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呪われ姫と強運の髭騎士  作者: 鳴澤うた
真実は残酷で……
21/34

(2)

「ソ、ソニア……! 丁度良かった! 今から迎えに行こうと思っていたんだよ。すまないね、どうしても離れられない用事があったんだ」

 そう言いながら、セヴランはソニアの手を引いてその場を離れようとする。

(その間に、東屋にいる女を逃がそうとするの?)

 ソニアにはそう取れた。

 だからセヴランの手を払い、闇の先に隠れようとする女に声をかけた。

「お待ち下さい! お話しは全て聞いておりました! 貴女はそれで良いのですか? 好きな人が好きでもない人と結婚するつもりなんですよ?」

 そうソニアが言っても女は振り返らずに、早足で逃げていく。

 引きずるほど長いドレスの裾を持ち上げ、不安定な足取りだ。 ヒールがとんでもなく高い。そして細いからだろう。

 こんな靴を履いていれば全速力は無理だ。いや、全速力で走る、という行為そのものを貴族の淑女が行うかどうかだ。

 しかし、ソニアは長い修道院生活で踵の低い靴しか履いたことがない。

 なので、この舞踏会でも慣れた踵の低い靴で出席していた。しかも足腰には自信がある。

(踏ん張ってモップ掛けをしていた修道院生活をなめるな!)

 ――今、ここで出さなきゃ何処で出すの? と、見当違いの場で実力を発揮しようとソニアは走る。

 鍛えた足腰が功を奏したのか、あっという間に差が縮まり女はソニアに捕まった。

 ソニアは女に

「好き合っているなら、どうしてセヴラン様に反対をしないのですか? お金って言っていましたけど、何か困窮している訳でもあるのですか?」  

そう立て続けに尋ねる。

 薄ら闇の中、ソニアに振り返った女は、化粧で縁取った瞳を大きく開く。まるで変わったものでも見ているように。

 ソニアも泣きたくなるのを必死に耐えて彼女を見据えた。


「嫌だわ」


 カトリーヌが、フフ、と含んだ笑いをしながらソニアを見つめ返してきた。

「遊び、だからでしょう?」

「……えっ?」

 その答えにソニアは今一度、聞き返すような声を出した。

「離してくださらない?  わたくしが貴女の手を払うのは貴族社会上、無礼にあたるので」

 ソニアはその冷たい口調に威圧されて、彼女の腕から手を離す。

 カトリーヌはドレスの裾を掴むと、いかにもぞんざいに形式上仕方なくと言わんばかりに、ソニアにお辞儀をした。

「ソニア様、ですよね?  クレア家最後の後継者の……。わたくし、カトリーヌ・ド・シャリエと申します。これでも夫がいる身ですのよ」

 ――夫?

「既婚者なのに……? セヴラン様と……?」

 ソニアは重なる衝撃に、もはや頭の回路が切れそうだった。

 ただ、考えもなしに言葉が口から漏れる。

「だから、遊びだと申し上げているでしょう?  夫以外の方と擬似恋愛を楽しむのですわ。独身にかえって将来を誓ったり、また、結ばれぬ恋に身を委ねてみたり、はたまた一夜の情事に浸ってみたり」

「そんな……! 神の御前で誓った相手以外の方とそんなこと……!  許されるはずが!」

「許すも許さないも、わたくし達貴族の子女は、結婚前には自由に結婚相手も選べないのよ? 自由に愛してはいけないの。愛していない者同士が、神の前で愛を誓う方が許されないと思わなくて?」

「――それは……」

 口をつぐんだソニアを囲むように、カトリーヌはゆるりと歩く。

 何も知らない少女だと、馬鹿にした態度だ。

「修道院に長くいらっしゃったようだから、世間のことは疎いようですわね。ソニア様、何をするにも世の中、お金がかかりますのよ?  特に男女の成さぬ仲には金は大事ですの。お互いに楽しみたいじゃありませんか、遊戯も賭博も恋愛も。セヴラン様もそうお考えなのですよ?」

