第8話
冥界門の中のダンジョンは、名前の通り死霊系のモンスターで溢れていた。
もっともカンザキの左手に持つレーヴァテインや、あたしとアルトの聖属性魔法のターンアンデットが簡単にモンスターを退け、冥界門の中を意外と順調に進むことが出来た。
もっともターンアンデットで倒したモンスターは経験値が入らないので、この手段は大勢の死霊系のモンスターが現れた時や、緊急時にしか使用しなかったけど。
「ハッ、流石に冥界の中なだけはあるな。ここまで死霊系のモンスターを相手にすると気が滅入ってくるぜ」
「ですね。こう陰気くさいというか、生気が奪われるというか。」
「早いとこDeathを倒してこんなとこ出ようぜ」
カンザキの言葉にアーティアやダイソンが答える。
うん、ムシの森も嫌だったけど、このホラー系のドロドロした感じもすっごくいやだ。
「そりゃあ、早く出ることには越したことないけど、だからって簡単にDeathが倒せるわけじゃないんだから、油断しないでよね」
「分かってるよ。Deathが相手なんだ。1回や2回の死は覚悟してるさ。
そっちこそ俺達がバタバタ死んでも慌てるなよ」
あたしの注意にダイソンが言い返してくる。
口では簡単に言ってるものの、彼もそれなりの覚悟を決めてきてるみたいだ。
「お、再び冥界の扉か。どうやらこの先が冥界の終着点らしいな。
ってどうやって開けるんだ、これ?」
「カンザキ下がってて。多分また俺が扉に触らないと開かないんだと思うよ」
扉を調べていたカンザキの代わりに、榊が扉の前に来て触れる。
すると例のメッセージが流れて扉が内側に開かれる。
「っし! 行くぜ野郎ども! 死して屍拾う者なし!」
「カンザキ、お前それ意味分かって言ってるのか?」
カンザキを先頭にDeathの居るエリアへ進入していく。
中に居たのは、大鎌を持った骸骨の体を黒のローブで覆われた見たまんまの死神を連想させる姿だった。
『ほほほっ、よくこの場まで来れたの。儂は『死を撒く王・Death』じゃ。この場に来たということは死にに来た、でいいかの? ん?』
「悪いが死にに来たわけじゃないんだ。つーかあんたを死なせに来た方なんだがな」
『ほほほっ、これはまた面白いことを言う。儂は『死を撒く王』じゃ、その儂に死を与えるとは。それだけの実力はお主たちにはあるのかの?』
カンザキの挑発に『死を撒く王』は挑発し返す。
当然カンザキはその挑発に容易く乗ってしまう。
「その体に証明してやるぜ!」
叫びながらカンザキは右手の銃を発砲する。
「クリティカルバレット!」
そして左手のレーヴァテインで『死を撒く王』を叩き斬る。
「トライエッジ!」
カンザキの攻撃は難なく『死を撒く王』に決まりHPを削る。
『死を撒く王』はあたし達の攻撃を気にせずに、手に持った大鎌でカンザキを攻撃する。
カンザキは戦技を放った直後と『死を撒く王』の防御を考えない攻撃の為、大鎌がカンザキのHPを削るが、削られたのは1%にも満たなかった。
「なんだこいつ、すっげぇ弱ぇじゃん。こんなんで26の王かよ。これだったらまだ『オークの女王』の方がましだぜ」
「カンザキ、油断するな。まだ始まったばかりだ。いつ即死攻撃が飛んでくるか分からないんだぞ」
『死を撒く王』の攻撃を受けて一旦距離を置いたカンザキは自分のHPを見て余裕の表情を見せる。
アーティアはそんなカンザキに注意を促す。
『ほほほっ、運がいいの、お主』
「へっ、俺様は悪運が強いんだよ!」
『死を撒く王』の攻撃力に致命傷は無いと判断し、カンザキは再び接敵する。
それに倣いシェンレンとダイソンも『死を撒く王』に向かっていく。
騎獣士であるアーティアは、自騎獣の走竜に乗ってやや距離を置いて様子を見ていた。
・・・運がいい? まだ普通にしか攻撃していないのに?
