第7話
「ベルザ」
呼ばれた声の方を向くとクリスが居た。
どうやらあたしを追いかけて来たらしい。
「クリス、どうしたの?」
「フェンリルに言われてな。ベルザの傍にいてやってほしいって」
自分勝手な事を言ってPTを別れたのに、大神君はそんなあたしを心配までしてくれたみたいだ。
「・・・ベルザ、いいのか? フェンリルとPTを分かれて」
「いいも何も、クリスも見たでしょ? あのフェルのセントラル王との立ち回り。
ただでさえ強いフェルが、どんどん急成長していくのよ。フェルの傍にいるには生半可な強さじゃ居れないのよ。もっと強くならなきゃ」
「まぁ、あの立ち回りは凄かったよ。普通なら動きを押さえられれば抵抗すらできないのだけどね」
大神君が魅せたセントラル王との立ち回り。彼はのちに流水剣舞と呼んでいたけど、あれは誰にでも簡単にできるもじゃない。
「もっとも、えっちぃのには反省してもらう必要はあるけどね」
「・・・ベルザはフェンリルの事が好きなんだな」
クリスの突然の発言にあたしは一瞬固まってしまう。
「な、何を言ってるの? フェルは女の子なんだよ?」
「いや、フェンリルの中身は男だろう?」
なっ!?
「フェンリルの様子を見ていてもしかしたらと思っていたけど、今のベルザの態度で確信に変わったよ」
「・・・よく分かったわね」
「まぁ、これでも人を見る目は自信があってね。ただ、VRは性別転換出来なかったからイマイチ確信がもてなかったんだよ」
「あたしが彼の事を好きだってのは・・・」
「もちろん言ってないよ。
だからこそ、このまま別れていいのかと思ってね」
クリスの言う通り、下手をすればこのまま二度と会うことが出来ないのかもしれない。
後は確率は低いけど、エリザのような人が大神君に纏わりつき大神君が女の子の気に目覚める可能性は否定できない。
「さっきも言ったけど、今のフェルの傍にいるのには好きなだけじゃ居れないのよ。
強くならなきゃ、ね」
「そうか。なら、僕もベルザに修行に付き合おう。僕もあれを見て自分の力不足を感じていたのだからね」
「・・・クリス、ありがと」
あたしはクリスにお礼を言い、とりあえず2人で王都へ向かう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「とりあえず、もう1人PTメンバーを増やそう」
あたし達は王都のある宿で夕食を取りながら今後の計画を話し合う。
その中でクリスはメンバーの増員を提案してきた。
「そうね。今のあたし達は後衛2人で前衛が居ない状態だものね」
回復・攻撃魔法を使う巫女、遠距離攻撃を得意とする弓道士。
前衛に立ち接近攻撃や盾となる人がいない状態だ。
「前衛を揃えたら、特殊職へ転職するための経験値稼ぎだな。
ベルザは今のまま特殊職へ転職するのかい?」
あたしとクリスの今の累計Lvは49となっている。
累計Lv50になると、上級職の上の職業・特殊職へ転職できるようになる。
特殊職はその名の通り、どの職系統からでも好きな職業へ転職できるのだ。
ただし、好きな職へ転職するのには転職クエストを受けなければならない。
クリスの言うそのままとは、あたしの巫女系の特殊職の戦巫女と神楽巫女の事を差す。
同系統からの転職だと特殊クエストが必要としないからだ。
「うんそうね。あたしは神楽巫女になるつもり。
詠唱破棄スキルがあるんだから、攻撃魔法と治癒魔法の使える神楽巫女は適任だしね。
それに詠唱破棄と治癒魔法のコンボは強力だしね」
「前衛攻撃の出来る武装法師と言う手もあるぞ」
