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呪われ姫と強運の髭騎士  作者: 鳴澤うた
生誕祭とデビューと喧嘩と再会と
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(3)

 ようやく泣き止んだソニアがセヴランの手に導かれて移動した場所は、懐かしい東谷だった。


「まだあったのですね! 懐かしいわ」

 舞踏会の為に庭園内を自由に歩けるよう、所々に設置されたベンチや東屋には、小さなランプが設置されており、柔らかな明かりが仄かに周囲を照らしいる。

 ソニアとセヴランは東屋の中に入り、柱元に取り付けられた大理石の椅子に座る。

 幼かった自分が母に連れられて通される場所は、大抵この場所だった。

 母と、セヴランの母である王妃が肩を並べて仲良くお茶を飲んでいた、甘い香り漂うバラ園の中の東屋。

「春と秋はいつもこの場所だったよね。僕達はすぐそこの芝の上で本を読んだり、絵を描いたり、犬や猫と遊んだり――」

 セヴランの指が指す方向は夜のせいか暗闇だが、ソニアにもそこが過去の楽しい自分の遊び場だと分かった。

「あの頃は楽しかったわ……。朝起きたら『今日は何をして遊ぼう』って一番に考えて……」

 今思えば、幼い頃父や母は自分にとても甘かった気がする。

 まだ嗜みを覚えなくてはいけない年頃ではなかったにしろ、貴族の子女として厳しく躾に関して注意されたことはなかった。

(もしかしたら、クレア家の怪奇現象はもっと以前から起きていて、いつ死ぬかどうか分からないから、私の好きに……?)

 ソニアは芝に広がる闇が自分に迫っている感覚に襲われ、ぎゅっと目を瞑る。

 一緒にドレスも強く握っていたらしい。ポン、とセヴランの手がソニアの拳を包む。

 ハッと、セヴランと顔を合わせると微笑まれた。

 薔薇の香に似た甘い微笑みに、ソニアの胸の鼓動が不規則に打つ。

「クリスと喧嘩でもしたの?」

 クリスの名が出て、ソニアは彼が自分に言った内容を思い出し俯く。

「……喧嘩なんてしていません。ただ……」

「ただ?」

 この先を聞きたそうに、こちらを覗き込んでいるセヴランの顔が近いことに気付いたソニアは、ますます俯いてしまう。

 顔が熱い。

 こんな風に男性に顔を覗き込まれることなんて、今まで経験したことがないソニアにはどうしたら良いのか考えが思い浮かばず、混乱した頭でクリスに言われたことを話した。

 もしかしたら順序不同の支離滅裂な内容になっていたかもしれないが、セヴランはウンウンと頷きながら話を聞いてくれて、それが徐々に彼女を落ち着かせる事となった。

 

 一通り話が終わり、セヴランは「うーん」と低く唸って首を傾げるとしばらく考え込んでいたが、思い切ったようにソニアに顔を向けると口を開いた。

「クリスは実直な奴だから、正直に気持ちを伝えたんだろうと思う。だけど、ソニアを傷付ける為ではなくて、率直に君のためなんだろう」

「婚約者に浮気を勧めることが?」

「浮気を勧めたわけではないと感じた。ただ、君にとって、結果的にはそう感じる語源があったんだろうね」

「……随分、肩をお持ちになるのね。やっぱり剣のお師匠様だからですか?」

 ソニアのふくれた顔を見て、セヴランは肩を竦める。

「彼とは長い付き合いだから、嫌でも知っているだけ。――今は付き合いないけど」

「彼が私の元にいるせいで?」

 違う、とセヴランが肩を竦めたまま首を振った。

「それ以前から交流がない。僕が嫌になったんだ」

「……えっ?」

 何が嫌になったのか、聞き返さずにいられなかった。

「そんな真剣な顔をしないで。クリスが嫌いになったわけじゃないから」

 彼は背もたれの縁に肘をついた。

 長い指が彼の形良い顎にかかる。その姿は気怠そうに見えてもどこが色艶があって、ソニアの胸がシクシクと疼く。

 彼の方が一つ年上だ。ただそれだけの年齢差なのに、彼の方が大人に見えるのは何故なんだろう?

