……私がクリス様の髭や体毛が怖かったのは、クリス様が呼んだ『ファーンズ司祭』が私に憑いていたからなのですね?」

「はい」

 クリスが頷いた。

「ファーンズと言う人が、クレア家を呪っていた司祭なのですね?」

「……はい」

 ギュッとソニアに手の甲を抓られ、クリスは「おう!」と手を引っ込めた。

「最初にお会いした時に、お話しくださったら良かったのに……」

 ソニアは、プッと頬を膨らまして不満を漏らした。

 そんな様子のソニアに、クリスはこんな状況なのに可愛らしいと思ってしまう自分に苦笑いをする。

「申し訳ない。実は私も詳しくは王に聞いていなかったのです。ただ『呪われたクレア家の最後の当主を、悪魔の手から救いだしてほしい』と。――私も、その悪魔に様変わりした司祭は、数ある悪魔の誰の力を借りているのか分からなかった。何故『髭』を生やせと神からお告げがあったのか? 教皇や王にも分からず手掛かりを探すのが先だったのです。下手に話をして、ソニア様のお心を乱すわけにはいかないと黙っておりました」

「それで婚約者と名乗って……」

 はい、とクリス。

「神の啓示で私が選ばれたのは、単に私が加護魔法を修得した『ディヤマン』という騎士の最高位にいたからでしょう」

「それで――分かったんですか? 『髭』を生やさなければならない理由は?」

「ええ! ヒントは、クレア城に飾られた絵画にありました!」

「絵画……。確かにクレア城には数多く絵画が飾ってありますけど……。関係があるとしたら宗教画ですよね」

 ソニアは頭を捻り回想する。

 祖父のウィリアムは絵画のコレクターだったので、城に飾られていない絵画まで数多く保管されている。でも、クリスは今『飾られた』絵画と言った。現在、城の壁に飾られている宗教画のうちの一つだろう。

 それに『髭』が関するもの……

「――あ! もしかしたら!」

 当てはまる絵画が一つある。

「昔、お祖父様が夢で何度も見たと言って、絵師に描かせたものがあります!」

 そこでクリスが「シッ」と人指し指を立てた。

「相手はどこで何を聞いているかわかりません。対策を講じられたら大変ですからね」

 そう言った。

 そうだ――相手は超常現象を操る異界の者。

 しかも、最悪な者に力を借りている。

 もっと厄介なのは、自分が生前争っていた相手の力を借りていることに、気付いていないことだ。

「……彼は、ファーンズ司祭は、本当に自分の霊魂が堕ちたことに気付いていらっしゃらないのかしら? もしそうなら、気付けば自分の行いの罪深さの恐ろしさに退散するのでは無いでしょうか? そうだったなら、お助け出来ないでしょうか?」

 自ら気付くのは難しい。

 凝り固まった概念と性格、それに周囲の反応でより意固地になってしまうこともある。

「話を聞いただけですが、祖父と司祭は拗れに拗れた気がします。お互いに引けなくなってしまった結果ではないかと感じました」

「……姫は本当にお優しい人だ」

 感心して思わず呟いたクリスの台詞に

「『姫』は止めてくださいと言ったはずです!」

とソニアに叱られ、クリスは笑いながら頭を掻く。

「これは失礼しました! しかし、彼が気付いて改心すると容易いのですが、きっと難しいでしょう。時が経っても彼の憎悪は消えてるどころか……クレア家を滅ぼすことを魂に刻んでしまったのだと思います。身体は時と共に癒えましょうが、魂は……私達の領分ではないと……」

「そうですか……」

 ソニアは首に下げたロザリオを握った。

「今はパメラ様をお助けして、貴女をこの呪いから断ち切る策を考えましょう」

 クリスの言葉に、はい、とソニアは頷いた。


 クリスは、自分の横に立て掛けた布にくるまれた大剣を撫でていた。それは祖父が対司祭用に教会に依頼したものだと聞いた。

 そして、それを受け取るために出掛けた兄達は、事故で帰らぬ人となったことも。

 その様子を対面に座り、眺めていたソニアは不思議な気持ちでいた。

(失敗したら私だけでなく、クリスやパメラまで巻き添えになるのに……)

