(3)
衝撃的な事が一度に起きすぎる。
だけど聞かなければ。聞かなければいけない内容だ。
それはソニアが、ずっと気掛かりでいたもの。
ソニアの向かい側には、パトリス王がクッションのきいた豪華な椅子に座っていた。
パトリスは、目の前に座るソニアの消沈した姿が気になり、日を改めて彼女自身が落ち着いたら、と勧めたがソニアは首を縦に振らなかった。
クリスから連絡を受けて、生誕祭の途中で抜け出た。
最終日で今、最高潮だ。フィナーレまで主役が抜けても、あの喧騒では気にする者もいないだろうし、ディヤマンの騎士クリスが側にいると、王を見かけた者達は安堵することだ。
(それにしても――この馬鹿息子!)
クリスから話を聞いてパトリスは、セヴランを睨む。
金目当てにソニアに求婚するとは――しかも会うことを禁じたカトリーヌを、手引きして城内に入れていた。
その上、外部の者にペラペラとクレア家のことを話すとは。
親子二人きりなら、一発殴りたいところだ。
セヴラン本人も、相思相愛だと思っていた彼女の本音を聞いて、燃え尽きているが――自業自得だ。
人より見目が大層よろしいセヴランは、小さい頃から母妃含む女性達に人気があり、それはもう甘やかされて育った。
いつも女性達に囲まれて、チヤホヤされる日々。
中にはやはり、というか邪な思いを抱く者がいるのは男女共である。
早々に異性関係の楽しさを知ってしまったセヴラン。
王が気付いて、そこら引き離しクリスの下で鍛え直しするにも、身が入らない。
クリスから逃げ回り、博打と男狂いで悪名高いカトリーヌと恋仲になってしまった。
――女性は柔らかくて優しい存在
――女性は皆自分を崇拝し、たててくれる
――自分を好きにならない女性はいない
今まで、セヴランが学んできた事。
恋や女性には純粋な想いなのだろうが、反面疑うことをしない。
女性の言葉を上っ面だけで取って信用してしまう。
(頭が足りないというか、素直すぎるというか……)
パトリスは こいつのことは後だ、と苦息を吐くと、ソニアを見つめた。
あの周囲まで華やかにさせる笑顔はすっかりと潜め、堪えるように拳を握る手に視線を落としている。
ヒヤシンスブルーの瞳は、濁って何も写していないかのようだ。
「……ソニア、やはり今の君に話すのは難しいと私は思う」
パトリスの言葉に、ソニアは俯いたまま拒絶に頭をふる。
「いいえ、お話し下さい。知らなくては……! クレア家の主人として知っておかなくては。父や母、そして兄達が相次いで亡くなったことと、今、私の周辺で起きている怪奇現象に深く関わることなら――尚更です !」
ソニアの悲痛とも取れる言い方にパトリスは尚も躊躇っていたが、横からクリスが口を挟んだ。
「王、 周囲には断続的に噂になっていると姫君は知っております。漏れてくる噂に振り回されるよりかは、王の口から真実をお話しされた方がよろしいかと」
しばらく沈黙があり、王は冷めた紅茶に口をつけた。
あっという間に飲み干すと、決意をした顔付きでソニアを真っ直ぐに見つめる。
「ソニア。真実を聞いて、君は多分大いに取り乱すだろう」
「……」
「しかし、君を助けたいと働きかけている者達がいることを、胸に留めていてくれ」
「……はい」
ようやく顔をあげたソニアの憂いに濡れた表情を、パトリスは悲しく思いながら口を開いた。
「クレア家は国随一の財力を誇る。それはソニアの祖父・ウィリアムの代が最盛期だった」
パトリス王が静かに語りだした。
ウィリアムの代で財産が膨れた最大の理由は、当時クレア城で司祭である神職者が管理していた、教会所有の荘園を没収したことにある。
彼は神に仕える身であったが、俗身と同じように利益や財産に執着があった。
クレア家に出入りする司祭ということで、気が大きくなっていたのか、それとも――自分がクレア家の身内だと錯覚したのか、財産管理に口を出すようになった。
ウィリアムはそれに注意をしたが、口頭に止め様子を見ることにした。
――彼は自分に仕えるより前に、神に仕えている身。
俗身で俗世間の中に生きていても、己のやるべき仕事は何なのか分かっているだろう――と。
「……だが、司祭は変わらなかった。それどころか、クレア家の土地にある教会所有の荘園は不作で納税を納められないと嘘の報告をし、納める納税を懐に入れていたのだ。三年目にウィリアムは密かに調査をした。納税を納めなかった三年は豊作で民達は、きちんと決められた納税を納めていた。私腹を肥やしていた司祭にウィリアムはとうとう荘園を取り上げ、城から出ていく事を司祭に告げたのだ」
『中央教会に申告しないだけありがたく思え!』
そう言いはなったらしい。
「その夜の事だ。司祭は城内の祈祷所にウィリアムを呼び出した。そうしてこう告げた」
『荘園を私にお返しなさい。でなければ、子を授かるという神の恵みを受けることが出来なくなりましょう』
「……それは……脅迫ではありませんか」
司祭がそんな言葉を吐くなんて――ソニアは自分の耳を疑った。
「ウィリアムは信心深い方だった。恐らく神に仕える自分が言えば、恐れて荘園を返還してくれるだろうと思ったのだろう」
「だけど、お祖父様はお断りなさったのですね……?」
パトリスが頷く。
「そのあと、しばらく押し問答が続いたそうだ。激昂していく両者――そして」