 夜の、この深い闇が見せる幻想なのか。

「剣を握るのが嫌になった――かな。考えてみたら僕は騎士になりたいわけではなかったし、鍛錬の一環としてクリスから剣や武道を教わっていたからね」

「でも、それは王族の一人として、身に着けなければならない物の一つではありませんか?」

「これでも、そこそこの腕前はあるよ」

「では、セヴラン様は今は何をしていらっしゃいますの?」

「強いて言えば『接待係』?」

 そこでクリスが言っていた台詞を思い出し、ソニアの目が寄る。

 ――女性接待係

「……何か、いかがわしいこと考えていない? 僕が女性限定の接待係だとか?」

 目が物語っていたのか。ソニアは否定せずに頷く。

 あまりの素直さに、セヴランの口から笑いが漏れた。

「アッハッ……! その素直さは昔から変わらないね、ソニアは。そんな噂は確かにあるのは知ってるけど、何も女性に限ってのことではないよ」

「そうなのですか?」

 疑わしい眼で自分を見つめる、ソニアのヒアシンスブルーの瞳を覗く。

 その覗かれた翠の瞳が表情共にとても真剣で、ソニアは思わず見つめ返す。


「僕ね、君がクリスとまだ結婚していないと聞いて、とても嬉しかった」

 ソニアの呼吸が一旦止まる。長い沈黙の後、ようやく

「どうして?」

と言葉を吐いたが、自分自身とても頼りない小さな声でしかも掠れていたので、セヴランに聞こえたかどうか不安だった。

 だが聞こえたらしい――というか、彼の顔がとても近いところにあったから聞こえたのか。

 気怠く顎に当てていた手を下ろし、両手でソニアの手を包むように握る。

「しばらく会わないうちに、とても魅力的な女性になって驚いたよ。再会したのが君が病床にいた時だったけど、少々やつれてどこか儚くて……僕が守ってあげたいと思った」

「セヴラン様……」

 突然の告白に、ソニアの頭から思考の一切が消えたように真っ白になった。


「良かったら……まだ間に合うなら、クリスから君を奪って良いかな……?」


 頭の中は真っ白なのに、セヴランの告白はしっかりとソニアの耳に聞こえ、捉えて離さない。

 まるで糸菓子に五感を絡められたように、動きの一切が止まる。

 だけど胸の鼓動だけは早鐘を打ち続け、動きを止めるどころか更に早く大きくなっている気がした。

 そうなってしまう発端が、すぐ目の前にいる。

 ゆっくりと端麗な容姿が近付き、綺麗な翠の瞳がソニアの顔を写すのが見えるところまで。

 キラキラと光っているのは幻なのか――

(ああ、顔のラメ……)

 そんな物付けなくても充分綺麗なのに、そう思いながらじっとセヴランを見つめた。


「こんな所にいましたか、姫君。探しましたよ」

「うっわっ!」

 ヌッと二人の目線の高さに、髭が出現した。

 驚いたセヴランが、腰を抜かさんばかりに後ろに下がる。

「クリス様……!」

 ランプの灯りに照らされた人物が、誰だか確認できたソニアを見ることなく、彼はセヴラン視線を向けた。

 強い眼光が薄闇の中でも分かる。

 その威嚇の眼差しに、セヴランは明らかに動揺していた。

「セヴラン様、王がお呼びでしたぞ。今夜は名実とも、ホスト役をお務めなさる予定だと伺っております。こんなところで羽目を外している場合ではないのでは?」

「ソニアの様子が気になったんだ」

「ソニア様のことは私にお任せください――さあ、あまり、数あるご婦人達をお待たせしてはなりません」

 少々刺のある言い方だったが、セヴランは『数ある婦人』で数人顔を思い出したらしく慌てて立ち上がり、身繕いをする。

「失念していた……! すぐに会場に戻らねば」

 セヴランは忘れずにソニアの手に口付けをすると

「ソニア、今度ゆっくりとアフタヌーン・ティーでも楽しみましょう――では」

と、彼女の同意も聞かずに、足早に闇の中の庭に紛れていった。


 残されたソニアは今、とても気まずい思いでいた。

 ギュッとドレスを掴み、肩を強張らせてじっと大理石の床を見る。

 顔を上げてクリスの方を見れなかった。

 修道院にいて色恋沙汰に疎い自分だって分かる。セヴランが、自分に何をしようとしていたのか。

 そして自分は彼の顔に見惚れていて、拒むことをしなかった。

「姫君、我々も戻りましょう」

 差し出された大きな手を、ソニアは驚きながらも見た。そしてゆっくりと顔をあげ、クリスを見上げる。

 彼は相変わらず微笑みを浮かべ自分を見ていた。


 ――どうして?


 彼はこうして、変わらずに優しく接しようとするのか。

 改めて確認された事実に心が、冷たい泉にゆっくりと沈んでいく気がする。

「……お怒りにならないのね」

 何かを堪えるように発せられた声は、自分ながらにも低いと思った。

 知ってか知らずかクリスは、困ったように眉尻を下げて苦笑いをした。

「沢山の方と知り合って、交流をして欲しいと言ったのは私ですからな……ただ」

「ただ?」

「今のセヴラン様は宜しくない。仲を深めることはお止めになったほうが良い」

 ――カアッ、とソニアの身体が一気に熱くなった。

「何故ですか? あの方は私の幼馴染みです! 仲良く昔の思い出を語って、こうやって会っていてはいけないと仰るのはどうしてなのです? ――それに沢山の方と交流を深めなさいと仰ったのはクリス様なのに!」

「……王の命令なのです」

「えっ……?」

 次の言葉がすぐに出なくて、ソニアは口を開けたままクリスを見上げた。

 珍しく彼が、自分から目をそらしていることが腹立たしく思い始め、頭の中で彼への罵詈雑言が駆け巡る。

「全て王の命令? クリス様と結婚することはパトリス王が決定した事だと、よーく存じています! それはそれで、私は受け入れていました――そりゃあ、髭とか濃い体毛とか……苦手かな? と自分の好みを再確認しましたけど、でも、クリス様は本当に良い方で、いつかきっと髭だろうがなんだろうが受け入れられる日が来るだろうって思っています! 私は私なりにクリス様をお慕いしようと努力してきました! ――けども、クリス様は『王の命令』が一番で最優先で何よりも大事なんですね!」

「姫……!」

「『姫』と頑なに呼ぶのは、『王の命令』ですか? クリス様は『王の命令』なら王が『うん』と言っていれば、セヴラン様が私にしようとしたことを見逃していたのですか? 王の命令があれば私を他の男の方に引き渡すのですか?」

「――それは!」


 聞きたくない

 これ以上


 我慢していた涙が頬を流れる。

「私は私ですから! 好きにしますから! クリス様なんて知りません! ずっと王の命令に付き合っていれば良いんだわ!」

 部屋に戻ります!

 ――ソニアは自分の手を掴もうとするクリスの手を扇で叩くと、彼から離れたくて一目散に逃げた。







次回は1/22を予定しています。

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