あたしは『死を撒く王』の言葉が少し引っかかっていた。
そんなあたしの考えを余所に、『死を撒く王』は先ほどと同じく防御を無視して大鎌を振るう。
「そんな攻撃ちっとも怖く・・・」
カンザキも防御無視で攻撃を仕掛けたのだが、『死を撒く王』の攻撃を受けた瞬間にHPが一瞬で0になった。
――なっ! 即死攻撃!? いつ!?
幸い蘇生魔法のプリザベイションを受けていたので、10分間の間にリザレクションを受ければ生き返ることが出来る。
カンザキは今は幽霊状態で自分の身体の傍に佇んでいるはずだ。
『ほほほっ、運が無かったのう。さて次はどいつかの』
『死を撒く王』はダイソンに目標を定め攻撃を仕掛ける。
その間に呪文を唱え終わった榊とアルトはカンザキに蘇生魔法を掛ける。
「リザレクション!」
「プリザベイション!」
蘇生魔法を受けてカンザキは立ち上がると、再び『死を撒く王』に向かっていく。
「よくもやってくれたな! お返しはたっぷりさせてもらうぜ・・・!?」
カンザキは勢いよく向かっていこうとしたが、その間に攻撃を食らったダイソンがその場に崩れ落ちた。
HPは0――即死攻撃だ。
だけど見ている限り何の変哲もない普通の大鎌の攻撃だ。
流石にカンザキも気が付いたのか、迂闊に飛び込まずにその場にとどまる。
「てめぇ、いつ即死攻撃を仕掛けた?」
『ほほほっ、何を面白いことを言う。
儂は『死を撒く王』じゃぞ。死を与える攻撃は儂だけの特権じゃ。他の誰にも持っていない力。それを何時仕掛けたとはおかしなことを言うのう』
『死を撒く王』だけの特権って、即死攻撃は『死を撒く王』だけしか持っていないってこと?
だとすれば即死耐性のアクセサリーが存在しないのは納得できる。
その間にも榊とアルトが蘇生呪文を唱え、ダイソンを蘇らせる。
「ちっ、油断した。まさかこいつ普通の攻撃が即死攻撃なのか?」
『ほほほっ、死を恐れずに甦るか。まぁいいじゃろう。
儂は大鎌を振り回すだけしかできないが、攻撃は全てに等しく死を与える。運の悪ければ即その場でリタイヤじゃ。何度蘇ろうとも儂は死を与え続けるのみじゃ』
『死を撒く王』の攻撃全てが即死攻撃? 運が良ければ死なないみたいだけど、高確率で当たるロシアンルーレットをやっているようなものだ。分が悪すぎる。
「カンザキ、ここは一旦引いた方がよくない?」
「いや、奴の攻撃はあの大鎌を振り回すだけみたいだから当たらなければどうってことない。もし死んだとしてもさっきみたいに榊とアルトの蘇生魔法で対処できる。
大丈夫だ、俺達ならやれる!」
あたしの退却案を却下し、カンザキは戦闘続行を決める。
「・・・本当にやばくなったら強引にでも退却してもらうからね」
「ああ、その時は俺が死んでる時だから好きにしな。俺が死ねばサブマスのベルザがギルドマスターだ。この情報を持って対処してくれればいいさ。
まぁ、俺が死んだらこのレーヴァテインを形見にして持って行ってくれると嬉しいぜ」
「ちょっ、何縁起でもないこと言っているのよ」
「ははっ、違いねぇ。とりあえず今は目の前の『死を撒く王』に集中するだけだ!」
そう言いながらカンザキは『死を撒く王』に突撃をする。
なるべく攻撃を受けずに躱しながら『死を撒く王』のHPを削る。
攻撃を躱しきれずに武器で大鎌を弾くこともあるけど、弾いた瞬間に即死することもあった。
「なっ!? 大鎌を弾くのもだめなのかよ!?」
『ほほほっ、言ったはずじゃぞ、儂は『死を撒く王』。儂の攻撃に触れる者は死に取りつかれる。全ての攻撃に死を撒く者なり』
さらに難易度が上がった。『死を撒く王』の攻撃には一切触れずに攻撃しなければならない。
カンザキ達が攻撃する一方で、榊とアルトは連続で蘇生魔法を唱え続けている。
