(3)
クリスが中央教会に伝達に出掛けて間もなく、付き添って来た若い侍女が、慌てた様子でソニアに取り次ぎに来た。
「ソ、ソソソニア様! 大変な方がお見舞いにいらっしゃいました!」
そう言う侍女の顔が赤い。それに慌てた様子ながら、目が彷徨っていてどこか夢をみているような眼差しだ。
「? どなた?」
ソニアが侍女にそう尋ねた時――
「入っても良いかな? 僕の可愛い幼馴染みさん」
僅かに扉を開けて覗かせた顔に、見覚えがありソニアは「あっ」と驚き、顔を綻ばせた。
「セヴラン様?」
「覚えていてくれたんだね、ソニア」
セヴランと呼ばれて、一旦顔を引っ込ませ扉を開けて堂々と入ってきた青年は――
一言で言わせれば『眉目秀麗』な姿だった。
日に透けるような金髪は緩やかなウェーブで耳にかかり、若草色の瞳は早春の若芽を思わせ、上品に上がる唇は甘い囁きがよく似合いそうだ。
色白の顔がキラキラ輝いているのは、ラメ入りの粉をはたいているのか。
瞳と同じ色の上着を着込み、レースのスカーフを襟に品よくまとめている。
スリムなタイツに、彫りが入った膝上のブーツ。
余計な贅肉が付いていない彼の体型に、よく映えた。
(今流行りの膝上ブーツ! それに緩めのカールヘアスタイル! 顔にラメ塗してキラキラ効果!)
ソニアの目は、クリスから聞いた流行のスタイルを素早くチェックに入る。流石この辺り女の目は厳しい。
だがセヴランは、そんな女性達のシビアな視線に慣れているのか、それとも自分のセンスに自信があるのか――悠然とソニアに近付いていく。
そして、一輪の赤い薔薇を差し出した。
「父から聞いてね。再会を楽しみにしていたよ。――なのに、事故に病気とトラブル続きで王宮に来るのが遅れると聞いて、お見舞いに来たんだ」
受け取った赤い薔薇には、銀の刺繍が入ったリボンが結ばれていた。
「既に父から見舞い用に大きな花束をもらっただろうから、僕は一輪に思いを籠めて」
ね? と軽く片目を瞑って見せるセヴランは、仕草が自然で嫌みがない。
その姿と合っているものだから、ソニアも傍らに控えている侍女のようにポーッと見惚れてしまった。
「あ、ありがとうございます。久しぶりに会えたというのに、このような姿で申し訳ありません」
我に返って、慌てて寝台から出ようとするソニアをセヴランは
「良いよ、このままで。どんな姿でいても可愛い人は可愛いままさ」
と、自ら毛布をかけてやる。
「……?」
セヴランのその親切な様子に、ソニアは何処か違和感を感じて首を捻った。
「どうしたの?」
「いいえ、何でも……。セヴラン様、今日はお忍びで? お供の方は?」
「外で控えてもらっている。あまり長居すると回りが大騒ぎするから、もう帰らなくてはならないけど――今度は王宮で、昔に戻ってゆっくり語り合おう」
セヴランはそう言い、ソニアに恭しくお辞儀をすると、侍女の手の甲に口付けをして部屋から出て行った。
「さすがに王子となると違いますねえ! どの仕草も優雅で素敵! あんなこと、その辺の男がすれば吹いちゃう所なのに、惚れ惚れするばかりでしたわ!」
手の甲に口付けをされた侍女は、浮かれてソニアにベラベラと喋り続けていたが、ソニアの様子がおかしいことに気付き、ようやく口を閉ざした。
毛布をギュッと握りしめ、ジッと一点を見つめている。
「ソニア様? ご気分が悪くなりました?」
侍女が恐る恐る尋ねるが、ソニアは聞いていないようだった。そしてポソッと呟く。
「……セヴラン様、私に触れないようにしていたわ……」
思い出し、改めて気付いた侍女もハッとして青ざめる。
そうだ。本来なら身分が上で主人である、ソニアの手の甲に口付けをするのが先ではないか。
なのに、彼女には敬う礼をしたが、淑女への労りは無かった。
「忘れていたとか……?」
侍女は王子にされた行為が嬉しくて、主人の前ではしゃいだことに恐縮しながら答える。
