第3話
第2章は本編「Angel In Online」とリンクしています。
ベルザ視点からのお話になります。
大神大河――あたしが現実世界で片思いしている相手だ。
そして運よく彼もあたしと同じくAngel In Onlineの無料キャンペーンに応募していて、同じ宿泊施設からのログインをしている。
正式オープン初日に現実世界で会い、ゲームの中でお互いを探しあおうと約束をした。
その彼があたしの目の前にいる。――何故か魔法少女の姿で。
「・・・ねぇ、もしかして大神君?」
あたしの突然の問いかけに、魔法少女の彼は肩をピクリと震わせる。
「オ・オオガミクンッテ、ダレノコトカナ?」
何故かカタコトで返事をしてくる。
そこで彼がとぼけている理由、何故ゲーム内で探しあおうと言った理由に思い当たった。
どんな理由があるのかは分からないけど、今目の前にいるのは魔法少女だ。
男が女装(?)している姿を同級生に見られたら、それはもう恥ずかしいに決まっている。
「大神君でしょ?」
あたしの再度の問いかけに、彼の方もあたしの事に気が付いた。
「あっ、もしかして・・・鳴沢・・・?」
彼の名前のヒントが大神、そしてあたしの名前のヒントが鈴。さっきの自己紹介と今のこのやり取りであたしとの約束を思い出したようだ。
「やっぱり大神君だ! こんな危機の時に逢えるなんて。凄い偶然!
と言うか大神君が剣の舞姫!? 何か衝撃の事実なんだけど。」
そう、あたしの危機の時に颯爽と助けに現れた彼はまるでヒーローだ。・・・魔法少女の姿だけどね。
それにしても大神君があの噂の剣の舞姫だったとは・・・
「あ、あーーー。何で分かった?」
大神君は魔法少女の姿が恥ずかしいのか、同級生にばれたのが恥ずかしいのか顔を赤くしながら聞いてくる。
「何でって、名前。前に言ってたでしょ。大神にちなんだ名前だって。大神――狼――フェンリルって連想できたの。
それに、仕草や雰囲気が大神君だったもの。見てれば分かるわよ」
恋する乙女を舐めないでほしい。見ていれば分かるんですよ。見ていれば。
「それより大神君、なんで女の子なんかやってるの? VRって性別転換出来なかったよね? ・・・もしかして女装?」
「違う違う! 俺もよく分かんないんだけど、アドベントの読み取りエラーだと思うんだよ。
普通は性別転換なんて出来ないから面白半分にプレイしたらこんな状況になっちゃってね」
あー、なるほどねぇ。女装じゃなかったんだ。と言うか、全部女の子なんだ・・・
よく見れば150cm位の身長に、腰までの黒髪をツインテールにし、ヒラヒラの魔法少女の衣装を可愛く着こなしている。
そして胸はEカップもありそうなほどの巨乳だ。・・・くっ、あたしよりも大きい。
「あー、うん。こんな状況じゃ流石にきついわね。現実に戻ったら体の方に影響が出てたりしてね」
少しばかりの嫌味として大神君に意地悪を言う。
「ちょ! 怖いこと言うなよ。ただでさえこの身体に違和感が無くなりつつあるのに」
「あはは。あー可笑しい。まさかデスゲームになってこんなに笑える日が来るとは思わなかったわ」
デスゲームになってからは毎日が生き残るための作業でしかなかったっけ。
おまけについさっきまで強姦まがいな事を強要され、それを振り切ってモンスターに死にかけたわけだしね。
そうね、約束の事もあるし、このまま1人でプレイするよりも大神君と一緒の方が楽しめるかも。
「・・・ねぇ大神君、ううん、フェンリル。約束通り一緒にプレイしない?」
「もちろん。お互いを探し当てたら一緒にプレイをする約束をしてたからな」
初日の約束通り、あたしと大神君は一緒にプレイすることとなった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なぁ、何でソロでサンオウの森になんかいたんだ?」
流石に大神君もあたしがソロで森に居るのが不思議に思ったのか、そう聞いてくる。
あたしは6人でPTを組んでいたこと、デスゲームから男たちの態度が変わったこと、セクハラやいい加減な態度により仲間の女性2人が抜けた事、そして『リザードの王』の挑戦を理由にあたしを森に連れてきて強姦まがいな事をしようとしたことを話した。
「何で、そうまでしてそのPTに居たの? 他の女の人と一緒にPT抜ければよかったじゃない」
「うーん、なんだかんだで一緒に苦労をしてきた仲だからね。もしかしたらまだやり直せるかと思って。
それに唯一の回復役のあたしが抜けたらそのPTの生き残りが難しくなるからね。」