2人が頑張っているお蔭で今のところは危ういながらも『死を撒く王』にダメージを与え続けている。
だけど悪夢は一瞬で訪れた。
『ほほほっ、やりおるの。じゃが、儂にはもう1つだけこの攻撃があるのじゃ』
『死を撒く王』が大鎌を振るうと同時に、『死を撒く王』を中心に紫の光が迸る。
光が収まったあとその場に立っていたのはあたしだけだった。
「――――えっ?」
カンザキ、シェンレン、ダイソン、アーティア、榊、アルト、プリザベイションが掛かっていたため身体は光の粒子となっては消えずに、全員がその場に倒れていた。
だけど蘇生役の2人が倒れてしまったため、もう二度とみんなを蘇らせることは出来ない。
あたしは死を覚悟した。
もうこうなっては打つ手はない。
あたし1人で『死を撒く王』の大鎌を躱して攻撃しても、先ほどの全方位の即死光が放たれれば死ぬ確率が高い。
ああ、こんな風になるんだったら大神君と別れずに一緒に居たかったなぁ。
『ほほほっ、お主、運がいいの。流石に儂の攻撃は運だけには敵わないからのう』
あたしは『死を撒く王』の言葉をぼんやり聞きながらカンザキ達の身体を見ていた。
彼らも今はまだ完全に死んだわけではない。プリザベイションの効果が切れる10分間ほどその場にいることが出来る。
死の恐怖に怯えながらただ黙ってみている事しかできない彼らを思うと可哀相でしかない。
まぁ、あたしもすぐ同じ立場になるんだけど。
そう思いながらカンザキのレーヴァテインを見て思い出す。
『ああ、その時は俺が死んでる時だから好きにしな。俺が死ねばサブマスのベルザがギルドマスターだ。この情報を持って対処してくれればいいさ。
まぁ、俺が死んだらこのレーヴァテインを形見にして持って行ってくれると嬉しいぜ』
そうだ、あたしはまだ死ねない。死に恥をさらすことになろうとも、この『死を撒く王』の情報を持ち帰らなければならない。
この後何も知らない後続のプレイヤーが来たら全滅は必至だ。
あたしは勇気を振り絞りながらカンザキの身体の傍に行き、レーヴァテインを拾いながらその場を離脱する。
『ほほほっ、逃げるか。それもまた良し。死に急ぐことが美徳ではあるまい。死に足掻き死から逃れて見せよ。ほほほっ』
『死を撒く王』の言葉を背に、残されたみんなに謝りながらあたしは冥界門のダンジョンを死に物狂いで駆け抜けた。
――Qの王の証の所有者が死亡したことにより、エンジェルクエスト・Queenがリセットされました――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いったいどういう事!? 何があったのか説明しなさいよ!!」
マキナが机を叩き付けてあたしに説明を求める。
あたしは冥界門のダンジョンを命からがら脱出することが出来た。
たとえチートスキルの詠唱破棄スキルだけでは、ソロであの中を潜り抜けることは出来なかっただろう。
あたしが冥界門のダンジョンを脱出することが出来たのは、カンザキのレーヴァテインのお蔭だ。
あたしは剣スキルを持っていないからレーヴァテインの性能を十全に発揮することは出来なかったけど、それでもLEGENDARY ITMEの威力は凄まじく何とか脱出することが出来たのだ。
冥界門を脱出して直ぐにあたしはギルドホームへ向かった。
Queenの復活のアナウンスが流れてるから何があったのかは予想が付くとは思うけど、あたしはギルドのみんなに『死を撒く王』との戦闘の事を話さなければならない。
「マキナ、落ち着け。
ベルザは今戻ってきたばかりなんだ。それにDeathの事を話すとなると、彼女にも辛い思いをさせることにもなる」
「そんなのっ! 関係ないわよっ! カンザキが死んだのよ!? 落ち着いていられるわけないじゃないっ!