確かにセントラル王との戦いの時には魔法が封じられ文字通り手も足も出ない状況だったから、クリスの言う前衛攻撃の出来る武装法師も考慮すべき点はある。
「んー、慣れてない前衛よりは魔法職特化の方がいいと思うの。神楽巫女の特殊アビリティもちょっと気になってるしね。
まぁ、物理攻撃もサブスキルで何とかなると思うしね。
そう言うクリスはどの特殊職へ転職するの?」
「僕もそのまま閃弓士になるつもりだよ」
閃弓士は、クリスの今の弓道士の上位職だ。
レアスキルの光属性魔法の職スキルを使うことが出来る。
「そうなると、やっぱり前衛職の人が必要になるね」
「だったら、わたしをPTに入れてくれないかな?」
そう声を掛けてきたのは銀髪のポニーテールの巫女さんだった。
何故か腰には刀を差してはいたけど。
「申し訳ないけどあんた達の会話を聞いていてね。
新しい仲間を探しているんでしょ? わたしはどうかな?」
「あー、僕たちの話を聞いてたらわかると思うけど、僕たちが必要としてるのは前衛でね。悪いけど後衛職は間に合ってるんだ」
そんなクリスの言葉を聞いた彼女は問題ないとばかりに胸を張る。
「あはは、大丈夫大丈夫。わたしはこんな格好してるけど、れっきとした侍だよ。
貴方達の期待には応えられると思うよ」
「え? 貴方侍なの!?」
あたしは思わず声を上げる。
そう言われれば確かに巫女職だからって巫女の装備をしなければならないとは限らない。
また逆に他の職業でも巫女装備を着ることが出来る。
「そ、わたしはなんちゃって巫女の侍なの。鎧を装備しないからスピードで敵をかき回す回避型の侍だけどね。
特殊職には剣豪に転職する予定よ」
「侍なら問題は無いわね。あたしはベルザ。よろしくね」
「そうだな。回避型と言うのが少し防御力に不安が残るが、それなりの自信があるのだろう。
では改めてよろしく頼む。僕はクリストファー、クリスと呼んでくれ」
「ありがと。わたしは狼御前よ。周りからは御前って呼ばれているわ」
あたし達は狼御前を新しく仲間に加えて、特殊職への転職のための経験値稼ぎを行った。
狼御前も累計Lvが49だったので、あたし達は直ぐに累計Lv50になり特殊職へ転職した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あたし達の特殊職の転職は、転職NPCが全員が東和都市だったので拠点を東和都市に移していた。
既に攻略はされたけど、経験値稼ぎに良いという深緑の森の入り口付近で特殊職の具合を確かめる。
「桜花乱舞!」
狼御前の刀スキル戦技がラミアとワーキャットのHPを削り取る。
撃ち漏らしたモンスターに、あたしの魔法とクリスの弓矢が放たれる。
「メイルシュトローム!」
「クリティカルショット!」
水の竜巻と光で出来た矢がモンスター達を光の粒子に変える。
「ふぅ、やっぱり剣豪になったらさらに攻撃力があがったね」
「あたしも神楽巫女になったら、攻撃魔力が上がって殲滅速度も速くなったわ。
まぁ、一番変わったのはクリスの弓矢よね」
クリスの閃弓士には特殊アビリティ・閃弓があり、光で出来た矢を自動生成できるのだ。
当然、放たれる矢は光の速度で突き刺さるので、クリスのプレイヤースキルと合わせてほぼ躱すことが不可能な攻撃方法となっている。
おまけにMPの続く限り作り出すことが出来るので、矢の消費コスト減にもつながっている。
「確かにこれは便利だな。一番いいのは矢の消費を気にしなくてよくなったことかな。
まぁ、見た目が弓から光の魔法を放ってるようにしか見えないが」
「でも閃弓士や魔弓士の職業って結構使えるらしいから、弓職も見直されるんじゃないかな?」