「セクハラする男共にそんな気を使う必要ないじゃん。
鳴沢お人好しすぎるよ」
あの時はまだやり直せると思っていたんだけどね。唯ちゃんに叱咤されたときに見せたケインズたちのやる気は本物だと思っていた。
けど彼らはあたしの期待を裏切った。それも最低の形で。
大神君の言う通り彼らにそんな気を使う必要は無かったのかもしれない。
「そんなわけで、あとは売り言葉に買い言葉で「あんたらにやられるくらいなら死んだ方がましよ!」って言っちゃって、こっちからPTを抜けてソロで森を抜けようとしたわけ」
「はぁ、無茶しすぎるよ。俺が奇跡的に通りかかったからよかったものの、下手をすれば死んでたんだよ」
「うん、今思えばちょっと考えなしだったなぁと思うね。
だからと言って男共に屈するのは論外だけど」
けどそのお蔭で大神君と出会えたのだから、ある意味運がよかったのかもしれない。
「なぁ、そいつらを一発殴っていいか?」
「いいわよ、もう。今回の件で完全に見限ったから。あの人たちを殴るだけフェンリルが損するだけよ」
大神君は余ほど強姦まがいなことに腹を立てたのか、そんなことを言ってくる。
けどまぁ、もう終わったことだ。
・・・それに今の大神君を彼らに会せたらそれこそ何を去れるか分かったものじゃない。
自覚があるのかないのか今の大神君はかなりの美少女だ。
「それより、ここではあたしはベルザよ。リアルネームは禁止、いいわね。
ねぇ、フェンリルの事、フェルって愛称で呼んでいい? それと男言葉も禁止。その姿で男言葉で喋られると凄い違和感するのよね。」
さっきから魔法少女の姿で男言葉を話されてるんだけど、何かギャップが凄すぎる。
中身が大神君と分かってはいるんだけどね。
「愛称で呼ぶのは構わないけど、2人でいる時は男言葉は駄目なのか? なる・・・ベルは俺が女言葉で喋るのは気持ち悪いとか思わないのか?」
「まぁ、女言葉で話す大神君は嫌だけど、その姿だったら違和感ないから。
むしろ魔法少女の姿で男言葉を話す方がすっごい気持ち悪いのよね。」
「う、気持ち悪いのか。分かった。なるべく女言葉で話すようにするよ。
はぁ、このまま慣れてしまって現実に戻った時まで女言葉で話しちゃいそうで怖いんだよなぁ。」
「あはは、そうなったときはそうなった現実を受け入れるのもいいんじゃない?
新しい世界が広がるかもよ?」
大神君は今の姿に大分馴染んでいるのか、女言葉に違和感が無かった。
あたしは笑いながら現実の世界に戻った時の影響のあれこれを話しつつ、サンオウの森を進んでいく。
あたし達は2人PTと少数だが、ソロで森を抜けることのできる大神君がいるから問題なくウエストシティに向かって森を進んでいく。
「ねぇ、ベル。そう言えばその男共はどっちの方向に向かったの?」
暫く進んだところで大神君が訪ねてきた。
そこであたしは彼が何を言いたいのかに気が付いた。
あたし達は男達と別れた地点に向かって進んでいる。
けど、その男達とは出会っていない。
彼らはあたしの去り際に「だったら『リザードの王』に挑戦してやるよ!」と叫んでいたが、まさか――
「・・・本当にあの人たち『リザードの王』に向かったの・・・?」
たった3人で26の王に挑む。――無謀すぎる。
回復役のいない前衛だけのPTで勝てるわけが無い。
頭に過ぎるのは彼らの死。
その時あたしはサーヤと別れた時の事を思い出していた。
彼女は酷いことをされそうになったのに、彼らの事を許してほしいと言ってたのだ。
『あの人たちも本当は不安だと思うの。死の恐怖に耐えられなくてこんなことをしたんだと思う。
だからって女の人を襲っていい理由にはならないけど、あたしも怖い気持ちは分かるもん。お人好しかと思うけど、今回の事はあたしに免じて許してあげて欲しいの。
ううん、ベルちゃんなら優しいから許してあげると思うし、これからもあの人たちの事助けてあげると思うよ』
サーヤの言った通り、彼らは本当に死の恐怖に怯えていたのかもしれない。
それがあんな行動を引き起こした。それは許されないことだけど、だからと言って彼らの死を望むわけではない。
そしてサーヤの言う通り優しすぎるのかもしれない。強姦まがいながあったというのに。
「ねぇ、フェルお願い。一緒に王のところまで来てもらえないかな」
酷いことをされたけど、仲間であったのもまた事実だ。
あたしは仲間を助けに行くことにした。
「もちろんいいわよ。その男共の泣き顔を拝んでやろうじゃないの」
そんなあたしの心情を察してか、大神君は皮肉を言いながら付いてきてくれる。