それに、こいつはみんなを見捨てて逃げてきたのよ!? こいつに気を使う必要なんてないわよっ!!」
「マキナっ!!」
マキナのあたしを責める言葉に、クリスは怒りの形相でマキナを睨みつける。
「クリス、いいのよ。みんなを見捨てたことに間違いはないんだから。
けどそれでも『死を撒く王・Death』の情報を持ち帰らなければならなかったわ。例え生き恥をさらそうともね」
あたしはギルドホームの会議室に集まった『ELYSION』の幹部に『死を撒く王』の戦闘の詳細を語った。
――『死を撒く王』の攻撃は大鎌のみだが、全てが高確率の即死攻撃である。
――『死を撒く王』には全方位による回避不可の即死光の範囲攻撃がある。
――蘇生魔法の使える2人が死亡したことにより、戦闘の続行が不可能だったこと。
――カンザキの『遺言』により『死を撒く王』の情報とレーヴァテインを持ち帰ること。
――『死を撒く王』の言葉からステータスのLuc値が高ければ即死攻撃は防げるかもしれないこと。
「それで? ギルドマスターとしてはこれからどうするの? まさかこのまま泣き寝入りって訳じゃないよね!?」
「えっ? ギルドマスター・・・?」
「デスゲームによってシステムが変わったことで、サブマスターはギルドマスターが死亡した場合そのままギルドマスターの地位を引き継ぐことになる。
カンザキの『遺言』にもあった通り、ベルザ、君が今から『ELYSION』のギルドマスターだ」
マキナがあたしに食って掛かるのを押さえて、クリスがギルドマスターの説明をしてくれる。
ああ、そうかあたしがこれから『ELYSION』のギルドマスターなんだ。
「『死を撒く王』への攻略は当分中止よ。あれは普通の手段じゃ倒せないわ。他に別の攻略法を見つけないと。
それに蘇生されると分かっていても、目の前で仲間が倒れていくのを見るのは辛いものがあるわ。あたしは出来ればその光景を見たくない」
「何よっ、意気地なしっ! カンザキの敵はどうするのよっ!?」
「待てマキナ。感情論だけで突っ走って言っては君もカンザキの二の舞になる。
ベルザの言う通り攻略法を見つけてからでも遅くは無い」
マキナも理屈では分かっているのだろうけど、感情がそれを許さないのだろう。
クリスにそう言われても、彼女の興奮は収まらない。
「『死を撒く王』は置いておくとして、『オークの女王』はどうするの? あれはあたし達の獲物でしょ?」
幹部の1人のラーニャが発言する。
「そうよっ! あれはカンザキの王の証よ! 他の人にはやれないわ! 取り戻すのよ!」
「・・・分かったわ。確かに1度倒してる相手だから大丈夫だとは思うけど、油断しないようにお願いね。
2日後に出発するからそれまで準備をしておいて」
今からでも特攻しそうなマキナを押さえて、2日後に『オークの女王』の討伐に向かうことにする。
今の興奮状態のマキナ達だと間違いなくミスを犯す。
気持ちが焦り過ぎてるのと怒りで周りが見えていない。
2日で冷静さを取り戻してくれればいいんだけど、彼女たちの心の中にはカンザキのウエイトがかなり占めていたみたいだ。
「準備をするのはいいけど、レーヴァテインはどうするの? 伝説級の武器を後衛職のベルザが持っていてもしょうがないと思うんだけど」
ラーニャの言う通り、確かにあたしが持っていてもしょうがない。
冥界門のダンジョンの脱出には役に立ってくれたけど、これからは前衛職のラーニャ達に使ってもらうのがベストだろう。