「僕には弓矢が自分の一番の職業と思っているから周りの評価は気にしないさ。
・・・まぁ、少しは認められるのは嬉しいけどね」
あたしの言葉にクリスは少し照れ隠しながら呟く。
この後も少し森で経験値狩りをして東和都市に戻ることにした。
ちなみに深緑の森の奥はかなりの高Lvらしく、今のあたし達にはとてもじゃないが手が出せなかった。
次の日、東和都市の冒険者ギルドで朝食を取っていると、狼御前が変わった依頼書を持ってきた。
「ねぇねぇ、このクエスト受けて見ない?」
「えーと、内容は・・・東和都市の南の森に生息しているクワガタムシの素材を持ってきてください・・・って、南の森ってあのムシの森!?」
東和都市の南に広がる森は通称ムシの森。
その名前の通り、生息しているのは昆虫系モンスターばかりだ。
はっきり言って女の子にはすこぶる評判が悪い。
ウォーリアアント(蟻)やドラゴンフライ(トンボ)やレッドアイビー(蜂)はまだいい方だが、イービルバタフライ(蛾)、エッグスパイダー(蜘蛛)、サンドワーム(ミミズ)、キャタピラクロウラー(芋虫)、ファングセンチビート(ムカデ)ともなると相手するのも嫌になってくる。
おまけにギガントコックローチなんて見るのも聞くのも嫌なモンスターさえもいる。
狼御前はそんな森に行こうと言っているのだ。
「ええっと、本気で言ってる?」
「ベルちゃんが嫌がるの分かるけど、このクエスト報酬がメチャクチャ良くてね。わたし今金欠なんだ。助けると思って、ね?」
「確かに報酬は良いだろうね。何せ受ける人が誰もいないんだから。
僕もお金が入用だから、このクエストを受けるのは構わないけど」
そりゃあ、ムシの森に行こうという人がいないからの高額報酬なんだけど・・・
うう、クリスも行こうとしてるならあたしが断る理由がないじゃない。
「ものすっごく気が乗らないけど、このクエスト受けてもいいわよ。
その代わり、報酬には少し色を付けてよね」
「まぁ、それくらいなら」
ちゃっかり分け前の増額の約束を取り付けたあたしに呆れながらも、狼御前は喜んでギルドカウンターにクエストを受けに行った。
いいじゃない、少しくらい役得があったって。あんな虫がわき出る森に行くんだもの。
「キャアアアァァァアァァァア!!!! 出た出た出た出た出た出たぁーー!!!! イヤァァァァァアァァッァァァァッ!!!!」
あたしにとっては害虫とも呼べる虫を潰しながら森を進んでいくと、とうとう出会いたくないモノと出会ってしまった。
3mはあろうかという、ギガントコックローチ――すなわち巨大なゴキブリが!
狼御前も嫌な顔をしながらも刀を抜いてアレに向かっていく。
「居合一閃!」
居合斬りで斬撃を飛ばし、そのまま接近戦に持ち込んで刀スキル戦技・五月雨を放つ。
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」
あたしはと言うと、アレの正面に居るのもおぞましく、クリスの後ろに隠れながら炎の球を連続で放つ。
「ちょ、うぁ、ベ・ベルザ、落ち着け、何も君がアレと直接戦う訳じゃないんだ」
クリスはあたしに後ろから肩を揺さぶられてるため、狼御前の援護が出来ずにいる。
そんなのもお構いなしにあたしは壊れたように炎の球を放ち続ける。
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」
昆虫系には火属性は有効だけど、アレの甲殻は特殊な防壁でも張られてるのか、あたしの放つ炎の球はたいしたダメージも与えられずに弾かれていた。
援護も関係なく魔法を放っていたため、狼御前は攻めあぐねていた。
