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呪われ姫と強運の髭騎士  作者: 鳴澤うた
初恋の王子との再会は
12/34

(2)

 雨に打たれたせいか

 馬車ごと崖から落ちそうになったせいか

 はたまた――不気味な声を聞いたせいか


 ソニアはその日のうちに熱を出し、臥せってしまった。

 どうにか城下街の高級宿に着き、ソニアは熱が下がるまで身動きがとれなくなっていた。



◇◇◇◇

(でも……心配しすぎじゃないかしら……?)

 

 ソニアの熱が上がり寝込んだのは、一日だけ。

 それからは『大事をとって』とひたすら寝かされて、起きて動き回ろうものなら即、寝台に戻された。

「心配なのですよ、皆、姫君のことを大切に思っていらっしゃるのです」

 様子を見に来たクリスが笑みを浮かべ、ソニアに花束を差し出した。

 大輪の、白とピンク色の薔薇の見事な花束だ。

「パトリス王からです」

と一言付けて。

「まあ……綺麗! 今度の生誕祭には是非、お礼申し上げたいわ!」

「明日から、自由に動いても構わないと医師から許可が下りたそうで――早速、明日は王宮に向かいましょうか?」

 クリスの問いかけにソニアは「いいえ」と首を振る。

「先に、中央教会に出向こうかと思います」

 そうソニアが自分の胸元からロザリオを出した。

「―― !」

 それを見たクリスの顔が曇る。

 銀の発色を放っていたロザリオが、真っ黒になっていたのだ。

 錆がびっしりと付着したロザリオを見ながら、ソニアの瞳が憂いに揺れる。

「……城で起きる現象や、私自身に起きる奇怪な出来事の原因が何なのか……一刻も早くつきとめなければ……」

 そう言ったニアは、深くて長い溜息をついた。

「どうして……こんなことが……もしや、父や母やお兄様達は……」

  ――亡くなった原因は。

 ソニアの口から吐き出そうとした疑問は、声に乗らなかった。

 自分自身、否定したい考えだからだ。

(お祖父様がご存命でいらっしゃった時には、こんな現象は起きなかった)

「――もう訳が分からない……」

 ソニアの儚い呟きにクリスは、優しく彼女の頭を撫でる。

「クリス様……」

「大丈夫! 私がいます! 私は『強運』の持ち主なのですよ」

「強運?」

 そうです、とクリスは厚そうな胸板を反りあげて見せる。

「今までも私は、生きるか死ぬかの戦や事件に巻き込まれましたか――ほら! ご覧の通り、五体満足、どこも不自由しておりません。それは私の側で戦ってきた者達にも当てはまります――なので、いつも私が戦いに出向くと『運は全てクリスフォード・コルトーに持っていかれた』と敵側は慄くものです」