「いいえ、レーヴァテインはそのままベルザさんに持っててもらいます」
今まで黙っていた元サブマスターの麗芳さんが発言する。
「っ! 麗芳さん、何でっ!? 伝説級の武器なのよ!? 前衛職の人が使ってこそ役に立つんじゃない!?」
「落ち着いてください、マキナさん。
これはカンザキさんの『遺言』でもあります。何かあったら彼女にレーヴァテインを預ける、と。
何でかと質問すると「俺の勘」としか言いませんでしたけどね。
それに今の貴方達には彼の武器を使う冷静さが足りません。それでは彼の形見を与えることは出来ませんよ」
『ELYSION』の影の権力者でもある麗芳さんに言われて、マキナ達は納得いかない顔をしていたが引き下がる。
まぁ、確かに今の彼女たちの冷静さを失った状態で伝説級の武器を使いこなせるかと言ったら否としか言いようがない。
だからと言ってあたしがレーヴァテインを使いこなせるかと言ったらそれも否としか言いようがないけど。
『死を撒く王』の情報の報告と今後の活動についての会議が終わった後、クリスが心配そうに尋ねてきた。
「ベルザ、大丈夫か? その、『死を撒く王』の事とか、ギルマスの事とか」
「大丈夫よ。心配してくれてありがと。
仲間を見捨てて逃げてきたことで非難されるのは仕方ないわ。事実だもの。
ギルマスも古参メンバーには申し訳ないけど、何とか頑張ってみるわ」
「・・・そうか、無理はするなよ。何かあったら相談してくれ」
そう言ってクリスは他のメンバーと『オークの女王』の討伐の準備に向かう。
あたしも託された武器を使いこなすための作業にかかる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あたしは会議の後、レーヴァテインを使いこなすため剣スキルとステップスキルのスキルブックを露店から買ってサブスキル枠にセットして、深緑の森に向かう。
時間は1日しかないけど、出来る限りスキルLvを上げておかなければならない。
大神君みたいにわざわざ前衛に出て戦う訳じゃないけど、いざという時の為に剣スキルのLvを上げておくに越したことはない。
丸1日森に籠って出来るだけ剣スキルでモンスターを倒していく。
伝説級の剣の威力と詠唱破棄スキルからの即時治癒魔法のお蔭で、ソロでもそこそこ戦えたので剣スキルとステップスキルのLvがかなり上がった。
2日目には『オークの女王』討伐の為、ギルドホームに戻って準備をする。
「みんな、準備はいい? よければサンオウの森に向かうわよ」
「ふん、そんなのとっくに準備できてるに決まってるじゃない。あたし達は一刻でも早く王の証を取り戻したいのよ」
マキナは相変わらずあたしにきつく当たってくる。
彼女にしてみれば、慕っていたカンザキが死んであたしだけが生き残ったのが許せないのと、古参メンバーを差し置いてサブマスターからギルドマスターになったのが納得いかないのだろう。
見方によっては、あたしが『ELYSION』を乗っ取ったように見える。
「準備が出来てればそれでいいわ。行きましょう」
討伐メンバーは7人のフルPT。
聖騎士のラーニャ
聖撃士のラッシュ
光輝魔導師のデカルト
暗殺者のチノ
精霊術師のマキナ
閃弓士のクリストファー
神楽巫女のベルザ
7人中5人は、一度『オークの女王』を倒したメンバーだ。
サンオウの森はモンスターのLvが30前後なので、今のあたし達には何の問題もなく進んでいった。
『リザードの王』の時と同じような広場に出ると、中央には巨大な豚が居た。