決定的なダメージを与えられずにいると、横合いから現れた人物によりアレはあっさり倒される。
「バーストバレット!」
右手に持った銃から弾丸が放たれ、アレに着弾すると内部から爆発が起きる。
爆発によりひるんだ隙に、左手に持ったサーベルでアレを叩き斬る。
「オラァッ!!」
そして再び右手の銃をアレに突きつけて戦技を放つ。
「クリティカルバレット!」
弱点でも突いたのか、アレはそのまま光の粒子となって消えた。
あたしはアレが目の前から居なくなったことで、やっと落ち着きを取り戻した。
「よぉ、大丈夫か? 悲鳴が聞こえたから駆けつけてみたけど、確かにあれは叫びたくなるわな」
あたし達を助けてくれたのは、海賊の格好をした茶髪のイケメンだった。
ただし内面は野蛮と言うか、野性味あふれる感じだったけど。
銃を使ってたところを見ると、職業の方も海賊と思われる。
レアスキルである銃スキルを職スキルで持つのは海賊と魔動機術師の2つのみだ。
「あ、ありがと。助かったわ」
あたしは先ほどまでの醜態を思い出し、恥ずかしながらお礼を言う。
「ベルちゃん、アレが気持ち悪いのは分かるけど、少し落ち着いてね」
「・・・面目ないです」
「まぁ、女の子にはアレはきついからな。
おっと、自己紹介がまだだったな。俺はカンザキ。見ての通り海賊だ。呼ぶときはキャプテンカンザキと呼んでくれ!」
「もしかして、『オークの女王』を倒した『ELYSION』のギルドマスターのカンザキか?」
クリスが驚きながら訪ねる。
「お、やっぱ26の王のネームバリューはすげぇな。
あんたの言う通り俺がギルド『ELYSION』のギルマスだ」
カンザキが自己紹介をすると、森の中から複数の声が聞こえてきた。
「キャプテーン、1人で先に行かないでよ」
「キャプテン、あんた考えなしの脳筋なんだから単独行動したら危ないだろ」
何かギルマスなのに酷い言われよう。
「うっせ、女の悲鳴が聞こえたんだ。助けに行くのが男ってもんだろう?」
「だから、それは時と場合によりけりだよ」
「はいはい、分かりましたよ。
それより、あんたらこの森に何の用だ? ここは女には人気が無かったはずだが」
うるさい小言を流しながらカンザキがあたし達に聞いてくる。
「えっと、あたし達はクエストを受けてね。この森に居るクワガタムシの素材が必要なのよ」
「それは奇遇だな。俺達もクワガタムシの素材が必要なんだ。うちのギルドの生産者が新しい武器のレシピを見つけてな」
「あれ? でもそのクワガタムシってユニークボスじゃなかったっけ? カンザキさんとこの生産者が見つけたレシピってユニークレシピなの?」
狼御前が言う通り、普通ならユニークボスからユニークレシピと素材がドロップするから、レシピと素材が別々と言うことはありえない。
もし別々なのだとしたら、複数の特殊素材を用いたレアレシピの可能性がある。
「ま、そこら辺は企業秘密ってところだ。
下手に内容をばらしてその素材を独占されたり、高値で売りつけられたりしたら困るからな。
で、いいんだよな?」
カンザキは自信ありげに話すが、隣のギルドメンバーに確認をする。
ギルドメンバーの言う通りかなりの脳筋なのかもしれない。
「はぁ、もう半分くらいばらしちゃってるようなものじゃない。貴方たちにはこっちの一方的な都合で悪いんだけど、このことは他人には話さないで欲しいの」
魔法使い姿をした『ELYSION』のギルドメンバーの女の子からレシピについての口止めをされる。
「むふ、そうだな、その代りと言っちゃなんだが、これから俺達と一緒にクワガタムシを倒しにいかないか?