「……ふふ、まるでクリス様が、幸運を吸いとっているような言い方」

「私は、運を吸いとって周囲にばらまいているようですよ。……あれ? 何だか人外生物みたいな感じになってきましたな……?」

 視線を上にして「言い方がこれでは」と腕を組んで考え込むクリスを見て、ソニアは手を口に当てて笑いをこらえる。

「やだ……! クリス様ったら……!」

 笑いを堪えるのに必死な様子のソニアを見て

「やはり姫君は、笑っていた方が良いですな。周囲を華やかにさせてくれます」

と安心したように言った。

「だってクリス様が笑わすんですもの!」

「大いに笑ってください。そして邪悪な気配を吹き飛ばしてしまいましょう! 姫が笑って過ごせるなら、私はどんなことでも致しますよ」


 ――この方は全てが強いんだわ――


 ソニアは、朗らかな笑顔を向けるクリスを見て思った。

 身体も心も気力も運も。

 神から授かると言われている『加護魔法』の恩恵だけじゃない。

 彼自身が、周囲に光を与える存在のように思える。

 ――私もクリス様のようになろう。

 強く逞しく

「クリス様、私も負けたりしません。悪運なんて跳ね返して見せます!」

 陰りの消えたソニアにクリスは

「その意気ですぞ。姫君」

と励ます。


「あの……」

 クリスの自分を呼ぶ名前にふと疑問を持ち、彼に尋ねてみた。

「クリス様は、どうして私のことを『姫君』とお呼びになるの?」

「えっ? しかし、ソニア様は騎士の私にとっては『姫』でして――」

「でも、私を馬車から助け出して下さった時には『ソニア』と呼んでくださいましたよね?」

 瞬く間に全身を真っ赤にさせたクリスを見たソニアは驚いて、瞳を瞬かせた。

「――いや! これは……! 大変失礼なことを! あの時は私も無我夢中でして……!」

「いずれ、夫婦になるのですから、名前でお呼びしても構いませんのに……」

「いや! しかし、まだ私達は式もあげていませんし……! 全てが済むまで『姫』と呼ばせてください」

 今一、納得できないソニアは疑心を籠めた眼差しでクリスを見据える。

 そりゃあ、彼にとっては自分はまだまだお子様に見えるだろう。

 それに長く修道院で過ごしていたせいか、世間知らずな所があると分かっている。

 王宮に行くために礼儀作法やダンスのおさらいをしなくては不安だったし、今時の流行のドレスや話も分からず、クリスに尋ねては情報収集に勤しんでいた。

(だからって結婚適齢期よ、私。適齢期って言うのは心身共に大人ですよって言うことじゃなくて?)

 ――でも三十路を過ぎた彼には、まだまだはな垂れ小僧なのかしら?

(まさか………)

 ソニアはある可能性に気付き、クリスに恐る恐る聞いてみた。

「もしや、将来を誓いあった女性がいたのに王の命令で、泣く泣く別れたとかではありませんか……?」

 彼は王宮に仕える騎士だ。

 王宮内で働く女性の中に、結婚の約束をしていた人がいたかもしれない。

 その彼女に操をたてているとしたら――何て罪作りなことをしてしまったのか。

 だがそんなソニアの心配も杞憂だったのか、クリスがブンブンと音が出るほど首を振って否定した。

「そのような女性がいるなら、例え王の命令でも拒絶しております」

「……本当に? 無理はしておりませんか?」

 再び疑心の眼で見つめてくるソニアに「まいったなあ」と言わんばかりに、クリスは短髪で刈り上げた頭を掻いた。

「私は王宮に仕える騎士です。そのような場所に仕える騎士達は、剣や武道も当たり前ですが礼儀や作法、会話も一流でないといけません。それは騎士道の習いにも組み込まれております。女性に対する細やかな気遣いや優しさは、騎士として当たり前で必須なわけです。――私は一人の騎士として女性に接していたわけで、疚しい気持ちなど起きたことはありません」

「――と、言うと……私を『姫』と呼ぶのは、騎士としての習いであって『女性』として見ているわけではないと?」

 ソニアは少々ムッとして突っ込みを入れた。胸に指で突かれたような軽い痛みを感じながら。

 長い沈黙があった。

 クリスの顔が、ほんのりと朱に染まっているままで。

「……まだ、髭が苦手でしょう? だから『騎士』として『姫』をお守りする役割で、しばらく徹したいのです。もし、どうしても駄目だと貴女が後悔したら……この先、辛い結婚生活になりますから」

「クリス様……」

 ソニアは項垂れた。

 そこまで自分を思って、考えていてくれていたなんて。

 正直、王が選んだ相手なら大丈夫、『仕方がない』と思って諦めていた。

 

 ――なら、仲良くなって夫婦として楽しく過ごそう、と。

 ――もしかしたら『諦め』に心の何処かで拒絶して『髭、怖い』として表に出てきていたの?

 

 そうなら騎士らしい慇懃な態度を続けてきたクリスに、何て申し訳ないことを自分は尋ねたのだろう。 彼の気持ちも知らないで。

「申し訳ありません……私の態度のせいなのに……」

「――いえ、これは私のためでもあるわけですからお気になさらずに」

「でも……!」

 何処までも自分に優しく接しようとするクリスの顔を見上げて――思わず目を見開き凝視してしまった。

 茹で上がった状態で、身体から湯気がたっていたからだ。

「……クリス様?」

 ソニアが彼の名を呼ぶと、クリスは拳で口を塞ぎ恥ずかしいそうに視線を反らした。

「……騎士で貴女に接した方が正常でいられるのですよ。その、騎士の鎧を脱いでしまうと私は、ただのおっさんのクリスフォード・コルトーになって貴女を見てしまうから……」

「は……はぁ……」

 ソニアもつられて赤くなる。

「言っておきますが、私は少女が好みとか――そう言う性癖はありませんので」

「は……い」

 こそばゆい居づらさだ。ソニアは思った。

 クリスもきっとそう感じたのだろう。

「では、中央教会に連絡をしてきます。失礼!」

と、足早に部屋から出ていった。


「大人の恋は複雑なのね……」


 ソニアは、手打ちわで顔の火照りを冷ましながらぼやいた。




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