3m位の醜く太った巨体に、女王様ルックのボンテージ衣装に身を包んで手には鞭を装備している。
噂には聞いていたけど、こうしてみると物凄く関わりたくないモンスターだ。
『ワタクシは『オークの女王・Queen』よ。ここに来たということはワタクシのペットになりに来たのかしら?』
「悪いけどあんたの問答に付き合ってる暇はないのよ。とっとと死んでちょうだい!」
広場に現れたあたし達を見つけだ『オークの女王』は、女王様らしい言葉をあたし達に向けるが、マキナはそんなのもお構いなしに戦闘を開始する。
『・・・あら? よく見ればワタクシに噛み付いたことのあるペットね。
いいわ、悪い子にはお仕置きをしてあげなくちゃね!』
ラーニャ、ラッシュ、チノが『オークの女王』に向かって行き、デカルトとマキナは呪文を唱える。
クリスは前衛の攻撃のタイミングを読み、弓の準備をする。
あたしは一番後方で全体を見わたし指示を出す。
『オークの女王』は向かってきた3人を迎撃する為、鞭を横に振るう。
ラッシュとチノはスピードタイプの為ステップ等で躱し、ラーニャは盾を構えてダメージ無視で突き進む。
『ロンドウイップ!』
累計Lv30台で倒せる『オークの女王』の為、ダメージは左程ないと高をくくって突進していたラーニャは、受けたダメージを見て驚愕する。
今の一撃でラーニャのHPは9割削られていた。
「なっ!?」
ラーニャは慌てて距離を取り、あたしはすぐさま治癒魔法を放つ。
「エクストラヒール!」
「何でっ!? こいつ上級職Lvで倒せる王なんでしょ!? 何で今の一撃でHPが9割も削られるのよ!」
「いや、『リザードの王』もそうだったように、26の王は戦闘をするごとに強くなっていく。もしかしたら復活した王はそれなりのLvを備えての復活なのかもしれない」
マキナの叫びにクリスが冷静に分析して答える。
って、どこかの野菜惑星の戦闘民族みたいだ。
しかし、これは一度引いた方がいいのかもしれない。
元々は簡単に倒せると思っての気持ちで来ているのだ。
その甘い考えで戦ってしまうと、返り討ちに会うのは必然だ。
「みんな、ここは一旦退却するわよ!」
「駄目よ! ここで何としてもカンザキの王の証を取り返すのよ!」
あたしの退却案をマキナは否定して戦闘を続行する。
「そうよ! こんな豚ごとき、意地でも勝って見せるわよ!」
「ああ! カンザキもこういう時は戦って道を切り開いてきたんだ!」
ラーニャとラッシュもマキナに同意して戦闘を続行する。
ここにきてあたしのギルマスの地位が名前だけというのが浮き彫りになる。
ここであたしが強く撤退指示を出しても彼女たちは聞き入れないだろう。
そんな問答をしていれば全滅は必至だ。
だったら一か八かこのまま押し切る!
「みんな! 3分間防御に徹して時間を稼いで! あたしが絶対勝たせて見せるから!」
どこまであたしの指示を聞いてくれるかは分からないが、あたしはみんなを信じて作戦を開始する。
神楽巫女の特殊アビリティ:神楽舞
神楽舞は3分間特殊な舞を踊りきることによって、戦闘中の1時間はPTメンバー全員のMPが毎秒30%回復し続ける。
実質、戦闘中のMP消費が0になるのと同じ効果がある。
あたしはみんなのHPが大きく削れるのを見て治癒魔法を唱えたくなるのを堪えて、必死で舞を踊り続ける。
3分間舞を終えた瞬間、メンバー全員の足下が光り瞬時にMPが回復される。
あたしは続けざまに、ある特殊スキルを発動する。
「スキル発動! Kingdom!