そっちは3人だから戦力が増加するのはそちらにとっても都合がいいはずだ」
この森の気持ち悪さを考えれば、人数を増やせば殲滅速度が上がるのでこちらにとっても好都合だ。
あたし達はカンザキの提案を受け入れて臨時PTを組むことにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
カンザキ達は6人PT出来ていたので、2人抜けてあたし達3人が加わり7人のフルPTとなった。
前衛には海賊のカンザキと魔想闘士のシェンレンと剣豪の狼御前。
後衛には精霊術師のマキナと死霊術師の榊と閃弓士のクリス、そして神楽巫女のあたし。
流石にムシの森には来たくなかったのか、『ELYSION』で今回のPTには女性はマキナ1人だけだった。
マキナはあたしと狼御前に、「お金の為と言えよくこんな森に来れるわね」と呆れていた。
7人のPTとなったことによって虫の脅威はあっという間に蹴散らされ、順調に進んでいった。
暫く進むと、1人の鎧武者が佇んでいた。
否、よく見ると1匹のモンスターだった。
見た目はまるっきり人型。遠目には黒光りするクワガタを模した鎧を着てるように見えた。
だけどそれは鎧ではなく、昆虫特有の甲殻のそれだった。
左右の腰には刀を2本差していて、大神君を思い出させる。
『ほう、お主らかなりの強者だな。拙者はこの森の六武士の一角、鍬牙汰武士。
この森を守るものとしてお主らを排除させてもらおう』
えーと、武士が虫で、クワガタが武士? 何これ?
「ハッハァ! いいね。まさかここで昆虫を模した侍とは。
その腰に差した2本の刀がレア素材か? 悪いがそれを頂くぜ!」
何が面白いのかカンザキは獰猛な笑みを浮かべながら、銃とサーベルを抜いて鍬牙汰武士に襲い掛かった。
「ちょっ! 何勝手に突っ込んでんのよ! あーもう!
召喚・サラマンダー! シルフ!」
マキナはカンザキに文句を言いながらも戦闘の準備に入る。
あたし達も慌ててBuffを掛けながら準備をする。
「クリティカルバレット!」
先手必勝とばかりにカンザキが銃スキル・会心の弾丸を放つが、鍬牙汰武士は左右の剣を十字に抜き放つと同時に弾丸を叩き斬る。
「やるねぇ! これならどうだ!?
スラッシュストライク!」
だがカンザキの渾身の一撃も鍬牙汰武士は左右の剣で難なく捌ききる。
その隙をついて狼御前が刀スキル戦技の居合を放つ。
流石にこれは躱しきれずダメージを負うものの、すぐさま狼御前に反撃に出る。
『剣舞六連!』
人型をしてるからまさかとは思ったけど、鍬牙汰武士は刀スキル戦技を放ってきた。
あたしはすぐさま治癒魔法で狼御前のHPを回復する。
その間にもカンザキやシェンレンが鍬牙汰武士に攻撃を仕掛ける。
「召喚・スケルトン! レイス!」
隣では榊が死霊召喚魔法で不死系のモンスターを召喚している。
死霊術師は暗いイメージがあるから人気が無いけど、意外と需要はある。
蘇生魔法スキルと言う、HPが0になっても死なずに蘇生できる魔法が使えるからだ。
今では蘇生魔法スキルを使える大司教か死霊術師をPTに1人入れるのが主流になっている。
「螺旋拳!」
シェンレンの拳スキル戦技が放たれるが、鍬牙汰武士は昆虫のごとく背中から羽が生えて宙に浮かび上がって回避する。
だけど甘い!
普通であれば宙に浮いているモンスターに攻撃を当てるのは一苦労だけど、こちらには百発百中のクリスがいる。
「スパイラルアロー!