対してソニアは、侍女の様子には気に掛けていないようだ。あくまでもセヴランに対しての疑問。
(私に毛布を掛けるときにも、身体に触れないように最大限に気を遣っていた)
それが感じた違和感だ。
侍女にした、挨拶の手の接吻で何がそう感じたのか――分った。
優雅でスムーズな行動に一点だけギクシャクしていたのは、自分に触れないように毛布を持つ自分の手に集中していたからだ。
「王宮にも伝わっているの? 私の城でのこと……」
◇◇◇◇
セヴラン王子が来たことを、教会から帰ってきたクリスに伝えると「そうですか」と一瞬驚いた表情をした彼だったが、すぐに切り替えて、明日の教会訪問の時間についての相談になった。
早い時間の方が良い、というソニアの意見にクリスは早い朝食の手はずを整えに行く。
ソニアは侍女達に明日、すぐに出発出来るように荷物をまとめて置くように頼んだ。
セヴランの話をしたところ、驚きと混じったどこか呆れた色があったのをソニアは見逃さなかった。
クリスは王太子であるアロイス様と、セヴラン様の剣術指南と騎士道を教える立場にあったはず。
――いわゆる師弟関係
なのに城下街から出た、この宿泊街までお忍びでやってきたことを知ればクリスだって、もう少し喜んでも良いんじゃないかと思うし、セヴランも「師に挨拶してから帰る」とか言っても良いはず。
「クリス様、セヴラン様とお会いできなくて残念でした?」
自分の手前、無理しているのでは? と気になってソニアは尋ねてみた。
「王宮で顔を合わせますから、特に」
と素っ気なく言い返してきたが――
(空気が痛い! 刺さってくる!)
明らかに怒りが籠った波状がただ漏れして、ソニアに刺さってくる。
「セヴラン様と仲違いをしていらっしゃるんですか? もしかして」
ソニアの言葉にクリスはウーン、と首を傾げる。
「仲違いするもなにも、私が何を言ってもセヴラン様はどこ吹く風ですし、近頃は逃げ回っておりますからなあ……」
「セヴラン様は、今は何の役割を担っていらっしゃるんですか?」
「特に何も……強いて、苦しみ紛れに、どうにか役職を述べよと言われれば『女性接待係でしょうか?」
「……成程。だからあのように、お洒落に気を使っていらっしゃるわけですね」
「お洒落と女性との娯楽に、早くから目覚めてしまいましてね……。元々、端麗なご容姿でいらっしゃいましたから……王宮に出入りする女性達にかどわかされるのも早くて。――王太子のようにしっかりと分別がつくお方ではなかったのです」
――そう言えば、幼い頃遊んでいて、自分から意見を言うことは少なくて何か言っても
『うん、良いよ』
ってニコニコ同意していた。
(主体性が無いから、周囲に流されて今現在の彼が出来てしまった……わけ?)
「自分がやりたいことや己の使命に気付いたら変わるだろう、と王がおっしゃっいましてね」
呆れ果てているけど、どうしようもないからしばらく見守っていこうか――という心情か。
それにしても――
十年会わないと大分変わるものなのね――少し衝撃を受けている自分がいる。
ふわりとした甘い笑顔の可愛い男の子だった。だけど、王族らしく品ある容姿の。
――見舞いに来て久し振りに再会した幼馴染みは『ふわり』どころか『ふらふら』という言葉が似合う青年になっていて。
――でも、育ちのよさは隠せないし、やはり一際目立つ綺麗な顔立ちで、思わず見惚れてしまうほどだった。
(それに……私の初恋の相手だし……)
そう思うと、胸がキュンと鳴く。
「申し訳ない、姫君。貴女のずっと想っていた人を悪く言うなんて……」
頭を下げてきたクリスにソニアは慌てる。
「いえ。クリス様がとっても手を焼いていたのが目に見えた説明でした」
そう笑った。
――分かっているなら彼のこと、悪く言わないで
と頭の片隅でクリスに愚痴る。
やっぱり初恋の相手は別格なのだ。
ようやく王子登場