敵の軍勢よ、技の理を縛られ咎人となれ。――技封の縛陣!
敵の軍勢よ、己の殻を打ち捨てよ。――守縛の呪陣!
我が軍勢よ、進撃の力を持って突き進め。――怒涛の攻陣!
我が軍勢よ、翼包囲をもって迎え撃て。――鶴翼の守陣!」
Kの王の証の特殊スキルによって、『オークの女王』の戦技を封じ防御力を半分にする。
それと同時にPTの攻撃力と守備力を上げる。
「みんな! ここからは防御を考えないで攻撃だけに専念して! この24分間の間はあたしが絶対みんなを守るから! あたしを信じて!」
あたしの実行した特殊アビリティと特殊スキルに押されて、みんなは戸惑いながらも攻撃を開始する。
『オークの女王』は戦技を封じられているため、普通の鞭での攻撃しかできない。
魔法はみんなの防御無視の連続攻撃によって唱える暇を与えない。
『オークの女王』の鞭が前衛3人に当たる。
あたしはすかさず治癒魔法を連続で唱える。
「エクストラヒール! エクストラヒール! エクストラヒール!」
彼女たちの攻撃は、特殊スキルの効果により確実に『オークの女王』のHPを削っていく。
攻撃を受けるたびに『オークの女王』は顔を歪ませ鞭を振るい続ける。
『オークの女王』にしてみれば、再びペットに噛み付かれているのが許せないのだろう。
『オークの女王』の鞭が当たるたびに、あたしは即治癒魔法を放つ。
かなりの回数の治癒魔法を放つけど、神楽舞のアビリティによりMP切れの心配はない。
あたしの治癒魔法は次第に『オークの女王』の攻撃速度すらも上回ってくる。
ラーニャに『オークの女王』の鞭が当たると同時に治癒魔法が掛かる。
HPバーの見た目には満タン状態から動かない。
そうよ、大神君もやってたじゃない。相手の先を読むのよ。
あたしはそれに合わせて治癒魔法を掛けてダメージを0にする。
「な、に、これ・・・」
「スゲェ・・・!」
「これは・・・!」
マキナ、デカルト、クリスは目の前の光景に目を奪われていた。
見た目にはダメージの受けない無敵の軍団が敵を蹂躙しているように見える。
「はぁぁぁ! スラッシュインパクト!」
「爆裂拳!」
「天牙一閃!」
ラーニャ、ラッシュ、チノの戦技が決まり、遂に『オークの女王』のHPが0になる。
『そ・そんな・・・このワタクシが再び負けるなんて・・・』
――エンジェルクエスト・Queenがクリアされました――
「スゲェな、おい! 今のなんだよ!」
「HPを気にせずに思いっきり攻撃だけなんて最高だな!」
デカルトとラッシュは今のあたしの戦術に歓んでくれていた。
「ふん、ちょっとは出来たからっていい気にならないでよね。あたしはまだあんたの事認めたわけじゃないんだから」
「そうね、ちょっとビックリしたけどまだ王の証を取り戻しただけなんだよね。
カンザキの敵が討たれたわけじゃないし」
マキナやラーニャはまだあたしの事を許せそうにないみたいだ。
――あたしはこれからも上手くギルドマスターをやっていけるのかな。
――どんなに頑張ってもマキナ達はあたしを許してくれないのかな。
あたしはこの後もギルドの為に頑張ろうとするのだけど、彼女たちとの溝は埋まらない。
あたしは次第に感情を失っていく。
周りのみんなは何か言ってくるけど、声が遠くに聞こえる。
――ねぇ、あたしはカンザキ達にどう報いればいいのかな。
――ねぇ、苦しいよ。
――ねぇ、誰か助けてよ。
――助けてよ。大神君・・・
「――鳴沢、助けに来たよ――」
外伝はここで終了です。
この先は本編「Angel In Online」の第9章へと続きます。