(4)
一人部屋に残り、肘掛けに顔を埋める。
人の力で、どうにもできないこの事実に立ち向かうことなんで出来ない。
自分も近いうちに呪いを受ける。
(怖い)
同時、父や母。そして兄達。祖父――皆、理不尽な呪いによってこの世を去ったのかと思うと、悔しさに涙が溢れる。
そして、パトリス王が結婚相手にクリスを選んだ理由が、ソニアなりに分かった。
クレア家を途絶えさせるわけにはいかない。
国家的に考えれば、ソニアまで亡くなれば莫大な遺産は、国中に散らばる貴族達に王の采配で分配される。
過去にもお家断絶で遺産が分配されたことがあったが、大なり小なりの争いが起きた。
国家予算に匹敵する財――それは大変に魅力だろう。
それが全て手に入れば――国一つ手に入れることができる。
政権の交代も夢ではない。
国が、いや、隣国を巻き込んだ争いに発展する可能性もある。
(私が一生を修道院で送ったとしても、争いが時期が先になるだけ……)
――でも、修道院から出したら、今までのような怪奇現象が起きる。
それに結婚相手の命まで狙われる。
(そうなのよ。クリス様が攻撃の対象になっていたのは、結婚によって子孫が出来るから……嫉妬なんかじゃない)
クリス様は知っていて、あんなことを言ったのだ。
クリスは神から授かった加護魔法を身に付けている、国最高の騎士。
「……でも、だからなんだと言うの? 全然厄はなくならないじゃない!」
セヴランは、呪いがクリスに向かっていると気付いた。
(だから、最初の再会で私に触らなかったのに触る気になったんだわ)
クリスに呪いが集中している間に、呪いが解ければ自分は無傷でクレア家を手に入れられる。
(そしてカトリーヌと贅沢三昧……)
「ふふ……うふふ、あはははっ!」
笑いたくもないのに笑いたくなり、ソニアは声を上げて笑った。
(何がプロポーズは初めて、よ!)
自分の贅沢のために平気で嘘の愛を囁いて。
しかも、恋人までそれを止めることもしないで喜んでいるなんて。
金だ。全て自分の背負う財が欲しいんだ。
王は、財によって国が混乱するのを阻止したいだけ。
セヴランは、自分と恋人が贅沢な暮らしをしたいだけ。
クリスは――
(……何のために、私に?)
疑問が湧き出たが、極限にまで疲労した精神が考えることを拒絶させる。
(どうせ、噂の王太子妃に関するご褒美でも掲示されたに決まってる。それか王の命令だわ)
一人だ。
自分自身を愛して、心配してくれる相手なんていないんだ。
寂しさに震えた。
急に体温が下がった気がして、ソニアは肩を掴み身を縮める。
修道院から出なければ良かった。
パメラと、いつか自分だけを愛してくれる伴侶はどんな人なのか、想像を巡らしながら語り合っていた日々が一番幸せだった。
「パメ……ラ……、パメラ……!」
ソニアは泣きながら一番の親友の名を呼ぶ。
同時、フワリと自分の背中を擦る手に気付き、泣き晴らした顔を拭うこともしないでゆっくりと振り向いた。
そこには、心配そうに眉尻を下げて自分を見つめるパメラがいたのだ
「何かあったの? パトリス王やセヴラン様や……あの騎士が神妙な顔で部屋から出てきたから。外に控えている侍女に無理を言って入れてもらったの。――でも良かったわ。それが正解だったみたいね」
「パメラ!」
まるで幼子をあやすように抱き締められて、ソニアはパメラの身体に腕を回す。
彼女の温もりに安心したように再び泣き出した。
「パメラだけよ! パメラだけだわ! 私自身を見てくれるのは! 誰も私の財産だけ心配しているだけなのよ!」
「ソニア……そうよ、誰もあなたのことなんか考えていないわ。私だけ。私だけがソニアのこと想ってる」
「パメラ……」
パメラがいつもと様子が違うことに気付き、ソニアは顔をあげた。
彼女の顔が近い。
修道院でも頬や額を寄せあったことが何度もあった。だからこんなに顔が近いことは度々経験している。
しかし――今夜はわけが違う、パメラの表情を見て感じた。
自分を見る漆黒の瞳がやけに艶かしい。無理に微笑みを作るその口は隠微に上がっている。
「ソニア、私も貴女と同じ……。叔父の借金のために、とても歳の離れた男の元に嫁ぐことが決まってしまったの」
「なんてこと……!」
「紹介されたけど嫌な人! 人のこと舐め回すように上から下まで見て、『これなら良い後継ぎが出来そうだ』って笑うのよ!気持ち悪いったら!」
「なら! 私が貸し付けるわ! パメラが承諾していない結婚なんて……!」
ありがたいけど、とパメラはソニアの申し出を断る。
「そんなことをしたら、叔父が付け上がるわ……。調子に乗って、ソニアの元に乗り込んでくるかもしれない――平気でやる人なのよ……。ソニアとの友情を壊したくない……」
「パメラ……」
二人、項垂れる。
「私は、借金返済の人身御供。ソニアは先祖の過ちの尻拭い……。私達似た者同士ね……」
パメラがやりきれないと、自嘲する。
「修道院から出て、良いことなんて無かった。ソニアもでしょう?」
「……一つ、あるわ」
それはパメラと会えたこと――そう言おうとしたが
「嘘よ!」
とパメラが急に激昂して、ソニアは驚いて口を閉ざしてしまった。
「無いでしょう? 一つも! 無いはずよ! 生きていたくないでしょう? ねえ!」
ソニアの肩を掴み、揺さぶるパメラの目付きが怖い。
「パ、パメラ……?」
修道院にいた頃のパメラと違う。
穏やかで、周囲を柔らかい雰囲気に導いていた彼女と違う。
黒い瞳より暗い思いを溜めた眼差しなのに、不気味なほどにぎらつかせて自分を見る。
変わったのは彼女の叔父のせい?
それとも、修道院から出たせい?
「ソニア……お願いがあるの。聞いてくれる?」
パメラの瞳が細くなり、微笑みを形取る。
少し不気味さが薄れたが、やはりどこかおかしい。
彼女もやはり自分と同じように精神が消耗され続けて、バランスが崩れてきているんだ。
(可哀想なパメラ……)
私と同じ。
「……良いわ。何でも言って」
ソニアは、そうパメラの手を握る。
「ありがとう……ソニア。大好きよ」
パメラも微笑みながら手を握り返す。
お互い微笑みを作り、しばらく手を握りあった。
「辛いのよ。とても辛いの。この状況から抜け出す、良い方法を見付けたの。……でも、一人じゃ寂しくて」
「まあ……そんな良い方法あるの? 教えて。一人じゃ寂しいなら私も付き合うわ」
どうせ自分の価値など、クレア家の財産以外無い。
なら、パメラにとことん付き合おう。
何処か他の国へ二人で逃げても良い。
「本当ね? 嬉しいわ! ソニア!」
パメラが微笑みを深くする。
強く、それは強くソニアの手を握り閉めた。
「一緒に死にましょう……? ソニア……」
パメラの口から発せられた声は、暗闇から這い出てきたように恐ろしく低い――男性の声だった……。
次回は2/5です。