 生きるか死ぬかの舞台に上がる。

 なのに、自分とクリスの間には悲壮感や緊張感など緊迫した雰囲気はない。

 彼だけを見ていると、これからピクニックにでも行くのかと思う長閑さだ。

 自分もパメラが心配だが、どういうわけか余裕がある。

 鼻唄を口ずさんばかりのクリスを見て、ソニアはクスリと微かな笑いを漏らした。

「不思議です」

「何がです?」

「クリス様を見ていると、どんな苦しい状況でも大したことが無いように思えてきます。クリス様がいれば大丈夫――そう思えてしまうんです」

「買い被りすぎです、姫――おっと、ソニア様」

 キッと睨み付けられたクリスは、慌てて言い直す。


 もう、と口を尖らせる勢いで溜息をついたソニアは、

「どうして『姫』と呼ぶんです? クリス様は『私の我儘だ』と仰いましたよね?」

とクリスに改めて聞き直した。

「それは……」

 クリスの顔が瞬く間に朱に染まった。

 彼は、己の大きな手のひらで自分の顔を何度も擦る。その間にも益々真っ赤になり、とうとう顔を擦る手の先までにも染まってしまった。

「……秘密にしておいていただけませんか?  誰にも話したことが無いもので……」

 顔を擦る手を止め、恥ずかしさを隠すように背中を丸めて項垂れたクリスにソニアは、

「……? え、ええ」

と瞳を大きく開き、パチクリさせた。

 たっぷりと沈黙の後、クリスは赤い顔を持続させながら、ようやく口を開く。

「私の夢だったんですよ……『姫君』にお仕えするのは……」

「……ぇ、ええ、そ、それは……?」

「私が騎士になろうと決心した理由は、幼い頃に読んだ物語でしてね……。『姫をどんな困難からも守り抜く騎士』という姿に憧れたわけです。『いつか立派な騎士になって、高貴なお姫様をどんな危機が来ても追い払うんだ!』と胸に誓いまして……。そして歳月が経ち、騎士として一人立ちをしました」

 そこまで話して、クリスは盛大な溜息をつく。

「私が任された方はパトリス王だったのです。そして次は王妃……。不満があった訳ではありません、むしろ名誉なことだと思っております。幼い頃の夢を叶えないままに過ごしていくうちに、忘れていったのですが――ソニア様の婚約者、本当は秘密の護衛という役割を与えられて、貴女に会った時に……その昔の夢を思い出してしまいまして……」

 また、たっぷりと沈黙があった後、ぽそりとクリスが言った。

「……はっちゃけました……すいません」

 ポカンとソニアの口が開く。

 そんな理由だと想像つかなかった。

「本当に私の我儘にソニア様を振り回してしまって……! そんなに姫と呼ばれるのが嫌だったなんて――いや、本当に申し訳ない!」

「……クリス様にとって、私はまだ子供に見られているのかと……。それで『姫』と呼んでいるのかと悩んで……」

「いえ! ソニア様の幼少のお姿を私は拝見して存じていますよ? その時に比べたら数段も大人になって、可憐になっていて……小さい頃に夢に描いていた姫に似ていて……嬉しくなってしまいまして……」