クリティカルショット!」
立て続けに2本の矢を弓スキル戦技で放ち、鍬牙汰武士の羽2枚を即座に部位破壊する。
『うぉ!?』
羽を破壊され、地面に叩き付けられた鍬牙汰武士は落下地点で狼御前の刀スキル戦技・閃牙の突き技を食らう。
羽を破壊されたことにより機動力が奪われたのか、先ほどよりも動きが鈍くなりダメージを多く与えることが出来た。
ユニークボスと言っても特別な力があるわけでもなく、あたし達は問題なく鍬牙汰武士を倒すことが出来た。
『・・・無念。六武士長よ、後は頼みましたぞ・・・』
あー、そう言えばこの森の六武士って言ってたっけ。
こんなのがあと5匹も居るのか。
「ふぅ、結構強かったな。つーかこれがあと5匹もいるのか。
なぁ、折角だから全部倒して回らねぇか?」
「却下! あたし達の目的はあくまで新しい武器の素材だけよ。
只でさえ集まりにくいんだから、他の事に時間は取られるわけにはいかないわよ」
マキナの小言にカンザキは「へいへい」と聞き流すだけだったけど。
あたし達の方も無事にクエストの素材が手に入ったので、そのままカンザキ達と一緒に東和都市に戻ることにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なぁ、ベルザ。折角だからさ、俺達のギルドに入らないか?」
あたし達は冒険者ギルドでクエストの報告をし報酬を受け取った後、臨時PTを解散しようとしたらギルドへの勧誘を受けた。
「うちのギルド、回復職をメインに扱う奴少ねぇんだよな。神速の癒し手の二つ名を持つベルザがうちに入ってくれれば助かるんだが」
「ちょ! その二つ名広まってるの!?」
「うん? たいていの奴なら聞いたことあると思うぞ。
今回のPTでベルザの二つ名の意味が十分すぎるほどよく分かってな。流石、神速の名は伊達じゃねぇ」
あああ、まさかその二つ名が広まってるとは。
MMO-RPGとしては二つ名がつけられるのは誇らしいものではあるけど、実際にこうしてつけられてみると恥ずかしいものがある。
確か言いはじめたのはギルド『大自然の風』のブルーオーシャン――おーちゃんだったような・・・
ああ、あの時釘を刺しておけばよかったかな。
「出来れば二つ名で呼ぶのはやめて欲しいんだけど・・・
うーん、ギルドの勧誘は嬉しいけど、あたし達は今ちょっと訳あってもう1人のPTメンバーと離れてるのよ。
いずれは元のPTに戻るけど、今はお互い力を溜めるための修業中でね」
「だったらそれこそ俺達のギルドで力を付ければいいさ。
ギルド加入は無理強いしないし、ギルドの脱退も自由だ。目的の為に俺達を利用するのも一つの手段じゃないか?」
「おおお、キャプテンが珍しく知的な事を言ってる・・・」
カンザキの真面目な勧誘に、ギルドメンバーが茶々を入れる。
日ごろの行いが物を言うのか、カンザキの言動は軽く見られがちだ。
あたしはクリスにどうする?と目線を向ける。
「ベルザに任せるよ。彼の言う通りギルドで力を付けるのも一つの手段だよ。
まぁ、僕としてはギルドと言う組織の在り方を学ぶ機会でもあると思うけどね」
うん、確かにクリスの言う通りプレイヤーギルドがどういう者か学ぶいい機会でもあると思う。
あたしは前にプレイしていたLord of World Onlineでも固定PTを組んだことはあったけど、ギルドに加入したことは無かったので、ギルドと言うものをある程度の事しか分かってない。
「そうね、それじゃあお言葉に甘えてしばらくの間ギルドにお邪魔させてもらうわ。
さっきも言ったけど、他のPTメンバー次第じゃギルドを抜けるからそこのところ宜しくね」
「なぁに、いざとなったらそのPTメンバーもギルドに入れてやるよ」
そう言えば大神君はギルドに加入する気はあるのかな?