暫く『リザードの王』の居るらしき場所を目指すけど、誰とも出会わなかった。
「どうやら杞憂だったみたいね。流石に幾らなんでも3人で王に挑むほど馬鹿じゃないみたいね」
「そうね、あたしの思い過ごしでよかったわ」
あたしが安堵して一息ついた時だった。
「だ・誰かーーーーー!! 助けてくれーーーーーーー!!!」
聞き覚えのある声――ケインズの声だ。
慌てて声のする方へ走ると、森の一角にちょっとした広場があった。
その中央にケインズとザックが背中合わせで立っていた。
カイドウの姿が見えない――あたしはそのことに恐怖を覚えた。
男3人の中ではよくセクハラをしては唯ちゃんにボコられていた、あの熱血漢の彼が死んだ。
このAngel In Onlineの中で一番死を身近に感じた時だった。
その時の言いようのない感情に駆られ、あたしは王の存在を忘れ思わず彼らに詰め寄ってしまった。
「馬鹿!! あなたたち何やってるのよ!! こんな人数で王に挑むなんて・・・!
死んでしまったら何にもならないのよ!!」
「ベルザ・・・!」
彼らは驚愕の顔であたしを見る。
先ほどの喧嘩別れをした手前だ。まさか戻ってくるとは思わなかったのだろう。
「ねぇ、そこの2人。『リザードの王』はどこにいるの?」
その間にも大神君は周りを警戒し、王の姿を探す。
そう言えば『リザードの王』の姿が見えない。
「わ、分からねぇ! そこらへんにいるのは間違いないんだ! 奴はいきなり消えやがった・・・!!」
「それって・・・」
「Invisible――不可視の能力を持つ『見えざる王』ってとこかしらね」
ケインズの恐怖の叫びに、大神君は冷静に答える。
大神君の言う通りInvisibleは不可視の意味を持つ。
この『リザードの王』の相手をするのには骨が折れそうだ。そもそもこのメンバーで対応すること自体が間違っている。
大神君も同じく考えたのか、撤退の方向で指示を出す。
「・・・このまま少しずつ入口の方へ移動するわよ。」
「だ、だがよ、奴が攻撃してきたらどうするんだ? いきなり現れて来るんだぜ。」
あたし達が来るまでの『リザードの王』の見えないところからの攻撃がよほど効いたのか、ケインズが怯えながら聞いてくる。
「わたしの予想だけど、少なくとも消えたまま攻撃はしてこないわ。姿を消すのは移動する時――」
その時、突然現れた2m程の大柄のリザードマンがあたしと大神君を狙って片手剣を振り下していた。
あたしは大神君に突き飛ばされて何とか『リザードの王』の攻撃を免れた。
大神君は軽やかなステップで『リザードの王』の片手剣の攻撃を躱しながら剣で反撃をする。
けどそんな大神君の攻撃を余所に、今度は怯えて動けないケインズたちに攻撃を揮おうとする。
「マテリアルシールド!」
あたしの切り札の1つ、1秒間だけ物理攻撃を無効にするマテリアルシールドを放ち『リザードの王』の攻撃を防ぐ。
その瞬間に大神君が見たこともない戦技を放つが、『リザードの王』はあたし達から距離を取りそのまま周囲に溶け込むように消える。
「何ぼさっとしてるの! 今のうちに逃げるよ!」
大神君に怒鳴られてケインズとザックの二人は慌てて出口に向かって走る。
あたしもそれに続くが、大神君は何故か出口に向かって炎の矢を放った。
次の瞬間、何もない空間に炎の矢が弾け『リザードの王』が姿を現した。
そうか、大神君は『リザードの王』の行動を予想して攻撃を仕掛けたんだ。
大神君はそのまま『リザードの王』に近づき剣で鍔迫り合いに持ち込んだ。
「ケインズ! ザック! 今のうちに!」
あたしは大神君が『リザードの王』を引き付けてくれてるのに気が付き、2人を広場の出口に向かって誘導する。
何とか無事に広場の外に出られたので慌てて大神君の方を確認すると、彼もなんとか無事に広場の外に出てあたし達の元に来ることが出来た。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「死ぬかと思った・・・」
ケインズとザックはその場にへたり込んでしまう。
「・・・ねぇ、ケインズ。カイドウの姿が見えないけど、やっぱり・・・」
「・・・ああ、奴が姿を消してカイドウの後ろ現れたと思ったらバッサリとな。
クリティカルだったんだろう。一撃だったよ」
「・・・そう」
分かっていたこととはいえ、こうして改めて聞かされると言いようのない思いが駆け巡る。
そしてそれがいつ自分の身に降りかかるかと思うと恐怖さえ感じる。
「で、あんたらこれからどうするの?