『神の御言葉の通じぬ貴様は、もう、神からの恵みなど一切無いぞ!』
『神を盾にして己の欲を満たそうとするなど! 神罰が下るのは司祭! 貴様だ!』
『私を愚弄するとは! 神を愚弄すると同じ、許すことはありませんぞ! クレア家が途絶えるその日まで神罰は下るでしょう!』
「司祭がそうウィリアムに告げたその時に、祈祷所のマリア像が司祭の背中に落ちてきて、司祭は絶命したのだ」
「そんなことが……だから城内の祈祷所は閉鎖されていたのですね……」
「ウィリアムは神罰が下ったのは司祭だと感じたそうだ。流石に血で汚れてしまった祈祷所はそのまま使うわけにいかず、外に教会を建設し新な司祭を雇ったのだが……」
パトリスはそこで、一旦唾を飲み込んだ。
「紅茶を……」
「いや、水でいい」
新しく茶を煎れなおす為に侍女を呼ぼうとしたソニアを、パトリスは止め水差しからグラスに注ぎ飲む。
一気に飲んで渇きを潤したパトリスは、再び口を開いた。
「何とも後味の悪い結末になってしまったが、どうにか解決した――とウィリアムは当時まだ王太子であった私と、私の父である当時の王に話していた。私は話を聞いて『天罰』は正しく行われたと思ったよ」
「……なのに、クレア家と私の身に起きる恐ろしい現象は何なのですか! 祖父が話していない事実があるのではないのでしょうか?」
震える声で懸命に話すソニアに、パトリスは首を振った。
「ソニア、これはまだ序章に過ぎない。問題はその後なのだ」
皮切りに、次々にクレア家の親戚が病に倒れたことから始まった。
――いや、最初はこれが『呪い』の始まりだと気付かなかったのだ。
毒麦を精製した粉で作ったパンを食したのが原因だったから、不幸が続いたと皆が思った。
それからまもなく、主城であるクレア城で怪奇現象が起き出した。
最初の犠牲者はウィリアムの妻のイザベラ。次にウィリアムの弟にその家族。
心霊現象や呪いなど撥ね飛ばす勢いでいたウィリアムが、憔悴した様子で私の父に相談しに来た日のことを今も覚えている。
『このままでは、我が家は途絶えるだろう――あやつによって』
『あやつ? それは誰の事だ?』
『司祭だ……あやつは死して地に落ちた』
「亡くなった司祭が……『呪い』を……?」
そんな、とソニアの訴える眼差しにパトリスは
「神に仕える身でも、人として欲は生きている限りあるものだ。神職につくものはあらゆる欲を無くす努力をするだけ。――だが、司祭は金欲を抑えることができなかったのだろう」
そう言った。
原因が分かり、息子夫婦にまで危害が回る前に――と、当時の教皇をクレア城にお呼びし、降霊術で司祭を呼び出した。
没収した土地は、中央教会に返還することを条件に『呪い』を解いてもらうつもりでいた。
――だが亡くなった司祭の要求は更に欲深いものとなっていたのだ。
『没収した間の税金を渡せ』
『収穫した麦を返せ』
『それができないなら、神の名においてクレア家には子孫繁栄の恵みは訪れない』
ウィリアムは降りた司祭に言った。
『貴様がやっていることは神を侮辱した行為! 死をもって制裁するとは己が神にでもなったつもりか!』
それに対し司祭は
『私の言葉は神の言葉! それに逆らう貴様は悪魔の他ない!』
といい放ち、
『悪魔に従うクレア家の一族はこのままにはしておけん! 死しても私が正しき道を示してみせよう!』
「……そうして消えて、降霊術は幕を閉じて、結局今も現状は変わらない……」
パトリスが話終えて、誰も口を開かなかった。
この場にいるのはソニアにパトリス、そしてクリスとセヴランだけだが、皆、事の重さに口を閉ざしていた。
特に――ソニアは酷い顔色だ。
呪いなんて実際にあることに驚いたのも
その呪いを行っているのが既に亡くなっていて、しかも神職者。
「クレア家は神に見放された――ということですよね……」
ソニアの結果論が痛々しい。
「それは違うぞ、ソニア!」
「嘘!」
パトリスの反論に、ソニアはとうとう喚いた。
「――なら、どうして私一人になる前に神は助けてくださらなかったの? 司祭の行為が間違っているなら、とうに彼の呪いを止めてくださってる! ……お祖父様のしたことは間違っていたからではありませんか!」
「ソニア……神は何から何まで、お力を貸してくれるわけではないのだ。その時を待つしかない」
「では、クレア家は途絶える血筋だから? だから、こうなるまで放っておいたと? そう感じられます!」
泣きわめくソニアを慰めようと、パトリスとクリスは近付くが
「近付かないで! 一人にして!」
と髪を振り乱して拒絶する。
その取り乱した姿に三人は外に監視を置いて部屋から一旦出ることにした。
「姫君」
退出する際にクリスは、長椅子の肘掛けに、顔を埋めて身体を震わせているソニアに声をかけた。
「忘れないでください。貴女を救いたいと思っている者達がいることを」
「……クリス様だって迷惑だと思っているくせに。神に見放された呪われ姫なんて『ディヤマン』であるクリス様にはお荷物なだけだわ」
顔も上げずクリスの顔も見ないで言うソニアのセリフは、ひねくれたものだった。
一人にして!
――そう泣きながら喚くソニアの願いを叶うしかなく、クリスは後ろ髪を引かれながら部屋を出ていった。
次回は2/3の予定です。時間は未定にさせて下さい。