 カトリーヌの手がソニアの肩に触れる。

 ねっとりした、吸い付かれそうな感触にソニアはひくついた。

「わたくしが色々とお教えしましょうか?  クレア家のソニア様? どうせなら楽しみましょう。有り余る財をお持ちなのですから、わたくしが有効な遊びをお教えいたしますわ。――セヴラン様とご一緒に」

 カトリーヌの、真っ赤な紅を引いた唇が優雅に上がる。


「――シャリエ夫人!  ソニア様とお近付きになりたいのなら、まず夫君と共にパトリス王にお伺いをお立てください」

 

 厳しい口調がカトリーヌを直撃する。

 彼女の肩がビクリと上がり、忌々しそうにその声の主に振り返った。

「……クリス様」

 その者の名を呼んだのはソニアだった。

 クリスは、口も聞けず呆然としているセヴランを避けて、ソニアに近付くとカトリーヌの前に立ちはだかる。

「夫君からの注意では、よくお分かりにならなかったようですな?  王直々に叱咤された方がよろしいか?  そうなれば、夫君共々に厳しい処分が下されますぞ!」

「な、何を仰るのやら……!  わたくしはただ、ソニア様に王宮の礼儀や、今流行りの遊びを教えて差し上げようと――」

「貴女に教えてもらわなくても結構です。――それより、夫人。貴女は確か、しばらくは王宮の出入りを禁じたはずですが……?」

 口調よりさらに厳しい眼差しが、カトリーヌを固まらせる。

 その問いに答えたのはセヴランだった。

「……僕が招いた。城外に出ると監視の目が厳しいから……王宮のこうしたイベント中なら、誤魔化せると思ったんだ」

「セヴラン様、父君であるパトリス王のお声が届かなかったようですな」

「カトリーヌが既に人の妻であることで反対なら、くそくらえだ!  僕は彼女を愛してる。彼女と一緒にいたいんだ!」

 そう切実にクリスに訴えるセヴランだが

「だけど」

と、視線をカトリーヌに移す。

「……彼女は遊びだと……嘘だよね? この場をしのぐための虚言だよね?」

 そう訴えた。

 カトリーヌはクリスがいる手前、どう言おうか手をこまねいている様子だ。

 口をパクパクと動かして、なんとも落ち着かないでいる。

 その姿を見たクリスはカトリーヌに

「貴女が、真実にセヴラン様を愛している、と言うならセヴラン様と作った賭博の借金の返済に渡した金を、パトリス王にお返ししなさい。そして二人で借金を返していきなさい。――それは出来ない。夫君と泣き付いてきたではありませんか。だからセヴラン様とは会わないという条件のもと、手切れ金としてお渡ししたのですよ?」

 それからクリスは、セヴランに向きなおす。

「セヴラン様もです。貴方が自由に使えるお金が無くなったのは、賭博の借金にあてたからです。自業自得の所業にソニア様を巻き込もうとし、あまつさえ彼女の財産まで狙うとは―― ! 幼馴染みの姫に悪いと思わなくなるほど落ちたのですか!」

「……」

 黙りこくった二人を見てクリスは

「カトリーヌ様はもうお帰りください。夫君には後から連絡が行きましょう。たっぷりと説教されなさい。もう屋敷から出してはもらえないかも知れませんね」

 そう言い捨てる。

「セヴラン様は私と一緒に……。貴方も共にお話をしなくてはなりませんよ……」

 クリスは静かにそう言うと、ソニアを見つめた。


 ――ソニアは立ちすくんだまま、頭を垂らしていた。


「……セヴラン様のお話を、どこまでお聞きしたのか……」

 セヴランは恋に浮かされて喋った内容を思いだし、青ざめた。

「お話し下さい。全て……知っていること……」

 ソニアは俯き、握る自分の手を見つめたままに、ようやくそう言った。





次回は1/31です。

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