 二度目のたっぷりとした沈黙。


「フフフフ……!」

 ようやく破ったのはソニアの笑い声だった。

「やはり、笑いますよね……。子供の時の願望を持ち出して……」

 大きな体躯でしょぼんと肩を落とすクリスの姿を見て、ソニアは彼を初めて可愛いと思った。

「クリス様って可愛らしい!」

「からかわないで下さい。……秘密ですぞ? 王や王妃にも、誰にも言わないでくださいよ?」

「分かりました、秘密にします。――でも、そんな可愛いエピソードを黙っているなんて勿体ないです」

「――だ、駄目です! いけません!  絶対に話さないでくださいよ!」

 狭い馬車内で中腰に立ち上がり、真っ赤になって慌てるクリスを見てソニアは、これから恐ろしい相手と対面することを忘れて笑った。




◇◇◇◇

 ――とはいうものの、馬車が止まり到着の知らせを告げると、一気に緊張が高まった。

 クリスの介添えの中ソニアは、馬車から降りながら自分の生家であるクレア城を見上げる。

 夜半だということも相成って、見上げた先の城はどこか不気味な装いをしている。

 怪奇現象によって修繕されない壁が、更にもう何年も無人の住み処のようにしていた。

 ソニアは踏み台で止まっていたが、口を強く引き伸ばすと地に降りた。


「ソニア様! クリス様まで!」

 突然の帰宅に、さぞかしマチューや執事頭など驚いただろう、そうソニアは思っていたが、出迎えに来たマチューの、どこかホッとしている表情を見て違うと察した。

「城内で変わったことは無かった? いつものと違うような出来事……」

「おおありです!」

 ソニアの、まるで自分達の言いたかった内容を先読みした言葉に仰天しながら、マチューは報告する。

「封鎖してある城内の祈祷所の中から人の声と、ラップ音がしきりに! 中を確認しようにも開かないのです、閂を抜いても!」

 ソニアとクリスが目配せし頷き合う。

 ――いる。待っている。

「分かりました。私とクリス様で出迎えます。マチュー達は……そうね、何かが起きてもすぐに避難出来るようにしておいて」

「何を仰いますか! 我々も行きます! 既に城の兵士達は待機状態です!」

 マチューの言葉にソニアは駄目と首を振る。

「相手は私達と同じ生身の人間じゃないの。闇雲に突っ走って、犠牲者を増やすわけにはいかないわ……お願い、私とクリス様に任せて」

「ソニア様……」

 自分に向けて綺麗に口角を上げて微笑むソニアに、マチューは真実を知ったのだと悟った。

 覚悟の微笑みだろうとも――

「私も……私も共に参ります! この身はクレア家に捧げております! 例え滅びようとも共に戦います!」

 瞳に涙を浮かべてマチューはソニアに訴えた。

「私も……!」

「私もです!」

 執事頭に侍女頭も揃って訴える。

 まるで、ソニアの身代わりになることも厭わないように。

 三人の必死な姿にソニアは驚いて、開いた眼から涙が滲んできた。

「……ありがとう、みんな。嬉しい……私、一人じゃないって、分かる……」

「何を仰いますか! 私達は小さい頃からソニア様をずっと見守って、お慕いしてきたのですよ?  幸せになる日を心待ちにしてきたのですよ!  後少しで、ソニア様の幸せなお姿を見る日が来るというのに……壊してなるものですか!」

 三人の中年に抱き締められて、ソニアは涙を流した。

 ――絶対に呪いを断ち切ってみせる!

 馴染みの温もりに支えられ、ソニアは思いを強くした。

「よく分かったわ。でも、祈祷所の中には私とクリス様だけ入ります」

「ソニア様!」

 三人一斉に非難の声を聞いても、ソニアは頑として受け入れない。

「相手は私の大事な物や人を壊して、絶望に追いやって、生きる希望を無くそうとしているの……。一緒に入ったら、あなた達が真っ先に狙われるわ、きっと。――お願いだから外にいて。私があなた達と生きていきたいと思いながら戦わせて」

「ソニア様……」

 主人の決意は固い。それは口調や態度に滲み出ていた。


 三人は惜しむようにソニアから離れた。

「……どうかご無事で」

「お帰りをお待ちしております」

 執事頭と侍女頭が代わる代わる告げる。

 最後に城代のマチューが、クリスの手を握りしめ

「ソニア様を宜しくお願いします」

と涙ぐみながら彼に託す。

「――必ずや呪いを断ち切ってみせましょう!」

 クリスは力強く答えた。

「行きましょう、クリス様!」

「はい!」

 クリスはそう返事をした後、そっとマチューに耳打ちをした。

「万が一の時には、ソニア様だけでも救出出来るように、何人か扉の外に控えを」

 クリスの言葉にマチューは至極真剣に頷いた。

 それだけ、クリスの言葉も表情も鋭いものだったのだ。


 ――彼はソニア様のために刺し違える覚悟でいる。


 マチューはクリスの後ろ姿を見送りながらそう思い


 ――彼らの勝利の為に祈った。






次回は3/10(月)です

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