彼は26の王攻略の為かソロもしくは臨時PTの行動が多いからね。
「あのー、申し訳ないけどわたしはパスさせてもらうわ」
あたしとクリスがギルド『ELYSION』の加入を決めたが、狼御前はそれを辞退した。
「え? 御前はギルドには入らないの?」
「うん、カンザキには悪いけど、わたしちょっとギルドにはあまりいい思いが無くってね。
だからソロかPTでの行動しかしてないの」
「そりゃぁしょうがねぇ。さっきも言ったがギルド加入するもしないもそいつの自由だ。
無理強いはしねぇよ。気が向いたら来てくれればそれでいい」
普通であればギルドマスターはギルドメンバーを増やすのに必死だったりする。
だけどカンザキはそこら辺を本人の意思を尊重していた。
だからなのか『ELYSION』はカンザキを慕って集まった人たちがたくさんいるらしい。
まぁ、もっともカンザキ自体はそのことを深く考えずに、本能のままに言ってるだけなのかもしれないが。
あたし達は狼御前と別れ、そのままギルド『ELYSION』に加入をした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あたしとクリスがギルドに加入してから数日が経った。
あたしは他のギルドメンバーと戦闘訓練をしに出かけたり、クリスはその類いまれない弓の腕前を披露して他のメンバーから弓の指導をお願いされたりしていた。
その間にも例のレアレシピの素材集めに奔走していた。
特別なモンスターの素材が必要とあればPTを組んで討伐に向かったり、市場に流れている素材があれば相場をチェックして買い集めたり。
ギルドお抱えの生産者のエリソンも自分の生産スキルを上げるため、ひたすら物を作っては出来のいいのをギルドメンバーに渡したり市場に売ったりしてギルドの資金に回したりしていた。
そんなある日、あたしはカンザキに呼ばれてギルドホーム(王都にある住宅街の一軒家を購入した)のギルマスの執務室に居た。
ギルマスの執務室と言っても、あのカンザキだから執務室の役割はまるで果たされていないけど。
「それでカンザキ、あたしに何の用なの?」
「うむ、唐突だが、ベルザにはギルド『ELYSION』のサブマスターを任命しようと思ってな」
「・・・え?」
サブマスターはギルドマスターの次に権限をもつ役職で、いわゆるギルドでNo2の地位に居る人の事だ。
カンザキはギルドに加入して数日しかたっていないあたしをそのNo2に据えようとしているのだ。
「えーと、カンザキ、頭大丈夫?」
「失敬な。俺の頭は至って健康だ」
「だったら、日の浅いあたしをサブマスターにってどういうつもりよ。
他のメンバーからの反発もあるでしょ?」
「どういうつもりと言われてもな、強いて言えば俺の勘だ。
現サブマスターの麗芳さんからも推薦があってな。何でも彼女が言うには治癒魔法の腕前に加えて、ベルザは人を纏めるのに向いていると。あとは俺みたいな脳筋を補佐するのにも適していると。
って、誰が脳筋だ!」
麗芳さんはおっとり系のお姉さんで、『ELYSION』を取りまとめている縁の下の人だ。
カンザキもこの人には唯一頭が上がらないとか。
カンザキのノリツッコミは置いといて、麗芳さんはあたしの事を買いかぶり過ぎだと思うんだけど。
「ああ、ちなみに拒否は認めない。これはギルドマスター命令だ」
カンザキはニヤリと笑いながら言ってくる。
ああ、この人のこういう顔をしてる時は何を言っても聞かない時だ。
ほんの数日いただけで分かるほど分かりやすい人なのだ。
「はぁ、分かったわ。出来れば古参のメンバーにもしっかり話してあげてね。
ギルドメンバー同士の不仲はギルド解散の原因にもなりうるらしいからね」
「うむ、任せておけ。こう見えても俺の仲間は仲がいいからな。なぁに心配はいらないさ」
あんただから尚更心配なんだけど。
はぁ、力を付けるために大神君から離れたのに、なんか妙なことになってるなぁ。