わたしとしては不本意だけど、ウエストシティまで一緒に行くならお守りして上げるけど?」
『お守り』と言う部分を強調しながら、大神君がケインズたちに提案する。
大神君にしてみれば彼らは準犯罪者だ。最後まで面倒を見る義理は無い。ここで放置してもいいのだ。
そんな大神君の物言いが気に障ったのだろう。ケインズは大神君に食って掛かる。
「なぁ、ベルザ。こいつはいったい何者なんだ?
さっきは王から助けと貰ったのは感謝してるけど、言い方が気にくわねぇ」
「たった2人でこのサンオウの森を抜けられるんならお守りする必要もないんだけどね」
「それはそっちも同じだろう! しかも後衛職で森を抜けられるわけがねぇ! ここはお互い協力して4人で森を抜けるのが普通だろ!」
ああ拙い、このままじゃ喧嘩になっちゃう。と言うかもう喧嘩と同じだ。
「ストップ! ケインズ落ち着いて。フェルもそんな言い方しないでよ。
ケインズ、彼女は剣の舞姫よ。噂には聞いたことがあるでしょ?
彼女の実力ならソロでもこの森は抜けられるのよ」
「なっ! こいつが噂の剣の舞姫・・・!?」
ケインズもザックも驚愕の表情で大神君を見てくる。
「で、どうするの? わたしたちと行くの? 2人で行くの?」
「っ・・・わ、分かった。頼む」
よほど怒ってるのか、大神君はまだ挑発するような言い方で聞いてくる。
流石に2人で森を抜けるのは無理とわかっているため、ケインズは悔しそうに言葉を絞り出す。
「ふぅん、いいわよ。でもベルに言うべきことを言えたならね
あんたらの欲望の所為でベルが死にかけたんだけど? 謝罪の言葉は無いのかな?」
どうやら大神君が望んでいたのは、彼らのあたしへの謝罪だったみたいだ。
流石に森に1人にさせてしまった罪悪感か、『リザードの王』との戦闘で死の恐怖があったからかは分からないが、ケインズたちは暫く悩んだ後に意外にもすんなり謝罪の言葉を発した。
「・・・ベルザ、その、すまなかった。デスゲームなのをいいことに調子に乗りすぎた」
「悪かった。お前の優しさに付け込んだ最低の行為だった。すまん」
「もういいわよ。デスゲームで不安なのはみんな一緒だし、死が身近になれば今まで通りにはいかないこともあるわよ。
ただし、これからは本当に心を入れ替えてね。死んだカイドウの為にもね」
もしこれで本当に変わらないのであれば、死んだカイドウが浮かばれない。
「剣の舞姫、そのあんたにも悪かった。助けてもらったのに碌に礼も言わないで」
「ベルが許したのならもういいわよ。あんたたちを助けようとしたのもベルだしね。
はぁ~、それにしてもベルはお人好しすぎ。そんなんじゃまた危険な目に合うわよ」
「うふふ、そうなったらまた助けに来てくれるんでしょ?」
そう、また危険な目に遭いそうになったら大神君が助けに来てくれる。何故かそんな予感がする。
ここで運命なんだとか言ってしまえればドラマチックなんだろうけど、流石にそれは恥ずかしくて言えない。
あたし達はそのまま4人PTを組みウエストシティへ向かう。
あたしとしては心を入れ替えたケインズたちとこのままPTを組んでも良かったのだけど、そのことを提案したら断れてしまった。
「今のままだとベルザ達に甘えてしまいそうだからな。それだとまた同じことを繰り返しそうだ。
そうならないためにもまずは俺達2人で頑張ってみるさ。
でないと、剣の舞姫に叩きのめされてしまう」
ケインズはそう笑いながらあたし達と別れを告げる。引き合いに出された大神君は面白くなさそうだったけど。