そしてあたしが『ELYSION』のサブマスターに就任してから2つの朗報が飛び込んできた。
1つはレアレシピの素材がすべて集まり、新しい武器が完成したのだ。
完成した武器はレーヴァテイン――LEGENDARY ITMEだった。
複数のユニーク素材をもとにしてるだけあって、出来上がった武器はまさかの伝説級。
と言うか、生産でLEGENDARY ITMEが出来るなんて聞いたことが無い。
カンザキ達が慎重にならざるを得なかったのが理解できる。
武器の威力の方もLEGENDARY ITMEに相応しく、そこらのモンスターでは相手にすらならなかった。
所有者は当然ギルドマスターのカンザキが持つことになったけど、脳筋に伝説級の武器を与えても猫に小判じゃないかと言われたりもする。
まぁ、彼の脳筋――いや、野生の感性を信じてレーヴァテインを預けることとなった。
2つ目の朗報は、ウエストシティの南西にある冥界門が開いたのだ。
開けたのはうちのギルドの榊だった。
今までどんなことをしようとも開かなかった冥界門が、榊が何気なく扉に触れると「鍵である死霊術師が扉に振れたため、封印を解除します」と言うメッセージが流れたという。
どうやら扉は特定の職業が触れることによって開く仕組みになってたみたいだ。
一度開かれた扉はその後出入りが自由となり、今では冥界門の中のダンジョンの攻略が始まっている。
もちろん一番最初に開けたあたし達のギルドも冥界門の攻略に向かうことになっている。
作戦会議と言う事で、あたし達はギルマスのカンザキとサブマスのあたし、幹部メンバーとで冥界門の中に居ると思われる26の王Deathの対策を考えていた。
「冥界門の中には26の王のDeathが居ると思うんだけど、当然即死対策をしなければならねぇ」
「現在、AI-Onでは即死耐性のアクセサリーは売ってないわね。そもそも今まで即死攻撃をするモンスターが居たって話は聞かないわ」
カンザキのDeath対策にマキナが今のAI-Onの現状を答える。
「つーことは、アクセサリーなしで特攻か。身代わりアイテムもないんだよな?」
「そうね、もし仮にあったとしても販売価格はものすごく高そうだけど」
デスゲームとなった今では己の命を守る手段として、身代わりになるようなアイテムは喉から手が出るほど欲しい人が沢山いる。
それに値段を付けるとなると、とてもじゃないけど手が出せるとは思えない。
「うーん、討伐メンバーに蘇生魔法スキルが使える死霊術師の榊と大司教のアルトを入れて対応するしかないな」
「ですね。2人にプリザベイションを掛けてもらい、1人がリザレクションを唱えてもう1人が再びプリザベイションを掛ける、又は死者が複数の時は2人でリザレクションを回してその後でプリザベイションを掛けてもらう、と言った方法ですね。
2人にはお互いの連携の為の打ち合わせをお願いしますね」
幹部の1人のアーティアに言われ、榊とアルトは頷く。
「よし、じゃあ残りの5人を選定するぞ」
そうして話し合いの中で選ばれた7人は以下の通りだ。
海賊のカンザキ
魔想闘士のシェンレン
狩猟者のダイソン
騎獣士のアーティア
神楽巫女のベルザ
大司教のアルト
死霊術師の榊
「ちょっと、アルトが居るんだからベルザは必要ないんじゃないの?」
マキナはあたしが討伐メンバーに選ばれたのに不満を言う。
彼女はいきなりサブマスターに任命されたあたしに面白くない感情を持っているうちの1人だ。
「アルトはもしかしたら蘇生に手を取られている可能性が大きいからな。それにベルザは詠唱破棄があるから攻撃魔法も治癒魔法も使い勝手がいいんだ。
それにな、俺の勘がベルザを連れていけって言っている」
カンザキの「俺の勘」を出されるとマキナは渋々ながら引き下がる。
「俺の勘」は当初から古参メンバーを助けて来たらしく、ギルド内ではかなり信用されている。
「よし、準備が出来次第ウエストシティの冥界門に向かうぞ!」